第五章「麗月に咲く」 拾陸
オリジナル冒険BL風味ファンタジー。
白城の里を出立し、紫焔たちは最終目的地である天満月国へ向かう。
第五章最終回です。
以下、注意書きです。
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです
・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります
・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止
※要視点
十六.
備前という刀工のもとから帰った紅蓮が立派な刀剣を腰に差していた。
以前のそれも相当な値打ちものだろうが、今回のものはそれ以上だ。
長のもとから戻った紫焔を交え、刀身を見せてくれと彼に強請る。紅蓮はあっさりと快諾して刀を鞘から抜いた。
美しい波紋が顔を覗かせる。太陽を反射した光が波紋の上を滑るように走った。
「なんか、若干赤いか?」
刀身を見つめているうちに、要はそれが放つ不思議な色合いに気づく。僅かに赤みがかっているのだ。
それはまるで紅蓮の赤銅色の瞳を写し取っているかのようだった。
「それは備前のこだわりだそうだ」
「紅蓮の色だな」
紫焔が刀身の赤と紅蓮の赤色を交互に見て呟く。
菜々子は「見事な一振りですね」と感嘆の声を上げた。
要はそんな三人の様子を横目で窺う。紫焔と紅蓮の間に蟠りのようなものは感じない。紅蓮本人も普段通りのようにしか見えなかった。
「旦那の刀も無事手に入ったことだし、そろそろここを出立か」
「そうですね」
菜々子が紫焔を振り返る。そして不思議そうに瞬いた。
紫焔がいつにも増して神妙な顔つきになっていたせいだ。
「紫焔様?」
「──皆、ごめん」
紫焔は一言謝罪を口にして潔いほどに豪快に頭を下げた。ほいほいとよく謝る男だ。
要には彼が玉座についてふんぞり返る姿が全く思い浮かばない。椅子からわざわざおりてごめんなと情けなく謝っている姿なら想像も容易いのだが。
「何の謝罪だ」
刀身を鞘に納め、紅蓮が端的に問うた。
「俺はここの里の人たちを巻き込みたくない。彼らに命を賭けてくれと言えるだけの自信もない。だから協力は断ってきた」
「おーおー、情けないことをハキハキと言うもんだなぁ」
「俺の事情でここの人たちが傷ついたりするのが嫌なんだ」
紫焔は苦々しい表情で痛みを堪えるような声を出す。そして、全員の顔色を窺うような顔を見せた。
信用がないとはこのことか。彼のそんな視線を受けて紅蓮が溜息を吐いている。
──その気持ち分かるぞ。
要は内心で思って同じように溜息を吐いた。
「お前がそう決断したならそれで構わない」
「いい、のか?」
「ああ」
「私も。紫焔様の選択に従います」
ちら、と紫焔の視線がこちらに向く。その目がありありと伝えてくる。要は違うんだろうなと疑う彼の心を。失礼な話だ。
「ふーん」
要はわざとらしく呟いて紫焔の肩に腕を回した。
「要?」
「紫焔は里の連中は巻き込みたくねぇのか。でも、俺らを巻き込むのはいいんだ?」
彼が協力を選んでも選ばなくても、要たちが同行することは変わらないのである。意地悪く確認すると、紫焔がさっと顔色を変えた。思ってもみなかった指摘らしい。
つまり彼は、要たちを巻き込むことについて考慮していなかったということだ。それは紫焔がこの仲間を懐に入れ、行動を共にすることが自然だと思っているからだろう。おそらく、無自覚だが。
「ごめ……」
「じょーだんだよ。本気にすんな。良い傾向じゃねぇか。俺らは一蓮托生だ。今さら目の前で扉閉めてくれんなよ」
瞬きの度に紫焔の瞳が捉える相手も移り変わる。要から菜々子へ。そして紅蓮で視線が止まり、そこで彼ははっきりと頷いた。
「分かった」
要は妙に嬉しくなって彼の背中を乱暴に叩いた。途端に紫焔が短く悲鳴を上げる。
「痛っ」
「悪い悪い」
ははは、と笑い飛ばして叩いた背中を一度だけ擦っておいた。
和やかな空気の中、菜々子も表情を崩している。要は乱暴者だなと文句を言う紫焔にもう一度軽く謝って、お前の用心棒ほどじゃねぇよと言い返す。
そんなやりとりの中、脇で紅蓮が思案顔になった一瞬を要は見逃していた。
*
紫焔の決断を意外には思わない。きっと他の二人もそうだろう。
なにせこの男の癖と言ったらすぐ謝罪することと他人を巻き込みたくないと拒絶することだ。それらは謙虚という美点にもなるが、上に立って引っ張っていく者としては頼りなさの方が際立つ。
「旦那」
旅支度を整えた紅蓮を掴まえ、要はこそこそと耳打ちした。
「旦那は本気で紫焔を王様にしてぇの?」
紅蓮の目標は一矢報いること。
それは即ち、紫焔を筆頭に血塗られた現政権をひっくり返すということだ。彼がやたらと紫焔の容姿に価値を置くのもそのためだろう。
紫焔こそが正当な王位継承者だと国民に訴えたいのだ。
「あの国を立て直せる者は他にない」
「……そうかねぇ」
「不満そうだな」
「別に。俺は第二皇子様の刺客が消えればそれで満足な身なんでね。なんでもいいけどよ」
国なんて大それたものを立ち直らせる。それをあの情けない紫焔にできるとは思えない。しかしながら、紅蓮が彼に期待したい気持ちに寄り添うことはできる。
綺麗事というのはたいそう目障りだ。鼻につく。それでも、本音のところではそれが現実になればどれほど良いことかと──。その綺麗事に縋りたくなる者も多いはずだ。
「もし、今の第二皇子の政権で上手くいってたらどうするんだ?」
要は一歩後退してから問いかけた。
この質問が紅蓮の逆鱗に触れるかもしれないと警戒したからだ。彼は一瞬、顔を強張らせた。
「この里の惨状を見て、俺はそんな楽観視はできん」
それでも殺気を放つことはなく、溜息を吐いて淡々と返される。
要は里の入り口で広場中央へと振り向く。そこで暮らす人々が当たり前の日常を送っている。しかし、それは一度は壊されたものだ。
この里で第二皇子の名のもとに兵士たちが何をしたのか。
それを思えば、今の天満月国が正常に機能しているとは言えないかもしれない。もちろん、その手のやり方で国力の拡大や資源の確保を狙う権力者も中にはいるだろう。
大局を見れば間違いではない可能性もある。胸糞悪い行いであることに違いはないが。
そもそも天満月国とこの里は元々交流があったらしい。それをわざわざ破棄して略奪の限りを尽くすのは、随分と近視眼的な行いに要の目には映る。
第二皇子は政に明るくないのか、彼を諫め導く者が誰もいないのか。あるいは何かを焦っているのか。
「紅蓮、要」
里の方から紫焔が走って来た。
長への最後の挨拶を済ませたのだろう。紫焔が到着したことで全員が揃い、いよいよ門が開き始める。
「ここから先は、今よりも更に厳しい道になる」
開いていく門の先を見つめながら紅蓮が口を開いた。その隣で菜々子が深々と頷く。
「俺たちはほとんど単身で敵陣に突っ込んで行こうとしているんだからな」
「うん」
重々しく頷く紫焔の横顔に緊張が宿った。
不穏な空気が一向に立ち込めていく。こういう雰囲気は苦手だ。面倒臭い。
要は周囲の極めて真面目な空気に溜息を吐いた。
「とっとと行こうぜ。朝のうちにできるだけ移動しときたいんだろ」
な、と菜々子に笑いかける。返ってきたのは無言の首肯だ。相変わらずつれない。
要は自分が進むのと同時についでとばかりに紫焔の背中を叩いた。
怖いくらいの顔で前を見据えていた紅蓮とは対照的に、紫焔は沈痛な面持ちで俯いていたのだ。聞かなくても彼が何を思い悩んでいたのか分かる。
里の人間たちからの期待を裏切って協力を拒んだこと。
今後の旅路に対する不安。
犬狼に襲われているかもしれない国民への心配。
大体そんなところだろう。ここまで来て、今更怖気づいてどうするというのか。進む道はもはや一本しか用意されていない。
「地面に正解の答えが転がってんのか?」
要は背中を叩かれて迷惑そうな顔の紫焔に尋ねる。紫紺の双眸が予期せぬ問いかけに戸惑い、揺れた。
「……いや」
「だろ。進まなきゃ何も掴めねぇぞ。前向け」
紫焔が顔を上げてこちらを見つめる。そして、ゆっくりと紅蓮と菜々子にも視線を移していく。
やっと見つけた仲間を確認するかのような仕草だった。そうして数秒後、彼の表情が緩やかに変化していく。そこにはもう迷いはない。
「そうだな。行こう」
紫焔が一歩、外へ踏み出す。
雪の解けた地面がざりっと音をたてた。