夫が消えた
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アリアは、とんとんと指先で机を叩き続けていた。
その音だけが、部屋の中で静かに響いている。
目の前で騎士と侍女が頭を下げ続けていた。
「…………本当に、仕方のない夫だな」
「……申し訳ございません」
「お前たちを責めるつもりはない。エッダに護衛を付けて帰した判断は正しい。下手にその場で三人とも捕まるよりはマシだろう。エッダだけでは狙われていたかもしれないし、あちらがエデルに用事があるのなら、エデルに命の危険が迫ることもないだろう。むしろ一緒に行っていたら、お互いのための人質になっていただけかもしれん。そう考えれば、お前たち二人を帰したエデルの判断は正しい」
「アリア様……」
「それに、エデルは私が必ず迎えに来ると信じていたのだろ?」
「はい。エデル様は、絶対にアリア様が助けに来てくれると信じている、そうおっしゃっていました」
「ふふ、ならば夫の願いを全力で叶えねばなるまい。ショーン」
「はッ!」
最近ではもっぱら辺境伯夫妻の護衛になっていることが多いショーンは、部屋の片隅にずっと立っていた。
「すぐに情報収集に入れ。発見した場合はすぐに保護を。エデルを誘拐した者たちの生死は問わん」
「はッ!」
すぐにショーンは部屋から出て行くと、廊下が騒然とし始めたのが扉越しでも分かった。
「あ、あの……」
青ざめた顔で立っていたのは、エデルの旅仲間で、今回人質になってしまったタルーシャだった。
一座の者たちの命は助かったが、エデルは行方不明になってしまった。
こうなると分かっていても、エデルに助けを求めるしか方法はなかった。
「タルーシャ、といったな。今回のことが落ち着くまで、お前たちの一座は我がロードナイトが保護するゆえに、安心しろ」
「……いいの、ですか?私たちが人質になってしまったから……」
「もし、お前たちに何かあれば、私の夫が悲しむ。エデルのためにも、お前たちの安全は確保しておきたい」
「あ、ありがとうございます。お許しいただけるのでしたら、旅の一座の連絡網を使ってもいいでしょうか?」
「連絡網?」
「はい。ご存じの通り、旅の一座は大きな街から小さな村まで、どこへでも行きます。私たちは、お互いに助け合って生きているので、独自の連絡網を持っています」
「それを使わせてくれると?」
「外部の方からの依頼ですと伝言や手紙の配達くらいになってしまいますが、今回は、旅の一座の仲間であるエデルの危機だ、と流したいと思います」
「ほう」
「見かけたらすぐに保護を、と伝えておけば、あちこちにいる旅の一座の目と耳がエデルを探すことになります」
「なるほど、旅の一座は境界も国境も越えるか」
「はい。どこにいても、噂は拾えます」
「いいだろう。頼もう」
「はい!」
タルーシャは、さっそく伝言してきます、と言って部屋を出て行った。
エッダや護衛の騎士たちを部屋から下がらせると、アリアはイスの背もたれに体重を預け、天井を見ながらゆっくりと目を閉じた。
……本当は、すぐにでも部屋を出て、エデルを探しに行きたい。
人任せにするのではなくて、この手で救いたい。
誘拐犯に対しては、明確な殺意を持った。
だが、辺境伯という地位が、それを許さない。
アリアは、心の中で何度も自分自身に『落ち着け』と言い聞かせていた。
落ち着いて情報を収集してから動かないと、エデルを見つけることが出来ない。
エデルの安全が、一番大事なことだ。
「……本当に、仕方のない夫だな」
エデルが絶対にアリアが助けに来てくれると信じているのならば、絶対に助けよう。
その信頼には、応えねばならない。
それが出来る権力はこの手にある。
「帰ってきたら、どうしてくれよう」
外出禁止は当然だが、部屋から…………いや、ベッドから出られないようにしてやろうか。
もう、心の準備期間とやらの配慮はしてやらない。
エデルは、私の夫なのだ。
その自覚はしっかりしてもらう。
アリアは立ち上がると、剣を片手に持って部屋から出て行ったのだった。




