二十話 消せない灯
「錦は復帰戦で大怪我、膳所本の行方は未だ知れず……」
「こちらとしても今は情報を集めているところでして…… 詳細が分かり次第ご報告させていただきます」
「うむ。しっかり頼むよ」
電話を終え、ふぅと一息つく。
「流石に疲れた……」
「昨晩からお休みになられていませんからね。少し横になられては?」
そう勧める侍女に微笑みかける。
「いや、これは俺の問題でもあるからな。朱雀こそ、全く寝てへんやろ? お前の分もやっといたらから早よ寝てこい」
「義兄さ……寅次郎様こそ早くお休みになってください! もう朝の五時ですよ」
「今は別に誰もおらんねんから肩の力抜いてええんやぞ」
「じゃ、義兄さん! 早く寝なさい!」
「分かった分かった」
苦笑しつつ侍女であり義妹でもある朱雀の言葉に従う。
学校が始まるまであと三時間半。
寝ようと思えば眠ることは出来るだろう。
自室に入り、ふぅと一息つく。
「まあ、眠れるはずがないけどな……」
守世が大怪我を負い、流理が行方不明に。
そばにいた泰護は守世を守るために流理を撃った。
守世の介抱のため目を離した隙に流理は消えたらしい。
流理や守世は怪我はすれど死ぬことはない。
死なないのは、一見良いことのようだが……。
「死ぬこともできず、任務の間は何度も地獄を味わう。非人道的な話といえばそうか……」
それに、実際に友人を撃った泰護の精神状態も心配だ。
いかに彼女を守るためのギリギリの判断とはいえ、さぞかし苦しい決断だったろう。
それに彼は一般人。
マニュアルにもない異常事態とはいえ、一般人を巻き込んでしまったことは厳しく追及されるだろう。
「ふぅ……」
思わずため息が漏れる。
具体的な顛末を知っている守世は、意識不明で入院中。
泰護の説明だけでは分からないことが多すぎる。
「守世が目を覚まさないと話は進まないか……」
ならば今のうちに眠っておくしかない。
守世が目を覚ませばもっと休めなくなるだろう。
つくづく損な役回りの家業だと思いながら目を瞑る。
すんなりと闇が近づき、身体から力が抜ける。
「……流理」
夢に落ちる直前、少女の笑顔が見えたような気がした。
「義兄さんは、他人の事ばっかり……」
画面を叩きながら小さく呟く。
「守世さんと石山さんのことばっかり考えて…… 自分の彼女が行方不明なのに。もしかしたら自分の彼女が人類を裏切ったかも知れないのに……」
思わず両手で顔を覆う。
どこまでも利他的で、自分のことは後回し。
尊敬しているところではあるが、心配しているところでもあった。
だからこそ思う。
義兄の代わりに自分が出来る事は全部やろうと。
自分と流理さんのことを考える時間を作ってあげたいと。
そんな思いを心に秘め、気合いを入れる。
朝が来るのはまだまだ先の事だ。
****************
「うっ……」
目が醒めるとそこはいつか見た木組みの世界だった。
「あっ……ああ!!」
気づかないうちにタイムリープしたのか。
半狂乱になりながら跳ね起きようとして、背中の痛みで再び倒れ伏す。
「ああああ!!!!」
「守世! 大丈夫だ守世! ゆっくり呼吸しろ!」
大きな腕に抱かれる。
耳元には暖かい声……。
少しずつ呼吸が落ち着いてゆく。
「ふぅ……ふぅ……」
「大丈夫だ。もう、大丈夫」
背中をさすられながら、滲んだ目をしっかりと開く。
「たい……ご……さん?」
「そうだ。僕だよ」
「ここは……?」
「君の家だ。昨日の晩に運び込まれたんだよ」
「昨日の……?」
頭がぼんやりとする。
昨日の夜って……何が……。
「あ!」
思い出した。
先輩が、シモ・ラプラスが私を……。
「先輩……は? 無事……です……か?」
「今は自分の心配をしろ。早く横になるんだ」
答えることなく、泰護さんは私を寝かせた。
「……今は……何時……ですか?」
「三時ごろかな」
「学校……!」
「いいから休め。行ける状態じゃないだろ」
「う……」
慌てて起きようとして再び諌められる。
「いいから寝ておけ。きっと明日には良くなる」
そう微笑む彼の言葉が暖かくて。
目を閉じるとすぐに眠りに落ちてしまった。
「どうだね、守世の様子は」
「熱が出ています。でもなぜか前回よりも治りが早いそうです」
「君の力、かな」
「そんな、僕は何も……」
「君が距離的にも精神的にも近くにいる。その事で彼女の治癒力も高まっているんだろう」
「そうですか……」
「まあ、推定だがな」
可能性でもいい。
僕が彼女のために何かしてあげられるのであればこれ以上のことはない。
「それはそうと、今回は大変失礼した」
「なっ!?」
改まった上栄が突然頭を下げる。
「いっ、いきなり何を」
「今回、君を危険に晒しただけではなく大切な友人を撃たせてしまった」
そう。
僕は流理を撃った。
守世を助けるためだったとは言え、殺す気で彼女を撃ったのだ。
止めるだけなら、足や彼女の得物を撃つだけでも良かっただろう。
だが、僕は彼女を……。
「守世や膳所本くんが死ぬということはない。神の加護を受け戦闘を行う以上はね」
「そうなんですか?」
衝撃の言葉に思わず顔を上げる。
死なない……だと?
「彼女たちは神のために戦う兵士だ。神の血を受けた彼女達は怪我をすることはあっても死ぬことはない。腹に穴が開こうが、脳天を撃たれようが。だから、君はその手を汚してはいない」
「……」
運良く相手が死ななかっただけだ。
その事実は変わらない。
上栄が慰めとわかっていてあえて口にしていることも、このことの本質も僕は理解している。
僕は、流理を殺すつもりで撃った。
その結果、一番大切なものを守ることが出来た。
ただそれだけだ。
流理が死ななかったからといって、僕はもう今までの僕には戻れない。
「……流理は、今どこに?」
「捜索中だよ。だが、アレはもはや膳所本くんと言えるのか……」
「というと?」
「君に撃たれる直前、シモ・ラプラスと名乗る未確認物体の精神感応系のパラメータが解放されたんだよ。そしてそのまま膳所本くんに強く干渉した」
「まさか……」
「そう。膳所本くんは乗っ取られた可能性が高い。彼女の意識があるかは分からないが、恐らく……」
「そうですか……」
握りしめた右手が震える。
左手で押さえても、酷くなるばかり。
頭は熱く、視界がぼやける。
上栄はそんな僕の肩を軽く叩くと、そのまま去っていった。
残されたのは眠り続ける守世と僕だけ。
「くっそぉ……」
悔しさと怒りと悲しみと。
それが心の奥から溢れ出す。
今まで過ごした日々。
守世に誓った、あの言葉。
親友の彼女を、守世の先輩を撃ったあの時の感覚。
「ぅぅうおおおおお!!!!」
声にならない叫びが溢れ出す。
もはや彼女に、そして寅次郎にあわせる顔はなかった。
申し訳なさと不甲斐なさと後悔と。
溢れても溢れても止まらない想いは、夏の日差しに消えていった。
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