二
リビングに設置したカメラが洋平の姿を捉えた。いつも通りの鉄面皮を装っているが、少しだけ肩を落としている。気落ちしている。
素直なその反応を望に見せれば少しは前向きに検討するだろうに、と希は思ったが黙っておいた。正直に言って、名寄には行きたくない。引っ越しが面倒だし寒いのは苦手だ。
「また振られたんだ」
スピーカ越しにむっつりとした声が返ってくる。
『その表現は正しくない。結婚を提案したが却下されただけだ』
「世間一般ではそれを『振られた』って言うのよ。あなたも懲りないわね」
心外だと言わんばかりに洋平は眉を寄せた。
『何故だ。牧師が二人いれば最低でも五つの教会で牧会ができる。生まれた子どもにそれぞれの教会を継がせれば牧師不足なぞ一斉に解消されるというのに』
「五人も子ども産んで育てるのって相当大変だし、そもそも牧師ってそんな甲斐性あるの?」
『案ずるな。旭川以北は物価が安い』
「さようですか」
『奴にも散々そのことは説明したというのに……』
洋平は心痛な面持ちでかぶりを振った。
『わからない。これほどまでに合理的かつ効率的な伝道方法はないはず。一体何が不満で奴は頑なに拒むのだ』
「たぶんその合理的かつ効率的な伝道方法だの力説している間は、のんちゃんは絶対に北海道に行かないと思うわ」
希はすげなく言った。
「そんなことより悪いけど、サイユウに行って買い物してきてくれない? お醤油と卵があと少しでなくなりそうなの。のんちゃんにポカリと桃缶もほしいし」
『よかろう』
「とりあえず納豆と醤油と塩と卵ね」
『承知した』
「あ、納豆は糸引きの小粒黄大豆で甘めのタレのものをお願いね。醤油はカッコーマンの減塩タイプで小さい容器の方。それと塩はハワイの天然のものを。あと卵は殻が白いのじゃなくて国産の赤玉がいいんだけど。まあ、そんなに難しくないから一人でも大丈夫よね」
『すまん。さっぱりわからん』
洋平は白旗を挙げた。たしかに北海道とこちらではスーパーに並んでいるものも違うから、難しいかもしれない。
希はふむと口元に手を当てた。さてどうしよう。メモに書いて渡そうか。しかし洋平は方向音痴だ。慣れている名寄市内ならばまだしもここではほぼ確実に迷子になるだろう。
考えていたら来客を告げるインターホンが鳴った。玄関に設置したカメラの映像に映るのは端整な顔立ちの青年――永野尊だ。水曜日以外でやってくるのは珍しい。
もしかしたら先日のお礼にやってきたのかもしれない。相変わらず律儀だ。
洋平が腰をあげた。
『来客だな』
「ごめん。出ないで」
玄関に向かおうとした洋平を制して、希はインターホンに出た。
「ちょうどいいところに来てくれたわね」
『希さん、ご機嫌よう。的場牧師は今日、お仕事ですか』
「違うの。説明するから手伝っていただけないかしら?」
希は開錠のスイッチを入れた。
「その前にマスクを付けてちょうだい。ここで牧師を一人失いたくないわ」




