一
こもるような咳。喉は渇きを通り越して痛みを訴えている。とにかく頭が重くて、身体が怠い。頭まで布団を被った状態で、的場望は低く呻いた。
「そんな馬鹿な」
ありえない。どう考えてもおかしい。
健康面には気を配った。引きこもりで不健康な生活をしていて案の定風邪をひいた姉の面倒も見たし、赤の他人でむしろ仲の悪い尊を病院に引きずっていき、さらに卵粥まで作ってやった。
そんな善行を嘲笑うかのようなこの仕打ち。あんまりだ。私が一体何をしたというのだろう。望は布団の中で涙ぐんだ。
「神は私を見捨てた……」
「たるんでいるぞ、的場」
慰めの言葉どころか、開口一番に工藤洋平は叱責した。
「健康管理がなっていない。日頃、雪も寒さもないのをいいことに腑抜けた自堕落な生活を送っている証拠だ。美深だったら貴様は今頃、雪に埋もれて死んでいた」
そもそも北海道には観光以外で行ったことがないので、ド田舎の美深の過酷さを説かれても望には想像のしようがない。
「で、決心はついたのか」
わかりきっていたが、一縷の望みをかけて「なんの決心?」と訊ね返した。
「俺と共に名寄に行くことだ。部屋を用意する都合もあるから夏には引っ越す必要がある」
ああやっぱりその話なのね。
熱のせいもあって鈍痛のする頭を抱えて望は言った。
「断る」
「名寄は嫌か。では士別だったらどうだ。若干南だ。気温差はほとんどないが、札幌にも近い」
「特急列車で二時間以上の距離を近いとは言わない。だいたい、なんで北海道に行くのが前提なのさ」
洋平は細い眉を顰めた。
「貴様、まだそんな悠長なことを言っているのか。今この瞬間にも北の大地では神の救いを求める小羊が、無牧という人為的な怠惰により、無惨にも見捨てられようとしているというのに」
表現が大げさで若干意味不明だが洋平の言うことはもっともではあった。
牧師不足はどこの地方の中会でも悩みの種だ。特に洋平が所属している北海道中会は深刻だ。何しろ、日本キリスト教会だけでなく、日本キリスト教団、その他のプロテスタント系の教会全てをひっくるめても、北見市以北の教会には牧師が一人もいなかったのだ。
辛うじて牧師がいる北見や旭川でさえも一人の牧師が複数の教会を兼任している。日曜日には朝、昼、夕と三軒教会をはしごして礼拝説教を行うというのだから驚きだ。
そんな北海道の教会情勢を憂いて、父親の猛反対を押し切って牧師になったのが、この工藤洋平だ。彼は今、名寄市内の教会三軒の牧会をしている。
「教会員数が百を超えているだがなんかは知らんが、牧師二人で一つの教会の牧会をするなど愚の骨頂。教会運営なぞ教会役員にやらせて、牧師は説教と信徒に心を砕くべきだ」
日本最北の教会で牧会をしている牧師は憤る。たしかにその点、東京中会は恵まれていた。
「だから的場、俺と結婚して名寄に来い」
「断固拒否する」
望は頭から布団を被った。




