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清くも正しくも美しくもない  作者: 東方博
四話 サロメの接吻
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「おい、大丈夫か?」

 三杉が心配そうに望の顔を覗き込む。

「真っ青だぞ。具合悪いのか」

 望はかぶりを振った。兄に会っていたと話しても三杉は信じないだろう。

 辺りを見回しても信一の姿は既になかった。用が済んだので帰った――白昼夢かのように消えたのだ。聖書に出てきそうな奇跡の技だった。

「寝不足なだけ」

 これ見よがしに望は大きく欠伸をした。嘘は言っていない。

「ネットサーフィンでもしていたのか?」

「あんたと一緒にすんな。KANNOの新作読み始めたら止まらなくなった」

 話が逸れる前に望はさっさと本題に入ることにした。

「――で、最近どうなのさ」

「何が?」

「いや、だから、その……」

 それとなく訊く難しさを、今さらながら望は知った。一体何があったら痛々しいポエムを書くに至るのかを、本人が傷つかないよう探り出すなんて不可能だ。

「姉君が心配している。最近、あんたの様子がおかしいと」

 心当たりはあるらしく、三杉は「あー……そのことか」と首に手を当てた。肩に下げていた鞄からクリアファイルを取り出して、望に差し出す。

「ちょっと相談に乗ってほしいんだが」

 ポエムか。例の恋ポエムか。添削をお願いされたら一体何と言って断ればいいのだろう。恐る恐るファイルから用紙を取り出した望は、しかし目を見張った。

「履歴書?」

「間違ってはいないが、もうちょっと的確な表現しろよ。着物着てんだからさ」

 ただの履歴書と断ずるには、奇妙な点が多かった。

 写真の女性は大変美しかった。アップにした黒髪は漆のように艶やかで、赤を基調にした着物によく映える。掘ったような二重瞼。優しくとおった鼻筋。典型的な和風美人だ。

 履歴書には写真の女性――真理亜の他に、その家族の経歴までもが書かれている。

「なにこれ」

「知らねえのか。釣書。見合いに使う、アレだ」

「ほう」と望は声を漏らした。噂には聞いていたがこれが釣書か。なるほど。見合いに使う。例の……見合い?

「へー、誰かが見合いするのか」

「この状況で、俺以外の誰がすんだよ」

 望は釣書を手にしたまま硬直した。かつてないほどの衝撃に言葉も出ない。

 三杉が見合いをする。ネット廃人の一歩手前の、教師試験に一度落第し峰崎教会に多大なる迷惑と金銭的負担を強いた阿呆が、性懲りもなく夜な夜なネットサーフィンをしては課金ゲームにハマり散財している、他人に救いを説く前に自分をどうにかした方がいいのではないかと諭したくなる、人間としても問題があり過ぎる牧師が――お見合い。

「ば、馬鹿な……っ!」

 震える手から釣書が滑り落ちる。ほぼ同時に三杉は頭を抱えて突っ伏した。

「何故そこまで驚く」

「あんた、ちゃんと本名を釣書に書いたんだろうな? いくら魔王を倒そうが世界に平和を取り戻そうが、全部ネットのことだから、間違っても履歴書には記載してはいけないんだぞ」

「阿呆か。ちゃんとリアルの履歴書いたわ!」

 ということは――この真理亜なる女性は、三杉印真抜恵流などという奇妙奇天烈な名前を持つ男性と生涯を添い遂げることを少しは考えている、社会的自殺志願者ということになる。

「どうして真理亜さんはそんな早まった真似を」

「え、そこまで言うか」

「絶対何かあるに違いない。三杉、彼女の話をよく聞いてあげるんだ。そして人生捨てるにはまだ早いことを教えてやれい」

「俺って可哀そう……」

 涙ぐむ三杉は放置して、望は釣書を改めて眺めた。初めて見るものに対する興味もあって、ついしげしげと細かく見てしまう。

「設楽?」

 家族の経歴の欄が目に留まる。見間違いか記憶違いかと思った。が、そのどちらでもなかった。真理亜というクリスチャンでなくても使われる名前だから、その可能性には思い至っていなかったのだ。

「設楽って、あの?」

「そうだよ。その設楽だ。さっきも直接本人から頼まれた」

 半ば投げやりに三杉は真理亜の写真を指さした。

「中会議長の設楽牧師の娘なんだよ」


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