step10 君と並んで歩くために
「ウィズくん、それにメルハートさん。ここで二人でお勉強……ですか?」
柔らかい雰囲気の声。それは、メガネのクラス委員長マリアーヌさんだった。にこやかな表情を浮かべ書棚の森から姿を見せる。
こちらを窺うように小首を傾げると、2つに結い分けていた小麦色の髪が、胸の前でさらりと揺れた。
メルハートの髪型は「正当なるツインテール」で、こちらは「おさげ」という分類らしい。……これは、メルハートの受け売りだけど。
「あの、魔法の勉強だよ」
「そういえばウィズ君、そう言っていたものね」
「まぁね」
納得したように頷くと、手を後ろに組んでメルハートと目を合わせて肩で小さく笑う。
一歩こちらに足を踏み出したマリアーヌさんは、ハッとしてつま先を引っ込めた。まるで床に線でもあるかのように、歩みを止める。
「……」
いつも温厚なマリナーヌさんが眉根をほんの僅かだけ寄せた。一瞬だけ、床に魔法円の紋様が見えた気がしたけれど……気のせいだろうか?
結界でも張っているのだろうか? ……ってまさかね。
思わずメルハートの方を振り返ると、口元は笑っているのに目は笑っていなかった。挑戦的なまでの眼差しで、腕組みをしている。
――な、なにこの雰囲気!?
「お邪魔だったみたいね」
「マリアーヌも魔法学科は得意よね。一緒にどうかしら? ウィズを調教……いえ、教育してゆく喜びが味わえるわ」
メルハートの不遜な言い方に思わずカチンとくるけれど、とりあえず二人は睨み合っている。
ここは軽くメルハートのセリフにツッこんで、場を和まそうとする僕。なんの苦労だろう、これ。
「メル……! 僕で歪んだ優越感に立脚した喜びを感じないでくれる!? あと調教とかされてないからね! アハハ!?」
「……あら? 失礼」
「うふふ、ウィズくん面白いー」
とりあえず二人の表情が緩み、放課後らしい淡い空気感を取り戻す。
「私は本を探しに来ただけですし。それに、お二人だけの時間を邪魔しちゃ悪いもの」
踵を返すマリアーヌさん。二人だけの時間ってなんだか勘違いされてない?
「え!? いや、そういう訳じゃ」
言いかけたところで、鉛筆の芯が折れる音がした。メルハートが「あら?」と言う顔で鉛筆の先を眺めている。
「では私はこれで。お勉強頑張ってね、ウィズくん」
「あ、うん……」
くすり、と無理に浮かべたような明るい笑みをみせると、マリアーヌさんは小さく手を振って、書棚の向こうへと消えていった。
なんだかとても惜しいことをしたような、ホッとしたような複雑な気持ち。
「……ウィズ、ああいう時はハッキリと『メルハート様に教えて頂いているので結構です』って言いなさいよ!」
「え、えぇ……?」
「それとも何、マリアーヌに教えてもらいたかった?」
ぎく。一瞬そんなことを考えていた僕が居たような、居なかったような……。
「僕は、メルだから教えてもらっているんだよ」
「な、なによ。それならいんだけれど」
ふいっと視線を逸し、頬を赤くしてあわあわと目を泳がせるメルハート。
つい口をついて出た言葉だけれど、間違いなく本心であり、嘘じゃない。
心を開けるめるハートだからこそ、こうして師弟のように魔法の勉強だってできるのだから。
けれど実際、こんな風に二人きりで放課後の図書館で勉強していたら、ちょっと……友達以上に仲良しに思われるかもしれない。
けれど今はそんな他人の視線なんてどうもでいい。
少しでも早く魔法の知識を取り戻して、メルハートと同じ、魔法科のある高等学舎に行くという目的があるのだから。
って、あれ?
どうして僕は、そんなに一緒にメルと同じ学校に行きたいんだろう?
ずっと一緒の幼なじみで……大切な、一番の友達だから?
何か、心の真ん中で熱いものが燻っているような……。
一体……なんだろう?
何を僕は忘れているのだろう?
「さぁ、気を取り直して勉強の続きよ! 今日は、情報を抽出する『select』の真の力を教えてあげるわ」
「真の力……?」
僕はメルハートの言葉におもわず身構える。
まるで今までの勉強は序章だ、とも言わんばかり。メルハートは教科書を開き、魔法の呪文を指でなぞる。
途端に魔法の術式が、魔法の窓に浮かび上がった。
「いい? ここから更に難しくなるんだからね! 『where』句はまだまだ序の口。さらに『between』に『like』でパワーアップ出来るんだから。覚えたら次は『insert』に『update』に『delete』文! 更にその次は『create』文!」
「う、うわぁ……覚えきれるかな?」
「追いかけて、絶対に私に追いつくの。いい? ウィズ!」
いつになくゴー! と燃えているメルハートのやる気に僕はちょっと気圧されてしまう。けれど、頑張るしか無いんだ。
君と並んで、歩くために。
「わかったよ、メル」
「ならばよし!」
ふふん! と青い瞳を輝かせて自慢のツインテールを振り払う。
どうやら――。
僕の魔法言語の勉強は、まだ始まったばかりみたいだ。
<第一部 完>
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というわけで、予告していた3万文字には少し足りませんが、
とりあえず「第一部 完」とさせて頂きます。
応援、感想、ありがとうございました!
いつかまたウィズとメルと勉強しましょうね!