【14】見つけた大切なもの
会社に連絡をいれたら、ミオの父が先に連絡をしてくれていて。
今日の俺はミオの父と、商談の予定が入っている事になっているようだった。
後でミオの父から、今日は一日娘と過ごしてやって欲しいとの伝言を家政婦さんから聞かされた。
その日は、ミオの父の言う通りに、ミオの家でご飯を食べたり、一緒に眠ったりしてのんびりと過ごした。
それ以来、ミオとは何度も会うようになった。
ミオは俺がいないと寝付けないみたいで、心配する父親が定期的に俺を家に招待してきた。
「今日は泊まっていきなさい。会社はうちからの方が近いんだしね」
そんな事を言って、ミオの父親は俺を引き止めてくる。
ミオの部屋のベットはいつの間にか二人用のサイズのものに変わっていて、俺のパジャマも用意されていた。
――こんなんでいいんだろうか。
一応俺は二十歳を越えた男で、ミオも幼いとはいえ年頃の女の子だ。
仲良く一緒のベットで寝るなんて、よく考えればかなりおかしな話だというのに。
まぁ、ミオが側にいないと眠れないのは俺も同じだったから、断る理由なんて何もなくて。
ここのところは、まるでこちらの方が自分の家であるかのように、俺はミオの家にお邪魔していた。
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ミオの家ばかりにお邪魔するのも気が引けて、久々の休みだったから、俺は自分の家にミオを招待した。
趣味もなく、嗜好品も買わない俺の部屋はかなり殺風景だけれど、ミオは興味深そうに俺の部屋を見回している。
今日は、一緒に借りてきたDVDを見ることになっていた。
自然とミオがソファーに座る俺の股の間に座ってくる。
ふいに、振り返って俺をまっすぐ見つめてきた。
「どうしたの?」
「……ねぇ、タクトはロリコンなの?」
いきなりそんな事を尋ねられて、思わず固まった。
そのときは、ロリコンじゃないなんて、とっさに答えたけど。
現在膝の上で寝てしまったミオを見て、愛おしいと思う気持ちがあって。
――俺、ロリコンだったのか!?
全くそんなつもりはなかったから、かなり動揺した。
悶々と考え込んでいたら、しばらくしてミオが目を覚ます。
「……何か食べる?」
「うん」
そろそろ小腹が空くころあいだと思って、事前に買い物はしておいた。
ぐるぐると考え込むのをやめ、ミオを冷蔵庫の前まで連れて行く。
「色々あるから選んでいいよ」
「うわぁ!」
冷蔵庫の中を見て、ミオが驚いた声を出す。
中にはプリンとかケーキとか。
どれがいいかよくわからなかったので、悩んで店にあるもの全部買ってきた。
ちなみに冷凍庫にはアイスも色々置いてある。
前にミオが好きだと言っていたからだ。
「これ全部、もしかしてわたしのために用意してくれたの?」
よろこんでもらいたくてしたことだったのだけど、どうやらやりすぎたようだ。
ミオの表情をみて、今更気づいた。
「ミオが好きって言ってたから、これだけあればお気に入りの味があるかなって……ごめん」
よく考えたら、こんなにミオが食べられるはずないのに。
何が喜ぶかということに夢中になりすぎて、俺としたことがそんな単純な事を忘れてしまっていた。
「ううん。タクト大好き!」
恥ずかしさから謝れば、ミオはぎゅっと俺に抱き付いて見上げてくる。
好きという言葉の響きに、幸福感が胸に満ちる。
「いっぱいあるから、タクトも一緒に食べよう!」
「うんそうしようか」
わくわくした様子で目を輝かせるミオの姿に、思わず笑みがこぼれた。
――その顔が見たかったんだ。
自然な動作でミオを抱きしめ返そうとしている自分に気づき、ふと手を止める。
こういうことを素でしてしまうのが、ロリコンなんじゃないだろうか。
「……どうしたの?」
「なんでもないよ。どれから食べようか」
少し不思議そうな顔になったミオに尋ねれば、すぐに冷蔵庫を眺めて真剣な顔で悩みだす。
その横顔がまた可愛いなぁなんて思う。
はっと我に帰って、今を無かったことにした。
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最近の俺は、妙にミオを避けてしまう。
さっきもミオが宿題をやっていて、褒めてと頭を撫でてほしそうだったのに気づかないふりをした。
これじゃミオが変に思う。
わかってるのに。
ミオとの交流は出会ってから一年経ってもまだ続いていた。
病的なまでにやせ細っていたミオは、幾分か健康的になったけれど、今だに俺がいないと眠れないみたいで。
俺は定期的にミオの家に泊まりこんでいた。
ここのところ、ミオは俺のことを何かと好きと言ってくる。
その好きが、友達や家族に向ける好きよりも特別な好きであることはうぬぼれじゃなく気づいていた。
苦難を共に乗り越えた者の間にある、信頼とか友情とか。
そういう類の何かだと、思い込もうとしていたのだけど。
「タクト、好き。ずっと一緒にいて」
時折願うように、ミオが俺を見つめて口にする言葉には、無視できない熱があって。
真っ直ぐで澄み切った翡翠色の瞳が、俺に訴えてくる。
強く執着されている。心から求められている。
それがわかって嬉しいと思う反面、怖い。
ミオが向けてくる感情に、俺はかなり戸惑っていた。
もちろん俺だって、ミオのことは好きだ。
でも恋愛対象とか、そんな意味では断じてない。
――ミオは俺に色んなことを教えてくれた、命の恩人で。
ミオを見ると胸が満たされたり、きゅっと抱きしめたくなるのは、きっと可愛いものをみると守りたくなるとか、そういう保護欲に近いものだ。
あるいは、あの困難を一緒に乗り越えたミオに対する信頼とか、そういうの。
この気持ちは、親とか兄妹に対するものに近いんじゃないかと思う。
俺の父も母もそういう対象になるような人じゃなかったし、兄妹もいないから、よくわからないけどきっとそうだ。
だから、俺はロリコンじゃない。
そういうやましい気持ちからくるものなんかじゃ、ない。
そもそもロリコンっていうのは、幼女に恋愛感情を抱くもので。
俺にそういう嗜好はない。
それは断言できる。
なぜなら、ミオと同じ年頃の黄色の王女には、全く一切こんな気持ちを抱くことはなかったし、そもそも俺は子供が嫌いだった。
つまり、この気持ちはミオ限定ってことだ。
俺はミオを大切に思ってて。
でもそれは、そういう邪なものじゃなくて純粋なものだ。
俺の目の前には眠ってしまったミオ。
今日は休日だけれど、ミオの父親がいなくて面倒を見てくれと頼まれていた。
寄り添って眠るのを拒んだら、かなり不満そうにしていたけれど。
近くにいるからと言えば、ミオはベットですやすやと寝てくれた。
寝顔を覗き込む。
俺と過ごして夕飯を食べるようになってから、ふっくらとした頬は赤くて柔らかそうだ。
触れたいな、と思うけど躊躇う。
こうやってミオに触りたいと思うのも、本当はいけない事なんだろうか。
ちょっと悩む。
――別に触れたところで何の問題もないんじゃないか?
意識して触れないってほうが、ロリコンっぽい気もする。
別にミオに積極的に触りたいわけじゃない。
さらさらで柔らかい髪とか、ぷにぷにの頬をつつきたくなるのは、その感触が気持ちいいからであって。
こうつい、手が伸びてしまうのだ。
きっと俺じゃなくても、この感触を知れば触らずにはいられないと思う。
――まぁ、他のやつに触らせはしないけど。
「……ん、タクトぉ」
そんなことをひとり考えていると、ミオが身じろぎをした。
「おはよう……って、ミオ?」
「タクト、どこ?」
起きたのかなと思ったら、違うみたいだった。
怖い夢――あの『悪夢』のことを思い出しているのか、少し震えていて。
あの『悪夢』から帰ってきて後のことを、俺は思い出した。
再会の約束をしてミオと別れてから、俺は『悪夢』の夢を何度か見た。
俺たちが体験した、あの城の『悪夢』そのものではなかったけれど、それは俺にとって恐ろしいものだった。
俺が『悪夢』から目覚めて後、ミオだけがあの中に取り残されて、俺を探している。そんな夢だ。
大人の俺ですら、あの『悪夢』はトラウマになった。
今でもその証拠に、怖くて独りの時は睡眠薬を飲まなきゃ眠れない。
俺だってそうなのだから、十歳の子にとっては、相当に恐怖だったはずだ。
か細い声で、求めるように呼ばれる自分の名前に、そっと手をとる。
ミオの手は小さくて柔らかくて。
力を入れすぎたら壊れてしまいそうだった。
「大丈夫だ、ミオ。俺はここにいる」
安心したのか、ミオの体から力が抜けて。
うっすら開かれたミオの瞳は、とろんとしていたけれど、しっかりとこちらを捕らえていた。
ふわりと笑ったミオの顔に、不覚にもトクンと心臓が鳴った。
「もう、絶対ひとりにしないからね」
ミオはそうつぶやいて、眠りの世界に戻っていった。
「まるで、愛の告白だな」
思わず笑いが漏れる。
――まったく、この子は。
ぎゅっと握り締められた手が、なんだかうれしくて握り返す。
空いてる方の手でやさしく抱きしめてから、その柔らかな髪をなでた。
それにしても、夢の中でさえミオは俺より強い。
もう絶対ひとりにしない、なんて。
夢の中でさまよって、一人になって。
それでも俺のことを心配してくれていたのか。
らしいといったら、ミオらしいけれど。
最初会ったときから、本当にこの子は強い。
こんなにか弱い存在で、本当は守られるべき存在なのに。
俺は守られてばかりだ。
思えば不思議だ。
もともと俺は、疑り深い性格だった。
『悪夢』の世界にいって、それはさらに酷くなっていった。
それもしかたないことだと思う。
なにもかもが信じられない、ありえない世界だったから。
ありえない世界の中で、自分がミオを信頼できるようになったのが、一番の不思議で。
人前で寝るということもありえなければ、彼女のために自分を危険にさらすという行為も俺にしたらありえない。
誰かに命を預けるなんて、もっての他だ。
それを、躊躇いもなくできるくらいになっていた。
ミオなら信頼しても大丈夫だと、守ってあげたいといつの間にか思うようになっていた。
困難を一緒に切り抜けたからといって、見ず知らずの女の子に、俺はそんな事をするような人間じゃなかった。
ミオが俺を変えたんだと、声を上げて言える。
自分のために命をかけてくれる。
俺にとって、これ以上の子がいるのだろうか。
いない。
そう断言できる。
誰がなんと言おうと、ミオは自分にとっての一番だ。
その瞬間、俺の中でバラバラだったパズルのピースが、組み上げられてひとつの形を作ったかのように、くっきりとわかった。
――ロリコンだのなんだの、この感情に色々理由や、面倒な名前は必要ない。
ただ俺は、ミオが好きなだけ。
シンプルで一番確かなもの。
守りたいものは世間体や俺の小さなプライドじゃなくて、ミオ自身だ。
だから、悲しませないように、大切だとちゃんと伝えておかなきゃいけない。
「……ん? タクト?」
きゅっと抱きしめる手に力を込めれば、ミオが身じろぐ。
「大好きだ、ミオ」
言葉にすればミオは目を丸くする。
「……でも、タクトロリコンじゃないって」
「あのねミオ、別に俺は小さな女の子が好きな変態じゃないんだ。ミオだから好きなの」
言い聞かせるようにそう言えば、ミオはほっとしたように顔を綻ばせた。
ミオはロリコンという言葉の意味をそもそもあまり理解してなかったようで。
俺がロリコンなら、ミオを好きみたいな感じで捉えていたらしい。
だから、俺がロリコンじゃないということは、ミオを好きではないのだと、ひとり落ち込んでいたようだった。
「タクト、もう一回聞きたい」
「……好きだよミオ」
上目遣いでおねだりしてくるミオに、改めて言うと照れ臭くて顔が赤くなるのがわかる。
それを見てミオは嬉しそうな顔で俺に抱きついてきて。
「わたしもタクトが大好き!」
同じくらいの好きを返してくれた。
お付き合いいただき、ありがとうございました。ロリコン多くてすいません。反省してます。




