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その26




 沈黙が周囲を包む。柔らかく優しい沈黙。

 握ったてのひらから徐々に緊張が解けていくのをザムゾンは感じていた。

 アナトールの視線がザムゾンに注がれる。

 熱を帯びた瞳。その目を見て、ザムゾンも自らの熱が上がるような気がした。

「ザムゾン」

「なに?」

「私のところに来てくれないか?」

「えっ!」

 まるでプロポーズのような言葉。予想しなかった事にザムゾンは驚いた。そんなザムゾンを見てアナトールは少し困った顔をした。

「今は無理だが…一年…いや、二年後くらいで私の出来ることは終る。その後に、私とキルシュの世話をお願いしたい」

「もしかして。それが僕に頼もうとした事ですか?」

「そうだ。平和な生活というものを私は知らないのだ。それを私達に教えて欲しい。私を助けてくれないか?」

 アナトールが求めているもの。それを自分が持っている。改めてそれを感じた。

 自分の今までの生活の延長。平和になった時に穏やかに生活する事。どれもが多分アナトールは経験してこなかった事だ。

「ええ。判りました。そんな事で良ければ」

 愛の言葉自体はなかったものの、求愛されている。そう感じる。それは悪い気持ちではない。むしろ嬉しく誇らしい。

 座っているのに、体が宙に浮かぶような喜びを感じた。

 彼に好かれ愛されているのなら、その気持ちに応えたいと思う。これが恋愛感情なのかはザムゾンには判らない。だが、彼から求められるのであれば何でも応えたいと思う気持ちがあるのは本当だ。

「ありがとう」

 ザムゾンの返事を聞いて、アナトールは嬉しそうに微笑んだ。瞳の中の熱が温度を上げる。

 彼の顔が近づいてくる。くちづけの気配を感じて、ザムゾンは自然と目を閉じた。

 だが、その瞬間は訪れない。

 不思議に思って目を開けると、アナトールは困った表情を浮かべ距離を離した。

 与えられると思っていたキスが中止され、何となくガッカリする。上がっていた熱が急激に萎んでいく。

 彼が何を考えているのかザムゾンには判らなかった。

 さっきキスを交わした時に彼は順番が違うと謝罪した。まだ何かザムゾンの知らない順番にこだわっているのだろうか。それとも他に何か理由でもあるのだろうか。

 ザムゾンは不安に駆られ口を開いた。

「アナトール。貴方は僕のことを好きなんですよね?」

 直接的な問いかけに、アナトールは目を丸くし、すぐにおかしそうに噴出した。

「全く…本当に…お前は予想がつかない」

…こんな事オトナは聞かないかも知れないけれど。

 言葉で確認せずに理解できるほど、ザムゾンは大人びてもいない。

 姿はすでに青年のそれに近いが、中身は年齢のままの少年だった。

 アナトールの反応は、茶化しているように感じて、小さな怒りが生まれる。

「どうなんですか?」

「そう怒らないでくれ」

 ザムゾンの尖った声を

「私はお前のことが好きだ。愛していると言ってもいい。ハッキリした言葉で表すと、私のものにしたい」

「……なら…」

 愛の告白が欲しいと訴えるザムゾンに、アナトールは哀しい目をした。

「だが、今はこの言葉を言えない。言う資格はないのだ」

「どうして?」

「どうしても」

 アナトールの頑なな態度に言えない何かを感じる。

「私は長い期間お前を束縛しようとは思っていない。迎えに来た時に神殿に来て、数年間私の世話をして欲しい。その約束だけしてくれればいい」

 ちょっと突き放したような言葉にザムゾンの心は傷つく。

 だから、思いとは裏腹の意地悪な言葉がザムゾンの口から飛び出した。

「待っている間。僕に恋人が出来てもいいのですか?」

「困ったな。そんな風に言わないでくれ」

 握られた手をさりげなく解いて、アナトールはザムゾンの頬を撫でた。慰撫する動きはささくれ波立った心を凪いだものに変えていく。

「だったら。貴方の言葉を下さい」

「ダメだ。これは自分としてのケジメだから。どうしてもというのなら…さっきの返事に良いと答えるしかない」

「良いって事は」

「自由だよ。お前は」

 切ない色を浮べてアナトールは言った。

「私に縛られず時を過ごしなさい。恋愛することだって自由だ。その選択は私を苦しめるだろうが、お前は自分の心に従って生きていけばいい。そして、迎えにきたら私の元に来て欲しい。一度私の元に来たら、今度は全力で口説くと思うが…それに応えるか、応えないか。どうかはザムゾン、お前が決めることだ。私には強要できない。私が出来る事は神殿にお前を迎える準備をする事だけだ。それでは駄目だろうか」

 おそらく何らかの事情があるのだろう。

 彼は彼なりの誠実さで、ザムゾンを愛し求めている。これ以上は求める事は出来ないだろう。これでいい。これが彼の精一杯なのだ。

「判りました。僕。待ってます。アナトール。貴方のことを。きっと迎えに来て下さいね」

 ザムゾンの返事を聞いて、アナトールはホッとして心底嬉しそうな笑みを浮べた。

 アナトールがザムゾンを迎えに行ったのは、それから一年半が過ぎた頃だった。






今週の更新も終わりです。

よかった。予定のところまで何とか辿り着きました。


来週、エピローグの予定。

次の更新は来週の木・金曜日です。





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