第34話 婚約破棄の代価
私が、自ら定めた条件を備える『王国四境交易調整顧問』の任命書に署名した翌日。
王宮の人事掲示から、次期交易委員候補だったオスカーの名が消えていた。
ヴァルモント公爵家からマリアンヌ様の家へは、事実と異なる説明をしたことへの正式な謝罪文が届けられた。加えて公爵家は、過去三年分の倉庫配当の一部を、国境施設の改善基金と施療院の薬草備蓄費へ拠出すると決めた。
公爵位を継ぐ権利まで奪われたわけではない。だが、対外折衝からは外され、父公爵の命令で一年間、週三日を公爵家記録局で過ごすことになったという。
各部署の報告を一頁へ要約し、主任書記の確認を受ける。合格するまで、名代として決裁はできない。見せしめの降格ではなく、彼が軽んじた仕事を基礎から学び直す処分だった。
「これで、公的な手続きはすべて終わったわ。あとは……」
「はい。ヴァルモント公爵閣下がお待ちです」
私たちは王宮を後にして、馬車でヴァルモント公爵邸へと向かった。
これが、オスカーとの七年間にわたる関係の、本当の意味での最後の決着となる。
応接室には、父とヴァルモント公爵が同席していた。父は席を勧める前に私の顔を見て、続けられるかと目で確かめてくれた。私は頷いた。
オスカーは私の前へ進み、頭を下げた。
「……リディア嬢。建国祭での非礼、そして、これまでの私の無知と傲慢について。心から、謝罪する」
「私は、知らされていなかったのではない。君から受け取れる一番近い場所にいながら、見ようとしなかった」
それが、私の欲しかった弁明ではなく、彼が認めるべき事実だった。
違約金と結納品の返還は、すでに済んでいる。オスカーは迷った末、私へ手を伸ばしかけた。
「学び直す。今度こそ君の仕事も意思も見る。もう一度、やり直すことはできないだろうか」
「……謝罪はお受けいたします。公的な手続きも規定通りに済ませていただき、感謝申し上げます」
私は彼の手を取らなかった。
「ですが、復縁については明確にお断りいたします」
オスカーの手が、空中でピタリと止まった。
「あなたが学び直すことと、私が戻ることは別です。私は、私が生きたい場所を自分で選びます」
「……そうか」
オスカーは力なく手を下ろした。
伸ばしかけた指が握られ、何も掴まないまま脇へ落ちた。
彼が再び頭を下げると、両家の当主は関係の終了を確認した。
公爵邸の重い扉を抜け、外へと出た。
冬の澄んだ、ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込む。
肩に残っていた重みが、冬の息と一緒に抜けていった。
「お疲れ様でございました、お嬢様」
エステルが、そっと私の肩に温かいショールをかけてくれた。
「ありがとう、エステル。……行きましょう」
私は歩き出した。
用意されていた馬車には乗らず、自分の足で石畳を踏みしめる。
真っ白な予定表の午後、答えを待つ人がいる。
私は馬車へ乗らず、川辺へ向かった。




