第87駅 バルツァー帝国の教師 ~モリエール~
「僕達がバルツァー帝国へ、ですか」
「はい。その通りです」
この日、メイデン共和国から外交部長官のトウさんがやって来た。
で、世間話もそこそこに提案されたのが、僕達がバルツァー帝国へ行くことだった。
「順を追って説明します。現在、バルツァー帝国軍の連携がうまくいかないことも功を奏し、もうすぐ首都ノイロイター攻略戦を始める算段が付きつつあります」
バルツァー帝国は、貴族間の仲がいいわけではなかったことと民衆への支援金の横領があったことから、敵側に援軍が来なかったり民衆の抵抗もなく、予想よりもかなりスムーズに進軍できているという。
でも、もう首都に狙いを定められるところまで軍を進められたんだ。早いなぁ……。
「そこで、我がメイデン共和国総統ショウザンがスタッキーニ王国とスエノブ皇国に提案したのです。ノイロイター攻略戦に各国家元首を観戦に招待できないかと。もちろん、安全な後方で待機していただきます」
「なるほど。それで、なぜ国家元首を観戦に招く必要があるのでしょう?」
アンから質問が飛んだ。どうも、国家元首がわざわざ戦場まで足を運ぶ意味があるのかどうか知りたいらしい。
「円滑な終戦協定の締結が最も重要な目的となります。最高意思決定者が近くにいたほうがすぐに締結できますし、状況が変わっても臨機応変に降伏条件の変更も可能です。
なお、この提案に対しスタッキーニ国王陛下とスエノブ皇国の将軍閣下には承諾をいただきました」
「……わかりました。トシノリさん、私たちも行きましょう。他の二国の国家元首が行くと言っている以上、特に理由もなく行かないわけにはいきません。
それに……顔を見てみたいんです。トレビシック王国を攻め滅ぼす命令を下した、女帝の顔を」
「……そうだね。それじゃあ、すぐに準備を整えよう」
こうして、僕達はバルツァー帝国の首都、ノイロイター攻略戦を観戦するため、北へ向かうことになった。
グラニット号に乗り、数日かけて北上した。
スタッキーニ王国、小国群を抜け、バルツァー帝国に入り、そのままスタッキーニ王国軍占領地域を通り過ぎた。
そして、僕達は『モリエール』という小さな町にたどり着いた。
この町は、地理的にバルツァー帝国南部地域のほぼ中央に位置している。あと一日グラニット号で走れば、バルツァー帝国の首都ノイロイターに到着する距離らしい。
「本日はこちらで停車し、一泊します。車外に出るのは危険だと考えられますので、ご自重ください」
「わかったよ、隊長」
スタッキーニ王国が占領している町だからといって、僕達に危害を加えようとしたり暗殺を企む工作員がいても不思議ではないからね。
それなら、出入口が限られるグラニット号に乗っていた方が安心かな。
僕達に同行した鉄道隊の隊長が退室するのを見届けると、僕達は思い思いに過ごした。
そもそもグラン・スイートカーは居住性が高く過ごしやすいし、多目的室まで足を伸ばせば娯楽が楽しめることもあって、あんまり車外に出る必要がないんだよね。
そんなわけでグラン・スイートカーでくつろいでいると、また隊長がやってきた。
「失礼します、陛下。陛下にお会いしたいという者がおりますが」
「僕に会いたい?」
「どのような方かわかりますか?」
アンが隊長に重ねて質問をした。どうも僕達と会うべきかどうか判断したいみたい。
「六十歳くらいの男です。なんでも現在のバルツァー帝国皇帝の教育係を務めていた人物だとかで、皇帝について話したいと」
「そうですか。ボディチェックは?」
「武器の類いは持っておりませんでした。また、魔法を使えるスキルも持っていないようです」
「なるほど。トシノリさん、とりあえず会うだけ会ってみるのはいかがでしょう? 兵士を何人か張り付かせておけば身の安全は確保できますし、話を聞いてみて有用かどうか判断されればいいかと」
「……そうだね。とりあえず会ってみよう」
というわけで、僕達はその人物と面会することになった。
数時間後、面会の準備が整ったので、グラン・スイートカーのダイニングへその男を招き入れた。
もちろん、部屋に十人近くの鉄道隊員を護衛として配置している。
「面会のお許しをいただき感謝致します。バルツァー帝国皇帝陛下の教育係を務めていた、クラウスと申します」
そう挨拶したこの人物クラウスは、目の下の隈がひどく、相当苦労と悩みを抱えていることがうかがい知れた。
「よろしく、クラウスさん。それで、僕達に話をしたい事って?」
「はい。それを話す前に、まずは現皇帝陛下の母君について知っていただかなくてはなりません」
クラウスが話したところによると、現バルツァー帝国皇帝、キャロリン・バルツァーの母親は、実は貧しい農村出身だったという。それから血反吐を吐くような壮絶な努力を行い、とうとう帝室の侍女という、彼女の出身身分からすれば大出世を果たした。
ところが彼女はそれでも努力を怠ることはせず、とうとう当時の皇帝に見初められ、妾になるという偉業を成し遂げた。
「その後キャロリン陛下を授かりますが、それだけで満足せずさらに上を目指したのです」
彼女はなんと、キャロリンを出産してから暗躍を始めた。
数年に及ぶ権謀術数や工作を行い、母親の身分から言っても出生順から言っても皇帝になれるはずがなかったキャロリンを、なんと次期皇帝の地位にまでのし上げてしまった。
そしてキャロリンの帝位継承順位が第一位になったとき、彼女の『教育』が始まったらしい。
「彼女は貧しい農村出身であったことから貧困の恐ろしさが身に染みていました。だから娘にこういう教育を、半ば洗脳のように施したのです。『皇帝は民衆に貧しい思いをさせてはならない。たとえ他所から奪っても』と」
「それって……」
「はい。現在の帝国の方針の元となりました」
バルツァー帝国は民衆の貧困を防ぐため、戦争をしてその予算となる財産を奪ったり、支配した地域から金を搾り取ったりしていた。
その行動方針は、皇帝の母親が原因だったんだ。
「当時、まだ私はキャロリン陛下の教育係としてお仕えしておりました。そして彼女の洗脳にいち早く気付き、なんとかキャロリン陛下をお守りしようとしましたが……」
「キャロリンの母親に嫌われて教育係を解任された、と」
「その通りです。その後、流行病によって当時の皇帝陛下、そしてキャロリン陛下の母親も相次いで病死。キャロリン陛下が皇帝に就かれました。
後は皆様もご存じの通り、帝国による侵略が始まりました」
まぁ、僕達が知らない情報というか、経緯は大体わかった。
それで本題に入るんだけど。
「それで、クラウスさんは僕達に何を話したいの?」
「キャロリン陛下をお救いする機会をお与えいただきたいのです。陛下は母君の洗脳により、無茶な侵略まで行いました。ですが、帝国は私の予想より早く反撃に遭い、首都陥落の危機に陥っております。
私は、これをチャンスだとみています。今が、陛下があの女にかけられた洗脳を解く唯一のチャンスだと。
何卒、何卒お願いします。どうか、私に陛下の洗脳を解く機会をお与えください……!」
「それは難しいと思います」
クラウスの懇願に対し、あっさりと難色を示したのはアンだった。
「確かに、皇帝にも同情出来る事情があったのは理解できます。ですが、皇帝はそれを理由に全てを許される限度を超えた行いを犯してきました。多くの人の運命をねじ曲げ、命を奪い取ってきたからです」
クラウスの様子をうかがうと、やはり無理だったか、という落胆がハッキリと見て取れた。
「私の国や両親もその一つです。ですが――それでも、私はキャロリン皇帝を助けたいと心のどこかで思ってしまっているのです。
トシノリさんの両親の話やゴルトライン夫妻を見てしまったからですかね……。皇帝も自身の親に振り回されてしまった存在だとわかってしまったので、完全に許せないとは思えなくなってしまったんです」
アンは僕にアイコンタクトを送った。そして僕が言葉を引き継いだ。
「そうだね。僕も自分の親がアレだったからよくわかるよ。というわけでクラウスさん、なんとか皇帝の命までは取らないように努力してみるよ。確率はかなり低いかもしれないけど……」
「あ、ありがとうございます!!」
クラウスさんは何度もお礼を言うと、皇帝の秘密について教えてくれた。
それは、皇帝のスキルについてだった。




