第2話 ナンパな下衆野郎に愛の救いを
――サイコロフライに到着。 高層ビル化が進む近未来都市だ。
ビルとビルの間にはレンガ調の家々が残り、一歩路地に入れば古風な雰囲気を味わえるそんな街である。
裏を変えせば、貧富の差は激しいとも言える、ゴロツキや、窃盗団も少なくはない。危険と隣り合わせな街。そのヒリヒリ感、スリルが味わえるのも若者の街サイコロフライの魅力とも言えよう。
「おい!セリナ!なんだあれ!金魚が空飛んでる!」
「先輩テンション上がりすぎでしょ」
一番楽しみにしていたのはセリナだったはずだが……街のヒリヒリ感に全く動じないマスター僧侶様は、はしゃぎまくる。すっかり立場は逆転してしまった。
「うおーすげー!なんだあれかわいいいい」
「ちょっと先輩」
セリナは、暴走するマヤを宥めながら夜のサイコロフライを歩く。
かわいい2人がゴロツキのウヨウヨする街を、夜な夜なうろつくとどうなるか。結果はひとつ。
「おうおう。かわいいじゃんなにしてんのー?」
「こんなとこ歩いてたら乱暴されちゃうよーゲヘヘ」
猫の置物に目をキラキラさせて見ているマヤの後方で、セリナは下衆な声に呼び止められていた。
呼び止められただけならまだましだ、セリナの後ろから覆いかぶさるようにして、チャラチャラした男はガッチリセリナを羽交い絞めにする。
清純な僧侶のサラリと整えられた髪を、何日洗濯してないんだと言わんばかりのむっさい汗臭い革ジャンが侵食していく。
「ちょっと離してくださいってば……」
暴れるセリナをグッと力を込め離さない。
セリナを羽交い絞めにする男は、耳にピアスを何個つけているんだと思わず数えたくなる風貌で、ニタニタ笑いセリアを舐めまわすように見る。
腰巻には、刃渡り30センチほどの鉈をチラつかし、スグにでもムチャクチャにしてやるぞと言わんばかりに、鼻息が荒い。
連れの男も、カリカリのスペアリブのような焼け焦げた肌に、漆黒の刺青をあしらい、下衆に下衆を重ねた、下品な立ち振る舞いでセリナを茶化す。
「どっから来たのぉ?お兄さんたちと遊ぼう」
ニタニタ笑いながら口から悪臭を放ちセリナに問う。
「先輩!!助けて!!」
「なになに?先輩?ヒュウ♪聞いたかよ2人連れだってよ」
ガツッと拳を合わせる下衆コンビ。
かわいいものやイケメンを見ると異世界に行ってしまう自分を恨むマヤ。
状況に気が付き、はぁとため息を一つ。立ち上がり男を睨みつける。
「おうおうおう♪こっちはまな板見てえだが顔は上玉じゃねえか」
刺青はマヤに目をつけ、ズカズカと近づいてきた。
……しかしマヤはその場に跪いた。
「すいません。田舎町の教会から出てきたばかりです。許していただけませんか」
ギョッと驚く、下衆コンビ。驚きの表情はだんだんニタつきに変わっていく。
「なんだ、なかなか物分かりいいじゃねえか」
刺青はマヤの髪をガッ掴み上げ、べろべろと舌を出し優越感に浸る。
「先輩!」
「おっと暴れんじゃねえ。おい!そいつもさらってお家でお楽しみと行こうぜ」
ピアスと刺青の下衆コンビのテンションは最高潮。そりゃそうだ巨乳シスターとまな板美顔シスターをGETしたわけだ。
手段は低俗だが、テンションの上がらない男はいない。
「おい痛いようにはしねえからよこっちに……」
「神の御名において その御仕えをここに賜らんことを欲す……我 御身の代行者であらんことを願う者なり」
男の引っ張る手を振り払い、祈りをささげるマヤ。男たちは顔を見合わせ笑う。
「ブッ!お祈りしだしたぞ!」
「おい嬢ちゃんこんな汚ねぇ路地に神なんか舞い降りるわけねえんだよ!げへへ」
二人に茶化されるマヤ。
「先輩!逃げてください!……グッ……」
セリナの抵抗むなしくピアスの羽交い絞めは続く。
「シスターさん。お祈り済んだか?こっちへ来な」
「フッ……馬鹿言ってんじゃねえよ。おめえらぶっ飛ばしてもいいか『神』にお許しもらってたんだよ」
「ハァ?」
と首を傾げた刺青男。――瞬間、激痛に顔が歪む。
マヤは瞬時に刺青の懐にワンステップで入り込み、地面を割るほどの踏み込みでボディブローを叩き込む。
「ガハッ!!!」
血反吐を吐き、のたうつ刺青に、休息の間もなく顔面にストレートが流れ込んでいく。空中で2回転して地面に植え込まれた。
「痛ってーな……。無駄に身体鍛えやがってよ。華弱い乙女の拳が傷つくだろ」
マヤは拳を擦りながら詠唱破棄で『攻撃倍加』と『速度倍加』を多重にかけていく。
「おい!!!!なんだお前!!!?」
ピアス男は狼狽える。
「セリナを離しな」
ピアス男はセリナを離し自衛に回った。ピアス男は腰巻に仕込んでおいた『刃物』を抜く。
「先輩すごい。いつの間に詠唱破棄で『攻撃倍加』と『速度倍加』同時詠唱してるんですか?」
「セリナ、あんただってこんな雑魚相手にして。さっさとやれたでしょ。私だって疲れるのよ?」
手の関節をバキバキ鳴らし、セリナに説教するマヤだがこいつには効果がない。いつものことだ。
「だって先輩のかっこいいとこみたいんだもーん」
ハァっとため息を吐きピアスに目をやると子羊のように震えている。
「……おい、いったい何者なんだおまえら。本当にシスターなのか……オイ!!!」
ガチガチ震えながら鉈を振り回し叫ぶピアス。マヤは鉈をガシィっと素手で受け止め、溶けかけたアイスキャンディの如く鉈を握りつぶす。
「私はシスタニア修道院マスターランクシスター。マヤ=ルナバーン!絶賛彼氏募集中!」
「ヒィイイヒイィイイイイイイ!!」
腰を抜かしその場に崩れるピアス。
「おい、言うことはないのかよ。こちとらシスターだ」
それを聞いたピアス男は手を合わせ。跪く。
「シスター懺悔します!度々の御無礼お許しください!!」
――瞬間、男の視界はシスターのヒールの底で埋め尽くされる。
「ドロップキーック!!!」
これがマヤのサイコロフライ初イベントである。