EP 7
熱血料理男子と、タローソンの塩おむすび
ジューッ、パチパチパチ……。
心地よい音と、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いで、私は目を覚ました。
「んん……なんだか、すごくいい匂いがする」
隣を見ると、キャルルちゃんはすでに起きており、布団の端で兎耳をピーンと立てて、鼻をヒクヒクとさせていた。
「ゆつき、おはよー。外からすっごくお肉の焼ける匂いがするの! あいつ、本当に料理作ってるみたい」
「ヒエン君だね。よし、顔を洗って外に出てみようか」
私たちがポカポカの部屋から外へ出ると、庭の片隅で手際よく焚き火の準備をしているヒエン君の後ろ姿があった。
彼は上着を脱ぎ、腕まくりをした状態で、鉄板の上で分厚いお肉を焼いていた。
「あ、おはよう結月さん、キャルル。よく眠れたか?」
「おはようございます、ヒエン君。これ、あなたが狩ってきたお肉ですか?」
「あぁ。道中で狩った『トライバード』のモモ肉さ。野営の時はよくこいつを焼いて食うんだ。肉も卵もいける三徳鳥でな、結構美味いんだぜ」
ヒエン君は慣れた手つきで鉄板を傾け、トライバードの肉から溢れ出た脂をスプーンですくい、お肉の表面に何度も回しかけている。アロゼという本格的な調理法だ。
表面の皮はパリッと黄金色に焼き上がり、中からはふっくらとしたお肉が顔を覗かせている。味付けは、野生のハーブと粗塩だけのようだが、それが逆に素材の旨味を極限まで引き出しているようだった。
「ごくり……」
キャルルちゃんが、私の後ろで露骨に喉を鳴らした。
無理もない。前世で数多のグルメ番組を見てきた私でさえ、この直火で焼かれた極上の鳥肉を前にしては、お腹の虫が暴れ出すのを止められない。
「ちょうど焼き上がったところだ。ただ……すまん。肉と、スープにする野菜はあるんだが、肝心の『主食』になるような穀物やパンを切らしててな」
ヒエン君が申し訳なさそうに眉を下げる。
戦場やパトロールでは、携帯食料で済ませることが多いのだろう。
「お肉だけでも十分ご馳走だよ!」とキャルルちゃんは言うが、前世が日本人の私としては、このジューシーなお肉を受け止めるための『白い炭水化物』がどうしても欲しくなってしまう。
(そうだ! ここは私の出番だ!)
「ヒエン君、主食なら私に任せてください!」
「え? でも、村の備蓄もあまりないだろ? 無理しなくても……」
「大丈夫。ちょっとだけ待っててくださいね」
私はこっそりと木陰に回り、エンジェルすまーとふぉんを取り出した。
現在のポイントは、昨夜ヒエン君にコーヒーをご馳走した分も合わせてたっぷりある。
私は通販アプリを開き、【タローソン】のアイコンをタップした。
前世で、徹夜明けにコンビニで買う「塩おにぎり」には何度も救われた。
具の入っていない、ただ塩と海苔だけのシンプルなおにぎり。でも、だからこそ、どんなおかずにも合う最強の相棒なのだ。
「これだ! 【タローソン:ふっくら粗塩おむすび(三個セット)】!」
ポチッ、と購入ボタンを押す。
光の粒子とともに現れたのは、竹の皮に包まれた、ほんのりと湯気を立てている大きなおむすびだった。
炊きたてのご飯の香りと、海苔の磯の香りがふわりと漂う。
「お待たせしました! 主食、用意できましたよ!」
私が竹の皮に包まれたおむすびを持って戻ると、ヒエン君とキャルルちゃんが目を丸くした。
「ゆつき、それなぁに? 黒い紙が巻いてある白い丸い……パン?」
「結月さん、その……ホカホカ湯気が立ってるんだが、どこから出してきたんだ!?」
「ふふっ、私のちょっとした魔法です。さあ、冷めないうちに食べましょう!」
私たちは庭に敷いたござの上に座り、ヒエン君が切り分けてくれたトライバードのお肉とおむすびを囲んだ。
木のお皿に乗せられたお肉からは、肉汁がキラキラと溢れ出している。
「じゃあ、いただきます!」
まずは、ヒエン君の焼いてくれたトライバードのお肉を一口。
パリッ!という小気味いい音とともに皮が弾け、中から熱々の肉汁が口いっぱいに弾け飛んだ。
「――っ! 美味しい!!」
ハーブの爽やかな香りが、鳥肉特有の臭みを完全に消し去っている。
お肉は驚くほど柔らかく、噛むたびに濃厚な旨味がジュワリと滲み出してくる。前世の居酒屋で食べたどんな焼き鳥よりも、野生の力強さと深い味わいがあった。
「すっごくおいしい! なにこれ、お肉が口の中でとろける!」
「だろ? 俺の焼き加減は完璧だからな」
得意げに笑うヒエン君を見て、私はすかさずタローソンの「塩おむすび」を手に取った。
お肉の脂と旨味が口の中に残っているうちに、この白いご飯を頬張る。
――完璧だ。
ふっくらと炊き上がったお米の一粒一粒が、トライバードの肉汁を受け止め、見事なハーモニーを奏でている。
粗塩のキリッとした塩気が、お米の甘みをさらに引き立て、パリッとした海苔の風味が絶妙なアクセントになっていた。
「ヒエン君、キャルルちゃん! お肉を食べてから、この『おむすび』を食べてみて!」
「お、おう」
ヒエン君も、見よう見まねでおむすびにかぶりついた。
次の瞬間、彼の目が見開かれた。
「なんだこれ……!? この白い粒、米麦草に似てるが、圧倒的にふっくらして甘い! それに、この黒い紙みたいなの、風味が良くて肉の脂と死ぬほど合うじゃないか!」
「んーーっ!! 美味しいぃぃ! お肉とおむすび、無限に食べられるよぉ!」
キャルルちゃんに至っては、兎耳をブンブンと振り回しながら、お肉とおむすびを交互に猛烈な勢いで頬張っている。
「結月さん、すごいな。俺の焼いた肉が、この『おむすび』のおかげで何倍も美味く感じる。君、こんな美味いものをどこから……いや、聞かない方がいいか。とにかく、最高に美味い」
「ふふっ。ヒエン君のお料理の腕がすごいからだよ。私、こんなに美味しいお肉食べたの初めて」
私が素直に褒めると、ヒエン君は少しだけ頬を掻き、照れくさそうに視線を逸らした。
戦うことやパトロールで日々気を張っている彼にとって、自分が作ったご飯を「美味しい」と笑って食べてくれる存在は、もしかしたら久しぶりだったのかもしれない。
「……ゆつき、私にもあーんして!」
「あ、こらキャルル。村長が甘えるな」
「ヒエンには関係ないでしょ! これは私とゆつきの親愛の儀式なんだから!」
ヤキモチを焼いて私の腕にすり寄ってくるキャルルちゃんと、それを呆れたようにたしなめるヒエン君。
前世の、一人きりの狭いアパートで、冷めたコンビニ弁当を無表情で食べていたあの頃とは違う。
温かいご飯を、誰かと一緒に「美味しいね」と笑い合いながら食べる。
ただそれだけのことが、こんなにも心を満たしてくれるなんて。
『ピロリン♪』
またしても、ポケットのスマホが心地よく鳴った。
『通知:善行ポイント獲得!』
『【熱血料理男子の胃袋と心を満たす、至高の塩むすびコラボ】を検出!』
『「朝から最高の飯テロだ!」「米と肉は正義!」とゴッドチューブの視聴者の食欲を大いに刺激! 朝のグルメ枠でPV率爆上がりですっ!』
『獲得ポイント:+180pt!』
リリスちゃん、今日もエターナル建設の予算稼ぎ、お疲れ様です。
空になった木のお皿を見つめながら、私はぽっこりと膨らんだお腹を撫でた。
美味しいご飯と、楽しい会話。
このポポロ村でのスローライフは、日に日に『最高の居場所』へと育っている。
「ごちそうさまでした。ヒエン君、すごく美味しかったよ。また、いつでも食べに来てね」
「……あぁ。結月さんがそう言ってくれるなら、また獲物を狩って寄らせてもらうよ」
赤い髪の青年は、今度は隠すことなく、嬉しそうに白い歯を見せて笑ったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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