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AI時代の皇帝劇場-会議室に棲むハレムの狂騒  作者: キジ猫大魔神


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第一部「AI時代の小さな宮廷」・第一話「側近古参は信じている」

 何事も、まずはAIに問いを投げるのが当たり前になった時代だった。

 最適解は一瞬で画面に現れ、数字とグラフは迷いのない矢印となって人々の前に並ぶ。

 本来なら、そこに誰かの機嫌や、場の空気が入り込む余地はないはずだった。

 それでも、この会社の最上階では、最後のひと押しを決めるのは、ひとりの「皇帝」のうなずき方だった。

 彼の周りには、今日も静かな円を描くように人々が集まる。

 言葉を選び、沈黙の長さをはかり、視線の高さをそろえながら。


 太古の宮廷で、皇帝の寵愛を得ようとした人々がそうであったように。


 AIが答えを示す現代の会議室にも、いつのまにか、小さなハレムのような狂騒が息づいていることに、彼ら自身はほとんど気づいていない。

 会議の三十分前、最上階のフロアにはまだ、人の気配よりも空調の音の方がよく通っていた。

 古参側近の男は、長机の端にタブレットを並べ、配線のたわみを指先で整えながら、部屋の温度を一度だけ下げた。冷え過ぎれば文句が出るが、少し涼しいくらいなら「集中できる」という言葉に変わることを、彼は経験で知っている。


 画面には、今朝届いたばかりの分析レポートが開かれている。AIが一晩で処理した数値の束は、見慣れたグラフと矢印に姿を変え、誰が見ても「これが最適解です」と主張していた。

 男はその主張に異論はなかった。ただ、これだけではまだ、会議は終わらないこともよく知っていた。


 結論そのものよりも大事なのは、そこに至るまでの「物語」だ。どの数字をわざと強調し、どのリスクをさらりと流すか。そのさじ加減は、どれほど時代が変わっても、画面の向こう側ではなく、机のこちら側で決まる。

 彼はグラフの色を一つ変え、説明用のメモに短い一文を挿し込んだ。皇帝が目をとめそうな言い回しを、無意識に選んでいることには、もう長く前から自覚すらない。


 ドアの方で、小さくノックの音がした。若手のエリートたちが、資料を抱えてぞろぞろと入ってくる。彼らのタブレットにも、同じレポートが並んでいるはずだった。違うのは、その数字に込める期待の向きだろう。

 若手たちは、AIの出した答えを信じている。男は、AIの答えをどう皇帝に「差し出すか」に、自分の価値があると信じている。


 「おはようございます」

 形式ばった挨拶の後に続く、半歩だけの沈黙。そのわずかな間に、誰かが上座の椅子に目をやり、別の誰かが時計を確認する。

 男はその一つ一つを、特に意味のあるものとしても、まったくの無意味としても扱わない。ただ、長年見続けてきた儀式の一部として、胸の内で静かに並べていく。


 AIの分析結果は、ここにいる誰よりも速く、誰よりも正確に、この組織の現状を言い当てているのだろう。

 それでも、最後の一言を決めるのは、人のうなずき方だ。どのグラフの前で、どの数字を口にするときに、皇帝の眉がわずかに動くのか。

 男は今日も、その微かな変化を見逃さないために、この部屋の照明と空調と椅子の角度を整える。自分の役目は、最適解をつくることではない。最適解に「うなずいてもらう」ための舞台を、静かに整えることだ。


 若手の一人が、「AIの提案をベースにした新しい案があります」と、少しだけ誇らしげな声で言った。

 男はうなずき、席順を目で確認する。誰がどの順番で発言し、どこまで話したところで皇帝が入室するのが、一番「見栄えがいいか」。

 その計算を、彼はもはや計算とは呼ばない。ただ、今日も同じように一日が始まるのだと、穏やかに受け止めているだけだった。

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