第36話 一角獣の聖槍
「バーンブレイカーは執務室に直行してる。このまま進めば僕達と遭遇する」
ジーンはタブレットでバーンブレイカーのボディカメラ映像生配信を見ながら彼の侵攻を予測する。
一行は執務室を出て警報音が鳴る廊下を歩いていた。
「執務室の仕掛けとやら、あるとしたら支部長席の下か?プリズラクに掴まれた時のガリェーチの反応、席に来るのを警戒していたようでな」
(あの状況でどこにあるのか探していたのか。流石所長だ)
プリズラクはバージルの観察眼に感心する。
「ええそうよ。テーブルの下に隠しスイッチがある」
肩にヴィーちゃんを乗せたクローフィがバージルに答える。
「ロック解除にこれも私の管理者権限がいるから、ガリェーチには押せないわ」
「要求しなかったという事は、使う気はないという事か」
「そうなるわね」
「向こうは勝算あるようだ。どうするクローフィ?」
バージルと対策を練り始めた姉を前にプリズラクは後ろを振り向く。
列から少し離れて歩くテニにカティサが話しかけていた。
「クロム様、その」
「カティサ、って呼んで」
「ではカティサ様。離れてください。私にはこのように爆弾が」
「うん。触らないよう気を付ける。テニ、何をしたら爆発するか分かる?」
「いえ。起爆装置をガリェーチ様が持ってる以外は分かりません」
「様付けなくていいよあんなん」
首輪爆弾の解除方法は分からない。
だがカティサはそれでもテニのそばを離れなかった。
少しずつ口調が柔らかくなっていくテニを見て、プリズラクは話しかけるのを止めた。
一方で。
(爆弾が判明してから姉さんはテニに近寄らない。秘書なのに)
バージルと話を続ける姉の背中を眺めながらプリズラクは考える。
優しい姉だが、Adapt四柱としての冷徹さも持った姉。
身辺に危険を感じた時は、実の弟ですら距離を取る。
先頭を歩くジーンが立ち止まった。
「バーンブレイカーが三人組に囲まれている」
「……龍牙隊ね」
クローフィはタブレットを覗き込む。
「地上で俺らを追ってた奴らと同じか?ラバーソールの足音だった」
「いずれも武術シューズです。所長の見解は高確率です」
「特にこの三人は精鋭なの」
プリズラクが覗き込むと三人組はличи、чай、женьшеньと名乗りを上げている所だった。
「彼らは果たしてバーンブレイカーの前に立ちはだかる敵……なのでしょうか?」レポーターの声が流れる。
コメント欄も怒涛の勢いで流れる。
“カンフーすんのか?”
“頼む”
“リーチ=ライチ、チャーイ=茶、ジェンシェーニ=高麗人参”
“変身期待”
“ヘルハウンドみたいに倒して”
プリズラクはドキリとした。
続きを読もうとしたが、「ヘルハウンド」はもう流れ去っていた。
「何々?」
追いついたカティサがタブレットを覗き込んだその時。
「进化!」
三人は一斉に叫ぶと背を丸めた。
体が小刻みに震えだし、人ならざる者に変わっていく。
「こいつら、慣れてる……」
バージルが呟く頃には、三人の「进化」は終わっていた。
「おおっと!バーンブレイカーの前に現れた謎の三人組は怪人だった!!」
「牛と馬と、あと狐の怪人ですねー」
「三対一でこれは不利な状況です」
レポーターが絶叫し、それをスタジオで見守る解説者が説いている。
「ハハハ!見よこの体!これが人を越えし者!」
「バーンブレイカー……通さない」
「我ら龍牙隊、三才の攻撃。とくと味わうが良いわ」
三才がジリジリとバーンブレイカーに迫る。
「くっ」
バーンブレイカーの息遣いが配信される。
やがてカメラが少し斜めになり、勇ましいヒーローの声が響き渡った。
「イグニッション・ガントレット!」
炎に包まれた右腕が視界に入る。
「バーンブレイカーの武器、炎のガントレットですね」
「装着の瞬間が見えないのは残念ですねー」
解説者が状況を説明する。
「野菜だかなんだか知らんが、行くぞ!」
「三才、だ」
狐の女怪人、ジェンシェーニが躍り出た。
「早!」
バーンブレイカーは炎のガントレットで攻撃をガードする。
「うわあっ!」
ガントレットの形が崩れ、炎がバーンブレイカーのマスクに直撃する。
ジェンシェーニが扇を振っていた。立て続けにリーチの体当たり攻撃が入る。
「ぐ……」
バーンブレイカーは牛男の巨体に押し込まれながら、ガントレットの火力を一気に上げた。
「これでどうだ!!」
「ぬおっ!?」
リーチが弾け飛ぶ。
しかし体勢を立て直す間もなく扇がガントレットの炎を消した。
「炎がまとまらない……!」
背後から迫る音に気付く。
体を回転させそのまま右腕を振るった。
ガキン!
元の装備で攻撃を受け止める。
馬の怪人、チャーイが白銀の槍を構えていた。
「これは……聖槍。一角獣の、槍」
「あ……あああ!」
配信を見ていたカティサが頭を抱えてうずくまる。
タブレットを持ったままのジーンより先にプリズラクの方が動いた。
「あれは、クロムの、クロムの武器ぃ!!」
「カティサ、落ち着け」
頭を振り乱し暴れるカティサをプリズラクは押さえる。
意を決して、プリズラクはカティサを抱きしめた。
(姉さん達に見られてる)
プリズラクは仮面の下の顔を赤らめながら視線は気にしない事にした。
カティサは抱擁を拒絶しなかった。
彼女の心臓の鼓動がレフに伝わる。
「うう……ミモザぁ……」
カティサは泣きながら誰かの名前を呟いた。
「……聖槍。何故ガリェーチ側が持ってるのかしら」
プリズラクが顔を上げると、クローフィは黒い上着に手をかけていた。
「おい、クローフィ……」
バージルが怪訝な顔をする前で、彼女はそれを脱ぎ捨てる。
下から現れたのはいつもの白い服だった。
Adapt四柱クローフィの正装。
「プリズラク。いえリョーヴァ。貴方のスマホで良いなら転送装置の権限を与えるわ」
「姉さん……クローフィ、あの槍を奪うのですか?」
「そうよ。探してた私に報告も無いなんて本当に舐められたものね」
クローフィは肩をすくめる。
「あれの言う通り私は勇者クロムに頼ろうとした」
弟に抱きしめられたままのカティサに目を向けた。
「必ず奪還する。協会にも渡さない」
プリズラクはカティサの顔を覗き込む。
「その代わりしばらく貸して頂戴。聖槍の力だけ今は欲しい」
カティサはプリズラクの腕の中で小さく頷いた。
「一人でいいのか?」
バージルが尋ねる。
「大丈夫よ。見送れなくてごめんなさい」
プリズラクは立ち上がった。
「姉さん……」
「行きなさい」
クローフィは微笑んだ。
その意味を理解したプリズラクは少し考えて、返答した。
「今のレフはプリズラクであることを隠す必要がない。だから、構わないです」
「хорошо。ジーンさん手伝ってくれる?」
「は、はい」
「ヴィーちゃんを預けるわ。ヴィーちゃん、お願いね」
『了解しました』
プリズラクはジーンにスマホを渡した。
ジーンはリュックからノートパソコンを出し「レフのスマホ」と繋ぐ。
ヴィーちゃんは体の一部をケーブルに変えてノートパソコンと自身を繋いだ。
クローフィは足早に去っていった。
プリズラクはカティサを見る。
テニがしゃがんで寄り添っていた。
「警官隊が到着しました。しかしこれはどうなんでしょう」
「頑張れ!バーンブレイカー!」
重い雰囲気の中、熱いバーンブレイカー実況ボイスが流れる。
タブレットはバージルが持っていた。
「獣と超人の力……」
バージルは真剣な顔で画面を見つめていた。
三才はバーンブレイカーを前に陣形を組んでいた。
チャーイ、リーチが前衛、ジェンシェーニが後衛。
一方でバーンブレイカーの後ろには警官隊がいた。
「天を割き!」
ジェンシェーニの体が紫のオーラに包まれる。
「大地を砕き!」
リーチの体が茶色のオーラに包まれる。
「そして、人を滅ぼす」
チャーイの体が緑のオーラに包まれた。
ジェンシェーニが扇を高く掲げて振った。
三色のオーラが交わり黒いオーラとなった。
黒いオーラは火花を散らしながら三人の体を覆った。
「三才・壊滅陣!」
三本の黒い雷撃がバーンブレイカーに襲い掛かった。




