表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界社畜OL、スライムを殴り続けていたら、有名配信者の配信に映り込み、一躍有名に。  作者: 唯乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

第三話

 新宿の街を切り裂いて現れたのは、スライムのような愛嬌のある塊ではなかった。


 それは、ダンジョンの深淵から溢れ出した、異形の魔人――『深層の処刑者アビス・エグゼキューター』。


 三メートルを超える体躯は漆黒の甲冑に包まれ、手にはビルさえ一刀両断しかねない巨大な大剣を握っている。


「―気をつけろ、こいつは魔法抵抗力が異常に高いぞ!」


「くそっ、魔法が効かないなら物理で叩くしかない! 全前衛、突っ込め!」


 駆けつけたギルドの精鋭パーティが叫ぶ。


 だが、レベル100を超える重戦士が放った渾身の斧の一撃は、魔人の甲冑に火花を散らすだけで、傷一つ負わせることはできなかった。


「……バカな。俺の力は、大型トラックを跳ね返すほどなんだぞ……!」


 絶望が広がる。


 相手の基礎防御力がこちらの攻撃力を遥かに上回っている。


 魔人が大剣を振るうたびに、新宿のコンクリートがバターのように切り裂かれ、一流の冒険者たちがゴミのように吹き飛ばされていく。


 その破壊の嵐の中を。


 逆流するように歩いていく、一人の女性がいた。


「おい、逃げろ! 死にたいのか!」


 倒れ伏した冒険者が叫ぶ。


 だが、佐藤美月の耳には、その声は届いていない。

 

 彼女の視界には、ただ、目の前の「邪魔なデカい塊」だけが映っていた。

 

 今日の仕事。高木課長の罵倒。終わらない照合。


 それらのストレスを抱えたまま、彼女はいつもの「避難所」であるダンジョンに向かおうとして、この化け物に道を塞がれたのだ。


(…早くスライムを殴りたいのに)


 彼女は、事務カバンを路傍に置いた。


 そして、ポケットから取り出した、使い古されたグローブをはめる。

 

 美月は、魔人の懐へ、音もなく踏み込んだ。


「……!?」


 魔人が、初めてその赤い瞳を揺らした。


 あまりにも無防備。あまりにも、殺気がない。


 ただ、仕事を終えたOLが、スーパーのレジに並ぶような、あまりに平熱な足取り。


 美月は、右拳を引いた。

 

 彼女にとって、これはいつもの「ぷに」への予備動作に過ぎない。

 

「邪魔」


 ド、ォォォォォォォォン!!!!!


 世界が、爆ぜた。

 

 物理耐性を持たない存在に対し、物理耐性を貫く拳が直撃した結果――。

 

 衝撃波だけで、周囲のビルの窓ガラスがすべて粉砕された。


 魔人の漆黒の甲冑は、防御の役目を果たす暇さえなく崩壊。

 

 災害級の魔人の上半身が、霧のように消滅した。

 

 残された下半身が、慣性に従って二、三歩よろめき、そのまま炭のように崩れ落ちる。

 

 あとに残ったのは、アスファルトに深く刻まれた、彼女の足跡。


 そして、空気が急激に圧縮され、そして解放されたことによる、キィィィィンという鼓膜を引き裂くような静寂だけだった。


「……あ。……あぁぁ」


 生き残った冒険者たちが、言葉にならない声を上げる。

 

 彼らが全力で挑んでも傷一つ付かなかった怪物が。


 魔法を嘲笑い、物理を蹂躙した絶望が。

 

 たった一人の、どこにでもいるOLの、何の構えもない「ただの正拳突き」で、この世から消された。

 

 美月は、自分の拳を見つめた。

 

(あ……。手応え、なかった)

 

 スライムを殴った時の、あの「ぷに」という確かな抵抗。


 自分を受け止めてくれる、あの心地よい弾力。


 それが、この化け物には一切なかった。


 まるで、豆腐を、あるいは空気を殴ったかのような、あまりに空虚な感触。

 

「……やっぱり、あの子じゃないとダメだ」

 

 彼女は、期待外れだと言わんばかりに、ため息をついた。

 

 そのまま、立ち尽くす群衆や、カメラを向ける配信者たちの前を通り過ぎ、彼女は再びカバンを拾い上げる。

 

「あ、あの……!」

 

 一人の冒険者が、震える声で彼女を呼び止める。

 

「あんた、何者……?」

 

 美月は少しだけ足を止め、振り返った。


「……ただの、事務員です」

 

 彼女はそれだけ言うと、新宿の雑踏へと続く道へ消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ