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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十一.石山合戦
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石山合戦ー⑫:断たれた命――光秀の怒り

丹波平定と亀山の城

 城の者すべての命を助ける。これ以上にない条件である。秀治もここに至り、これ以上の籠城は不可能と悟ったのであろう。ついに籠城を諦め、城を出ることにした。三兄弟は光秀の乳母を人質として託し、重臣とともに安土へ赴いたのである。これで和議は成った──はずだった。


 だが、信長はこれを許さなかった。光秀が勝手に約定を交わしたことに憤り、三兄弟を安土の町はずれで磔に処してしまったのだ。


「どういうことだ……殿は、私の母を見殺しにするおつもりか!」


信長を信じ、光秀は乳母を敵陣に差し出した。もし三兄弟が殺されたとなれば、信じた自分の顔が立たぬ。そうして案の定、八上城に残る者たちは「約定を違えられた」と悟り、光秀の乳母を楼上に縛りつけ、無惨にも殺した。


 その光景を目にした光秀は、烈火のごとく怒り狂った。冷静沈着な人柄で知られたあの男が、激情のままに軍を動かしたのである。婦女子すら逃さず、城内の者は皆殺しにされた。通常なら落城後に助かるべき子供や女までもが、一人残らず斬られた。


 私がこの話を耳にしたとき、胸に重いものが落ちた。信長が敵を皆殺しにするのは、もはや珍しくもない。だが光秀は違うはずだった。それが、このときばかりは殿と同じ振る舞いをした。いや、それ以上に烈しかったかもしれぬ。


 思えば、このとき光秀の心に宿った怒りと絶望が、やがてあのような最期へと導いていったのではないか。私には、そう思えてならぬ。


 八上城が落ちたのち、丹波はついに光秀の掌中に収まった。波多野一族の滅亡はあまりに悲惨であったが、それでもこれを境に、丹波の国衆は次々と光秀に降り伏し、抵抗の余地は失われていった。もはやこの国に、信長に刃向かう力は残っておらなんだ。


 光秀はただ戦をするだけの武将ではない。丹波の土豪や農民に向き合い、検地を行い、道や堤を整え、国を治めることに心を砕いた。そうした統治ぶりにより、かつて敵であった国衆でさえ次第に心を寄せていったという。光秀が戦で荒れた土地を見回り、再建を命じる姿が目に浮かぶようでもあった。


 そして、丹波支配の拠点として築かれたのが亀山城である。天正7年(1579年)、光秀はこの城の普請を始めた。山の中腹を切り開き、要害と美観を兼ね備えた堅城であったと伝わる。今で言えば、地方に新たな拠点都市を築くようなものだろう。軍事のみならず、政治(まつりごと)の中心としても機能したのだ。


 その城下では、民が集い、町が開け、やがて丹波の国は落ち着きを取り戻した。光秀殿の治世を知る人々の中には「丹波は信長の世ではなく、光秀の世であった」と語る者すらいる。武の力で奪った土地を、政の力で治める。その才覚こそ、光秀が信長に重用された所以であろう。


 されど、私はこの頃の光秀を思うと、どうにも胸が痛む。丹波を治めながらも、心の奥底には八上城で失った“母”への悔恨が残っていたのではないか。「自らの策が伯母を死なせた」その思いは消えることなく、折に触れて胸を刺したのではなかろうか。それ以降時折見せる、光秀の陰のようなものを私は感じ取っていた。そしてその目はいつも信長に向けられていた。


しかし、これが「戦」というものだ。力なき者が踏みにじられる。いや、戦でなくとも、世はいつも強き者が弱きを押さえつける。悲しきかな、その理は変わらぬ。


 波多野一族を滅ぼした後、光秀は戦の手を休めず、領国の秩序を固めていった。丹後の宮津には、一色光信を立て、その妻に細川藤孝の娘を迎え入れさせた。これは藤孝との縁を強めるためでもある。しかも藤孝の嫡子・忠興は、光秀の娘・玉を娶っている。


 この玉こそ、のちの細川ガラシャである。政略のための婚姻ではあった。戦国では避けられぬ。けれど、あの凛とした玉が、後に悲劇の最期を迎えることを思えば、私の胸は痛んでならぬ。しかし忠興は優男でもなかったが、それなりに玉殿を大事にしておられたようではある。

お読みいただきありがとうございます。

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