美濃攻略ー⑥:「すべて私めにお任せを」――藤吉郎と小六
墨俣築城の失敗と信長の焦燥
信長はその後も幾度か美濃へ攻め入ったが、ことごとく反撃を受け、退却を余儀なくされておった。斎藤義龍の子・竜興が殊更に有能であったというよりは、竹中重治をはじめ、稲葉通朝一鉄、氏家卜全、安藤伊賀守ら、手練れの家臣たちが支えていたからに他ならぬ。
加えて、美濃の国境は木曽川・長良川・揖斐川が交差する水郷地帯で、地の利も敵に味方していた。これを攻略せんと、信長は小牧山城に居を移し、美濃への本格的侵攻に備えることにした。私も早う、父様と過ごした美濃の地を踏んでみたかったが、信長を信じて待っておった。
信長は木曽川対岸の墨俣に築城を試みるも、二度とも敵の襲撃を受けて失敗に終わった。この時、織田勘解由が討死にし、柴田権六(勝家)は撤退した。さすがの信長も悔しさに地団太を踏み、「誰か知恵を絞れる者はおらぬのか!」と嘆いたという。
この時、家臣の顔を頭で葎せて、信長の脳裏に浮かんだのは、やはり藤吉郎であった。呼び出された藤吉郎は、信長の「何か良い策はないものか、どうしても墨股に城を立てたいのだが」という問いに笑顔でこう答えた。
「全て私めにお任せ下さいますか」
その笑みに、信長はすでに策があると見て取ったようだ。登記離島の顔を見て久し振りニヤリと笑みを浮かべて一言発した。
「任せた」
「つきましては、小判五百枚と銭千貫、賜りたく」
「好きに使え。まずは小判千枚持って行け」
何としても美濃を落としたい信長は、美濃攻略のためなら金を惜しんではおる場合ではなかったのだ。藤吉郎は即座に動き、今度も蜂須賀小六を呼び出したようだ。二人がどんな会話を交わしたか、おおよその見当はつく。
「また手を貸してくれるか」
「喜んでじゃ。お主と組むのは面白い、腕が鳴るわ」
桶狭間の戦いの功績で、小六は五十貫を与えられ、すでに織田家に仕えておった。藤吉郎も同じ戦で二百貫を得て物頭へ昇進。出自によらず昇進できる信長の家に、二人は強い望みを抱いておった。もとより信長は名ばかりの阿呆な武士より、野心ある蘇民の方が好んでおったから、実力さえあれば登れると夢を描くものも少なくなかった。そしてそういう物を取り立ててやると、恩義に感じて背くことも少ない。そこが信長の狙いでもあったのであろう。
「で、今度は墨俣か」
「さすが小六、よう情勢を見ておる」
いちいち説明せずとも意を汲む。小六は、藤吉郎にとって実に頼れる相棒だった。
「また野武士の頭領に話をつけて人を集めるのか」
「まさにその通り」
「あそこは、これまで二度も失敗しとる」
「あの地は水防に慣れた者でなければすぐに築けぬ。織田家の家人では時ばかり喰って、でき上がる前にまた攻め込まれるのがオチじゃ」
「さもあろう。で、幾ら出すんじゃ?」
「小判五百枚と銭千貫を預かったから、それをそっくりおぬしに回す。信長公がさらに五百枚くれるそうじゃから、そっちはわしが貰っておく」
「おいおい、そんな正直に言わんでも」
「隠すのは得策ではない」
「確かに。あとでくすねおって、となったら信頼をなくすだけじゃからな。お主は見込みあるな、きっと天下人になれるぞ。そうなったら、わしを家来にしてくれるか?」
「おぬしが来てくれるなら百人力よ。銭もたんまり払うわ」
後に藤吉郎が、自慢気に「小六が我の家来になりたい」と申しておったと、と私に勝っておった。ま、この時は冗談交じりに笑い合った二人じゃったようだが、これが後には現実となったのであるから、案外言霊と言うのは誠にあるのかも知れんな、と思うたものじゃ。
この頃の野武士や士豪たちは、独立した小さな自治体の主で、百姓を使って田畑を耕す一方、有事には兵も出した。いわば非公式ながら、潜在的な軍事力でもあった。人数を集めれば立派な兵力になりうる。小六はこれらを自在に操っておった。
信長もこのことをよく理解していた。名もなき者の中にも才を見出し、早くから野武士や下級の士豪を家臣とし、百姓から足軽を組織していた。ゆえに「うつけ」と嘲られようと、村を巡り、人を見定めては自衛のための金を出し、彼らの力を取り込もうとしていたのだ。
それは、彼らのためでもあり、信長自身の領国を守るためでもあった。人は皆、己の生活と利を守りたくて動く。なればこそ、その労に報いて金を出してくれる伸び長はありがたい存在に思え、それが力となって返ってくる。云わば飴と鞭のようなもの。藤吉郎は、そういう信長の心づもりをよく理解しておった。
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