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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
六.美濃攻略

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美濃攻略ー⑤:婚儀の夜――高遠で芽生えた愛と安寧

胡蝶との静かな縁―雪姫の文

 婚儀はその夜、盛大に執り行われた。勝頼殿は口数こそ少なかったが、雪姫を見る目は慈愛に満ちておあり、姫はそのまなざしに救われたのじゃ。剛毅な中にも思いやりを忘れぬその人柄と、美しい顔立ちに、雪姫はすぐ心惹かれていった。間もなく雪姫は、信長の元におった頃よりもはるかに幸せを感じるようになったという。


 雪姫とは、市姫ほど親しくはなかったが、嫁ぐ前に何日か織田家に身を寄せておられてな。その折に、わたくしも何度か言葉を交わしたのじゃ。大人しゅうて、素直で可愛いお方であった。短い縁ではあったが、共にお茶など嗜んだ折のことが心に残っておる。それゆえか、嫁いだ早々にも文をいただき、胸が温かくなるのを感じたものじゃ。


〈胡蝶姉様へ

時下、いかがお過ごしにてございましょうか。美濃の春は、もう山桜の盛りにございますか。信濃の山々にも、雪の白さに淡い霞がかかり、春の気配がようやく届き始めたところにございます。

このたびは、突然にて失礼をばお許しくださいませ。


 胡蝶さまには、嫁入りの折には幾日もお時間を割いていただき、温かく接して下さりましたこと、今も胸に深く刻んでおります。拙き者にも優しきお言葉をかけてくださったこと、まことに有り難く、何度思い返しても笑みがこぼれます。


 高遠の城に入りて早や十日余り。最初は、山の険しさと人の少なさに、ふと涙がこぼれた夜もございましたが……勝頼様のお優しき御心に触れるたび、わたくしの心は和らぎ、日ごとに温もりを増してゆくのを感じております。


 初めてお目にかかったあの日、雪の残る道を寒さに震えながら登ってまいりましたわたくしを、本丸の門まで自ら迎えに来てくださったその御姿、いまだに夢のように思い出されます。


 勝頼様のお顔立ちは、凛としていながらも穏やかで、目許には諏訪御前様のご気配があり、美しきだけでなく深き慈しみをたたえておられます。あのとき、わたくしの緊張と寂しさは、一度に雪解けのようにほどけてゆきました。


 勝頼様は多くを語らぬ御方にてございますが、わたくしが慣れぬ台所の火加減に戸惑っておりました折、何も言わずとも薪を割り直してくださったり、夜更けに目覚めたわたくしをそっと見守ってくださったり――そのご所作のひとつひとつに、わたくしの心は深く揺れております。


 殿のおそばにおりますと、世の中のざわめきも、争いの影も遠くに思えてしまいます。これが「安寧」というものでありましょうか。


 胡蝶様。わたくしは、この人のためなら、どのような運命も受け入れられると、そう思っております。今、心に抱いているこの想いが、どうか末永く続きますように――そう願うばかりにございます。

 このような幸せな日々を頂く事が出来、嬉しさのあまり、ついつい長文になってしまい失礼いたしました。


 どうか胡蝶姉様も、お身体にはくれぐれもご自愛くださりませ。また折りを見て、お手紙差し上げとう存じます。

永禄八年 冬 信濃・高遠にて    雪   かしこ〉


その後も度々文を寄越してくれた。その度に溢れんばかりの勝頼殿への思慕がにじむ筆跡に、私はいつも心和ませてもろうたものである。市姫も雪姫も、ほんに良い縁に恵まれたものじゃと私まで嬉しくなった。


 そして翌年には懐妊の知らせ。勝頼殿の子を宿したことを、雪姫は心から喜んでおられた。

人質や政略のための婚儀とはいえ、こうして心を通わせられる夫婦もあるのだと思うと、羨ましくもなる。私と信長も、仲が悪いわけではなかった。否、他人の目には仲睦まじゅう映っておったかも知れぬ。確かに、お互いに信頼も置いてはおった。なれど――。


 永禄10年(1567年)の秋、雪姫は竹王丸信勝を産んだ。けれど産後の肥立ちが悪く、子を産んでから3月も経たぬうちに息を引き取ってしもうた。元より虚弱な体質であったのが祟ったのだ。勝頼はこの死をいたく嘆かれ、「この先、生涯の妻は娶らぬ」とまで口にされたそうじゃ。


しかし婚姻とは政事の手段、家を継がせるためにも避けては通れぬ道。数年後には北条氏政の妹君を正室に迎えることを余儀なくされるとなった。


私も、雪姫が亡くなったとの知らせを受けた時は、胸が張り裂けるような深い悲しみに襲われた。はかなげな姫で、心配はしておったが、幸せな様子を綴った文を貰うたびに安心しておったののに……悪い予感ほど当たるものだと、つくづく思い知った。


 雪姫の死によって、信長は武田との姻戚関係を失った。そこで二年後、信長は長男・奇妙丸――のちの信忠(当時十歳)に、信玄の六女・菊姫(七歳)を娶らせるという約束を交わした。されど、この婚約は実を結ぶことはなかった。

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