刺客ー⑥:山の灯に癒えゆく身――消えぬ影と次なる道
案じる者ー疑念を抱くもの
問いかけても、答えは返らぬ。ただ囲炉裏の火が、静かに爆ぜる音だけが響く。
「もう少し休みな。体が戻らにゃ動けんだろう」
女はそう言って、粗末ながらも清潔な布を掛け直した。私は目を閉じる。
(蘭丸……生きておれ)
祈るなど、私らしくもない。だが今は、それ以外にできることがない。山の静寂の中、私は再び、意識を深く沈めていった。
夫婦の子は、男の子が七つ、女の子が四つ。仲のよい家族で、子らもまた気立てがよい。男の子は太助といい、女の子は千代という。太助は私の枕元に獣皮をそっと置き、「寒くないか」と小さな声で気遣う。千代は私の指を握りしめ、「おばちゃん、もう痛くない?」と幾度も尋ねてくる。その素直な情に触れるたび、外の世の荒みを忘れそうになる。
時が違えば、私と信長もこのように、ただ日々を繋ぐだけの暮らしを得られたであろうかと、ふと考える。彼が最期に残した「農の民として生きたい」などという、似つかわしからぬ言葉を思い出すたび、胸の奥に小さな痛みが残る。あの時、共に見た稲穂の光景は、今もなお消えぬまま、私の内にある。
それから十日あまりが過ぎ、私はようやく身を起こせるまでに回復した。夜更け、皆が寝静まった後、囲炉裏の残り火を前にひとり座す。赤く燻る炭が、時折ぱちりと音を立てる。その静けさの中で、谷へ落ちていく蘭丸の姿が、幾度も脳裏に蘇る。
あの時、私を庇わねば、あの若さで命を賭すこともなかったであろうに。否、まだ死んだと決まったわけではない。亡骸も見てはおらぬ。
(どうか生きておれ。どこかで必ず、生き延びておれ)
祈ることしかできぬ己の無力を、今さらながら思い知る。だが、祈りだけで命が繋がらぬことも、私は知っている。まずは私が生きねばならぬ。生き延びてこそ、蘭丸の行方も辿れる。
この猟師の家族は、湯を沸かし、薬草を煎じ、食を分け与え、手厚く世話をしてくれるが、何も問わぬ。名も、行き先も、過去も。私が商家の者にしては妙であることに、気づいておらぬはずはない。それでも問わぬ。
その沈黙は、詮索よりも深い情であった。人は時に、知らぬことで相手を守る。武家には少ない理であるが、ここには確かに息づいている。とはいえ、いつまでも厄介になるわけにはいかぬ。歩けるほどに戻れば、すぐにでもここを発たねばならぬ。だが、どこへ向かうべきか。
当初の通り、右近のもとへ向かうべきか。あの男ならば、今の世の流れを静かに見極めておるであろう。何より、蘭丸が生きておるならば、私と同じく右近を頼る可能性がある。元々目指していたのだから、そこに行けば落ち合えると考えるのは自然なことであろう。もし来なければ――その時は、その時で考えればよい。
それよりも、気にかかるは刺客の正体である。あれは山賊の類ではない。動きに無駄がなく、狙いも定まっておった。私の素性を知った上での襲撃と見るのが自然であろう。ならば、私の生存を知る者の中に、敵がいる。これまでに会うた者たちの中であろうか。
誰もが、私の無事を喜んでいるように見えた。だが、それが全てとは限らぬ。戦の世とは、そういうものだ。忠を誓った者であっても、情勢が変われば刃を向ける。守るものがあるほど、その決断は早い。
ここまで動けば、否応なく私の生存も人の目に触れているであろう。
どこで誰に見られていたか分からぬ。人の口に戸は立てられぬ。玄以のもとを訪ねた時点で、秀吉のみならず、他の者にも伝わっておる可能性は高い。さりとてその中に、私を殺めたいと思うほどの者がおるであろうか。今の私がそれほど脅威になるとも思えぬ。なれど用心深い物からしたらやはり断っておきたい存在であるか……。
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