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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十七.策略と信義

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208/212

刺客ー②:襲撃――途絶えぬ影

影、迫る―峠にて

「玄以の庵を出てから、か」

「ええ。京に入ってからは、疑いようもございませぬ」


誰の手の者かは定かではない。秀吉か、あるいは別の誰かか。明智の残党。それは考えにくい。今さら私を討ったところで、得るものは何もない。何より、それほどの忠臣が明智の中にいたとも思えぬ。忠を尽くした老臣たちはすでに死んでいる。だから光秀はあのような最期を迎えることになったのであるから。


「秀吉殿の手の者でしょうか。お方様が美弥様を訪ねられたこと、そしてその御子らの存在……それらが表に出れば、あの方の目論見に影を落とすやもしれませぬ」

「あり得ような。あの者にとって、私は邪魔な存在であろう。しかも、世には既に死んだことになっておる身……闇に葬るには都合がよい」

「しかし、これまでお会いになった諸将がおります。お方様が刺客に襲われたなどと知れば、黙ってはおりますまい」

「さてな……。あの者らとて、それぞれに背負うものがある。私を守ることが、己の災いとなるやもしれぬと考えれば、口を閉ざすこともあろう」


敵は一つとは限らぬ。織田の名を消し去りたい者、あるいは利用したい者。いずれにせよ、まだ見極めはつかぬ。やがて峠道へ入る。左右は切り立ち、木々が空を覆い隠す。人の気配は途絶え、逃げ場もない。こうした地こそ、仕掛けるには最も適している。


「来るなら、ここじゃ」


私が低く呟いた、その時であった。風を裂く音。続いて、地を蹴る足音が幾つも重なる。気配が一斉に近づいてきた。蘭丸はすでに半歩前に出て、私を背にかばう位置へと身を置いている。手は腰の刀へとかかり、いつでも抜ける構えであった。


「山賊、ではありませぬな」

「で、あろうな」


山賊にしては動きに無駄がない。息も乱れず、気配も揃っている。統制の取れた動き。すなわち、訓練を受けた者どもである。闇の中から、黒衣の人影が一つ、ぬっと前へ進み出た。その後ろにも、同じ気配が幾つも潜んでいる。


「お方様!」


蘭丸が素早く刀を抜き、前へ出る。三方より黒装束が躍り出た。四……いや、五。顔は覆われ、声も発せぬ。問答無用、ただ斬るのみという構えである。


 一人が蘭丸へ斬りかかる。鋼が打ち合う音が峠に響いた。蘭丸は半歩も退かず、刃を受け流し、すぐさま間合いを詰める。その動きには、森の家に伝わる実戦の型があった。若き身ながら、すでに一廉(ひとかど)の兵である。


 私は袖の内より小刀を抜いた。本来ならば脇差を帯びて出るべきであった。父・道三にも、そして信長にも認められたこの腕、試すにはよき機であったものを――などと思うている場合ではない。油断は禁物。これまで襲い来る者がなかったことで、警戒が緩んでいたことは否めぬ。刃は短い。されど間合いは心得ている。一人が私を狙い、間合いを詰めてくる。


――遅い。


この者ども、私が何者かを知らぬのか。それとも、知った上で侮っておるのか。女と見て、気を抜いておるのは明らかであった。相手が上段に刀を振りかぶる、その刹那に踏み込む。手首を払うと刃は空を切る。その隙に懐へ入り、小刀を脇腹へと突き立てた。鈍い呻き、血の匂いが立ち上る。


されど、減らぬ。


倒しても、また現れる。どこに潜んでいたのか、後から後から湧き出るように現れる。その動きには躊躇いがない。まるで命を惜しまぬ捨て身。統制された死兵のようであった。たかが女と小姓に、これほどの手勢を差し向けるとは。よほど確実に仕留めよとの命ぜられているのか……。

お読みいただきありがとうございます。

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