前田玄以ー④:静寂の後に動くもの――世を巡る思惑
幼き命ー語られぬ真実
その沈黙を裂くように、中庭から子らの笑い声が響いてきた。高く、澄んだ声。戦を知らぬ者だけが持つ、あの明るさである。だが、その笑いはどこか一瞬途切れ、また弾ける。無邪気の中に、言葉にならぬ不安が潜んでいるようにも思えた。
「子供というのは、元気なものです。何かが起こったことは察しているようですが……何も聞いてはきません」
「子らは、信忠の死を知っておるのか?」
「いいえ。私の口からは、まだ話しておりません。ここは都の喧騒から離れておりますゆえ、人の噂も流れては参りませぬ」
そう言って、美弥は言葉を切り、視線を落とした。不穏な空気を悟ってはいても問わない。それが武家の、否、大名である君主の子であるが故の性。幼くともそれを察してしまうは聡くもあるが,哀しくも感じてしまう。
「……本能寺の知らせを受けた折、私は子らを連れ、城を離れました。追手もかかり、比叡の山へ逃げ込み、野山に身を隠し……山小屋にて息を潜めておりました。その折、玄以殿に救い出されたのです」
想像するだに余りある。見つかれば、子もろとも命はない。幼子を抱えて山中を彷徨う恐れはいかばかりであったであろう。
「ほんの数日のことではございましたが……あの時の数日は、果てしなく長く感じられました。子らに笑顔が戻ったのは、つい十日ほど前からにございます」
美弥は、静かに言葉を重ねる。
「千代は、もう七つになります。人の死というものも、分かっております。すぐ戻ると申しておられた父が戻らぬこと、あのような形で城を離れねばならなかった意味も……おそらく、悟っておることでしょう」
「……さようか」
「ただ、しず殿のお気持ちを思うと……」
美弥は視線を落とした。
「行方が知れぬそうじゃの……」
「はい、しず殿は織田の世継ぎは竹丸にと、おっしゃっていました。なのに私は、我が子を守るために、三法師様を……」
「そなたの子はその手中にあり、しずの子はその手を離れ、秀吉の手に落ちた。それもまた、定めであろう。そなたが気を病んでも詮なきことよ」
「されど……」
「今は、お子達が無事である、そのことだけを幸いといたそう」
「はい……しず殿もご無事であればよろしいのですが」
「そうじゃの……」
三法師(織田秀信)が一人で保護されたということは、母の手を離れたということに他ならぬ。三つの幼子が、自ら母の手を放すはずもない。そこには、やむを得ぬ何かがあったのであろう。守るために、あえて手を離したのか。
無事である可能性は低い。考えは尽きぬが、いずれにせよ、その時の有様は想像に難くない。美弥もまた、同じ思いを胸に抱いているのであろう。しばしの沈黙ののち、美弥は顔を上げ、沈んだ気を振り払うかのように口を開いた。
「義母上様、どうか……千代と竹丸に、会ってやってくださいませ。義母上様がお越しになると聞いて、とても嬉しそうにしておりましたゆえ」
「無論じゃ。私も、あの子らに会うのを楽しみに、ここまで参ったのだからな」
「ありがとうございます。すぐに呼んで参ります」
ほどなくして、美弥は千代と竹丸を連れて戻ってきた。以前会うた折より、やや面差しは細くなっておるが、その分、どこか大人びて見える。短き間に、あまりにも多くのものを背負うたのであろう。
「千代、竹丸……」
「……おばば様?」
「そうじゃ。さあ、こちらへ参れ」
私が手を差し伸べると、二人はためらいもなく飛び込んできた。
「おばば様!」
その声に、胸の奥が強く揺れる。私は子らの背に手を回し、その温もりを確かめる。この腕の中にある命が、確かに今ここにある。そう感じて、ようやく息をつくことができた。
「よう……よう生きておられた」
「おばば様……父上は……父上は、いつ戻られるのですか?」
竹丸が、恐る恐る問いかけてくる。千代は、不安を押し隠すような面持ちで、私と竹丸を交互に見ている。その瞳は、すでに何かを悟りながらも、なお答えを求めているようであった。
私は、静かに首を振る。
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