第十五話 地位のある方にはそれ相応の態度を取りましょう
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
拳が空を切れば上腕から汗の飛沫が宙へと舞い美しい奇跡を描き、二つの足が堅牢な大地を捉えると魂が揺さぶられる武の音が鳴り、戦士達の叫びが否応なしに闘志の炎の熱量を上昇させてしまう。
国王親衛隊が普段使用する訓練場はたった一人の部外者を招き入れただけなのに興奮の坩堝と化してしまい、戦士達は目の前に立ち塞がった巨大な壁へと向かって只々愚直に今日これまで培って来た技と力を惜しげもなく放ち続けていた。
「ハァッ!!」
一人の隊員が素晴らしい右の正拳突きを一人の男へと放つ。
人体の急所へと真っ直ぐに向かって行く攻撃は傍から見ても合格点を叩き出す威力と正確さを持っているのだが。
「うん!! 素晴らしい攻撃ですね!!」
私達の前に立ち塞がった壁はそれをいとも簡単に回避。
「一切の無駄を省いた攻撃ですが相手が武を嗜んでいた場合、急所への攻撃は確実に塞がれてしまいます。いきなり急所へと向かって攻撃を放つのでは無く。その前に一つや二つ、捨て攻撃じゃあありませんけど囮となる攻撃を放つのも効果的ですよ??」
「うっ!?」
相手の防御が完成する前に隊員の顎下に拳を置き、今の攻防の反省点を端的に述べた。
「「「「おおぉぉ…………」」」」
私達が瞬き一つしている間に相手の懐へと入り攻撃態勢へと移行して相手を倒す為……、いいや。撲殺する為の攻撃を用いる。
今の動きを目の前でやられたら私でも彼の攻撃を躱し切れる自信は無い。遠目だからこそ彼の攻撃を辛うじて見切る事が出来たのだから……。
合同訓練の時に他の特殊作戦課の隊員達の御手前を拝見させて頂いたが、その中でも彼は飛び抜けた力を持っていた。
強豪犇めくパルチザン内部でも選りすぐりの猛者が集まる特殊作戦課。
常識の枠内に収まらぬ力を持つ者達でも彼には敵わないのだ。
全く……、末恐ろしい力だよ。時の権力者達が喉から手が出る程に彼を欲しがる理由が改めて理解出来てしまった瞬間であった。
「ふぅ――!! いやぁ!! 奴は強いな!!」
副隊長が満面の笑みを浮かべて額に浮かぶ汗を拭う。
その顔は打ちのめされて絶望の淵に立たされているかと思いきや充実感に満たされていた。
「そうだろう?? 態々パルチザンの合同訓練にまで足を伸ばした甲斐があるものさ」
戦いの労を労う様にまだまだ闘志冷めぬ彼の肩を軽快に叩いてやる。
「イシュランの素早さも通じず俺の力も通じない。ならば技なら、と。各隊員が練り上げた技を披露するものの……」
「その技は彼の服ですら掠る事は叶わなかった。此処から見ていてもあの力はちょっと異常だと痛感したよ」
呆れにも憧れにも似た溜息を吐いて今も気を吐く彼の姿を見つめる。
「組手の途中で四つに組んだ場面があっただろ?? あの時の感想を聞かせてくれ」
己の体格を駆使してレイド君を強制的に組み伏せようとした場面をふと思い出す。
「体格差を利用して投げようとしてやったんだがな?? あれは駄目だ。足の裏からこの星の根元に向かって巨大な根っこが生えていたぞ」
ほぉ、あの時の驚いた顔は彼の土台の大きさを感じたからなのか。
私達の様に、武に携わる者達は何気無い握手や組んだ時に相手の力量をある程度察知する事が出来る。
国王親衛隊の中でも頭一つ、二つ抜けた剛力を持つ副隊長の口から無理だという言葉を引き出した彼は一体どれだけの鍛錬を積み上げて来たのだろう??
きっと俺達が想像出来ない程の苛烈を極めたに違いない。
あの日は入隊の誘いを諦めたが……、私も女々しいのだな。
国王親衛隊第一隊の面々をたった一人で相手にし続けている彼の勇姿を捉えてしまうと今一度彼を迎えるべきだという欲が湧いて来てしまった。
「私達が想像出来ない質と量の訓練を行って来た。それがあの体に宿っている。以前、彼に入隊は断られてしまったけど改めて入隊の是非を問うてみようか」
「隊長だけでは心許ない!! 俺からも親衛隊長官に進言してみよう!!」
「ははっ、何時になく積極的じゃないか」
「俺は強い奴が好きだからな!! それと何より、力で張り合う事の出来る人物が欲しいのだ!!」
副隊長の馬鹿力に対抗出来るのは隊内では見当たらないからな。
漸く出来た遊び相手に対して羨望の眼差しを向けている彼の視線を追い、そして私もまた彼と似た様な瞳の色を浮かべて美しい汗を流し続ける彼のとても大きな背を見つめていた。
◇
ほんの少しの疲労が籠った息を吐いて呼吸を整えると額の汗を右手の甲で素早く拭い、広い訓練場に他漂う空気を取り込んで体の芯に僅かに灯る闘志の炎を鎮火させる。
空気の循環で炎は勢いを弱めるかと思いきや、それだけでは炎の勢いは衰える事無く今も静かに燻ぶり続けている。
それを誤魔化す様にして軽い屈伸運動を続けていると地面に近い位置から男性隊員の声が鼓膜を静かに刺激した。
「ぜぇっ……。ぜぇっ……。あれだけ動いたのにまだそんな元気が残っているのですか??」
「え?? えぇ、まだまだ動ける余裕はありますけど……」
息も絶え絶えの彼に対して屈伸運動を停止させていつも通りの口調でそう話す。
訓練場に居た国王親衛隊の方々と一通りの組手を終えそれでも動き足りない、若しくは己の武を試したい勇猛果敢な方々と拳を交え。更にそれから何度もお代わりを所望する方と共に汗を流した。
こう言っては失礼ですが、俺がいつも相手にしている人達と国王親衛隊の方々の間には途轍もない実力差がある。
彼女達と組手を交わす際はすぐそこに物凄く大きな鎌を持った死神さんがじぃぃっと俺の様子を窺い続けているが国王親衛隊の方々との組手ではその彼?? 彼女?? は大きな欠伸を放ちつつゆったりとした大きな椅子に腰かけてのんびりとお茶を飲んでいた。
この運動量の差を数値化するとしたら……、そうだな。今行った運動はマイ達一人の組手の運動量にも満たないって所だな。
「は、はは……。流石ですね。その様子を見て隊長から聞いた話は真実であると確信しましたよ」
あの人は軍事機密を他者へ易々と漏らす御方なのだろうか??
国家機密にも該当するかも知れない情報を人に伝えるのは重罪なんですよ??
手の甲に付着した汗と砂を軽く払い件の人物へ視線を送ると。
「ふふっ、やはり私の考えは間違っていなかった!!」
自分の部下が息も絶え絶えに座る様を見て満足気な表情を浮かべていた。
ヘインズ隊長は満足かも知れませんけど自分としてはそろそろ退出したいと願っているのです。
組手のお代わりを所望する人達が現れる様子もありませんし、もう間も無く夕方に差し掛かる時刻なので帰りましょうかね。
「あのヘインズ隊長。自分はそろそろ此処から退出しようと考えて……」
「……」
彼に数歩歩み寄ると後方の扉が重低音を奏でて遅々とした動きで大きな口を開き、そこから一人の大人の女性と齢六つか七つだろうか?? 戦士だけが汗を流すこの場に酷く浮いた幼女が姿を現した。
彼女達は一体誰だろう??
此処に居るって事はそれなりの位に就く人物である事は容易く理解出来ますけど……。
唐突に現れた二名の女性に対してその反応に困っていると。
「「「「ッ!!!!」」」」
国王親衛隊の方々が一斉に地面に片膝を着いて彼女達を迎えた。
えっ?? 急にどうしたんですか??
『ちょっ!! レイドさん!! 早く片膝を着いて!!』
「わっ!!」
俺の様子を捉えて血の気の引いた顔を浮かべているイシュランさんが右腕を手に取り、慌てた様子で皆と同じ態勢を強制的に取らせた。
「本日もお疲れ様です。どうですか?? 今日の訓練は」
おっとりとした様子の大人の女性がヘインズ隊長に問う。
「はっ、本日はあの者のお陰で大変有意義な指導となりました」
「あの者ぉ?? あぁ――、どうも初めまして。私は第三王妃、マローナ=アルローテと申します」
ぶはっ!!!! だ、だ、だから皆頭を垂れて迎えたのね!!
「も、申し訳ありません!! 不躾な態度を取ってしまって!! 私の名はレイド=ヘンリクセンと申します!! パルチザン独立遊軍補給部隊所属であり階級は曹長であります!!」
地面の細かな砂に視線を落としつつ覇気ある声で己の身分を明かした。
「レイド=ヘンリクセン……。んぅ――……、何処かで聞いた様な??」
「失礼します。実は……」
ヘインズ隊長が静かに立ち上がるとアルローテ第三王妃様に耳打ちをする。
「――――。と、言う訳でありまして。本日は部外者である彼を此処に招き先程まで訓練に臨んでいたのです」
「まぁっ!! それはそれは……。うふふっ、だから有意義だと仰ったのですね」
「その効用は恐らく訓練数日分……、いえ。十日以上の効用があったかと思われます」
「有難う御座いますね?? 私達の為に汗を流してくれて」
「は、はっ!! 恐縮であります!!」
アルローテ第三王妃様の姿を直接見るのではなく、地面に映された影を見つめつつ声を出す。
何で超お偉いさんがこんな汗臭い場所に足を運ぶのですかね?? 甚だ疑問が残るばかりであります!!
嫌に冷たい汗が全身から吹き出し、一刻も早くこの場から立ち去れという心の声が頭の中に乱反射する。
その声に従い脱兎も思わず口をポカンと開けてしまう速さで逃げ出せれば御の字なのですが第三王妃様は隊長殿と世間話の延長を交わしていますし、どうしたものか……。
広い庭で静かに佇む彫刻の様に一切の動きを封じて只々地面と睨めっこをしていると視界の端に先程見かけた幼女の爪先がニュっと現れた。
「これ、おもてを上げよ」
はい?? それは俺に対しての御言葉ですか??
「えっと……。自分に対しての御言葉でしょうか」
おずおずと、そして粛々と。
常軌を逸した緊張によって物凄く動きが鈍った舌を懸命に動かして声の主に問う。
「何度も言わせるな」
「はっ、失礼します……」
幼女の声に従い面を上げるとそこには将来確実に男達が溜息を漏らしてしまうであろう美人に成長すると確信出来る女児が立っていた。
水色を基調とした清楚な服を身に纏いその上にはまだまだ幼さが残る御顔が乗っている。
訓練場に漂う風が彼女の金色の髪の揺らすと女児は前髪を静かに直し、大きな丸い橙の瞳で俺を見下ろした。
「ふぅむ……。きたえ抜かれた足の筋力、体全体にまとう圧、そして曇り無き目。ヘインズ!! もしかしてこやつが例のもさの一人なのか!!」
少し離れた位置に居る隊長殿に向かって女児が叫ぶ。
「仰る通りで御座います」
「ほぅ!! やはりそうか!! あはは!! 今日はついているぞ!!」
はい?? 急に笑い出してどうしたのですか??
「レイドと申したな?? 私はあそこでヘインズと下らない世間話をしている国王親衛隊長官である第三王妃の子。王位継承第五位のラトヴィリア=アルローテだ」
ラトヴィリア様が陽性な笑い声を小さな体の中に仕舞うと俺の目を見下ろして名を告げた。
「ちなみに歳は今年で七つになる」
齢六つのお子様に対しては達観した口調で御座いますねと申したら首が物理的に撥ね飛びますので此処は一つ、大人の女性に対する態度で言葉を交わしましょう。
「はっ、先程も申した通り私はヘインズ隊長に招かれて此処で汗を流していました。しかし、王宮内に部外者を招く行為は罪であると理解しています。此度の失態は隊長では無く自分に非があると考えられるので罰するのであればヘインズ隊長では無く自分を罰して下さい」
「わはは!! よいよい!! 細かい事は気にするな!!」
ラトヴィリア様は気にするなと仰いますが俺としては多大に気にしているのです。
この場所でのほんの少しの粗相は街中での重罪に該当するのだから。
「ヘインズ!! この者を暫くの間借りても良いか!?」
へっ!? 急に変な方向に話題を持って行かないで下さい!!
自分としてはこれ以上の狼藉を働いて罪を重ねるよりも早く帰りたいと考えているのです!!
「構いませんよ。ですが流石に王宮内を部外者が歩き回るのは流石に良く無いので私と……、そうだな。イシュランの両名が御二人の警護に就きます。イシュラン、訓練着を脱いで隊服に着替えるぞ」
「はっ!! 分かりました!!」
いやいや、隊長殿。
今御自分で王宮内を部外者が歩いたら不味いと仰いましたよね?? 例え警護の者が付いていたとしても他の方が自分達の姿を捉えたらきっと心象悪くしてしまいますよ。
「直ぐに着替えて戻って来る。レイド君はそれまでラトヴィリア様の相手を務めてくれ」
「むふふぅ!! 聞いたか!! レイド!! お前は今日これから私の馬となるのだ!! 主人の命令には絶対服従だぞ!!」
「は、はぁ……。仰せのままに」
新しい玩具を見付けてしまったお子様の様な煌びやかに光る瞳で此方を見下ろす姿にもう既に嫌な予感しかしない。
この女児の機嫌を損ねたら俺の首処かパルチザン全体に深い影響を及ぼす蓋然性がある。これから始まる大事の為にも俺は彼女の命令に絶対服従しなければならない義務が当然発生する訳だ。
よもや……、彼等と共に汗を流しに来たら超お偉いさんの馬役を仰せつかるとは一体誰が考えようか。
可能であれば今直ぐにでも踵を返して庶民達が跋扈する街中へと逃げ出したい。しかし、そんな事をすれば自分の身に処分という名の罰が降りかかって来るのは自明の理。
大変歯痒い思いを抱きつつ、ラトヴィリア様の頭上に浮かぶ雲を見上げていると。
『お疲れっ。軽い事故だと思って諦めるんだな』
あの青空に浮かび漂う千切れ雲は地面に跪く俺に対して軽い笑みを浮かべつつそう言い放つと無限に広がる自由を求めて空の果てへと向って行った。
お疲れ様でした。
ゴールデンウィークは楽しめましたか?? 私の場合はそうですね……。好みのZIPPOを購入して、それから自分好みにカスタマイズ出来たのである程度満足しております。
食に関しては美味しいラーメン屋さんを探し回っていたのですが……、中々良いお店が見付からなかったですね。もうちょっと濃い目の味のお店を探していたんですけどねぇ。まぁ次こそは探し当てて見せます!!
そしてブックマークをして頂き有難う御座いました!! これからも読者様の期待に応えられる様に連載を続けて行こうと考えております!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




