堕落編 14話 アイファズフトの繭2
そのまま出て行こうとする衿華ちゃんに私は必死で呼び止める。
「ねぇ……! 一体何をする気なの⁉︎ ねぇ! 待ってよ!」
そうすると、衿華ちゃんは私を振り返り笑顔で語りかける。
「きっと良くなるよ! 紅葉ちゃんを苦しみの怨嗟から救ってみせるから。大丈夫、大丈夫……!」
私にはその言葉を放つ彼女の表情が引き攣って見えた。そして、遂には私の掴もうとした手を振り払って、衿華ちゃんはこの繭から出たのだった。
「……行っちゃった」
私は身体から力が抜けてペタリとそこに座り込む。
「どうしよう……瑠璃くんは今私のせいで特異能力は使えない。このままじゃ衿華ちゃんに……。それに衿華ちゃんには昔みたいに分からなくても、寄り添ってあげるべきだったのかな……?」
衿華ちゃんがこの場から居なくなったからか、ようやく私は冷静に状況を理解出来るようになり始めた。
まず、裏切り者がふみふみだった事。あの子は最初からずっとスパイだった。でも、私に申し訳なさそうにこの事を行っていた。何故だ。
そして、二つ目は衿華ちゃんが生きていた事。彼女が裏切ったかどうかはこの際どうでも良いとして、感情生命体となり混乱しながらも、私の為と言いながらおそらく、瑠璃くんを殺す気なのだろう。それは止めなくちゃいけない。
出来るなら、衿華ちゃんにも瑠璃くんにも謝らなきゃいけない。私の我儘でこうなったのなら……私が力尽くでも止めなくちゃ。
最後に樹教の狙いは朝柊ちゃんと私……。
私のことは私でなんとかするが、朝柊ちゃんを守れるのはおそらく……黄依ちゃんか薔薇ちゃん……か?
「いや……『衝動』で行動不能? ……違う! ふみふみはそんな二の矢三の矢だけで私達を追い詰めない。……不味い、二人とも樹教に接触している人間だ……!」
『蒲公英』の時の干渉はこの時の為か。あの時二人に植え付けられていた人の思考に影響を与える寄生虫。アレは放置するのも危険だし取ったが、あのふみふみがそれだけの手でここまでの行動を起こすとは思えない。
『蒲公英』……
衿華ちゃんの生存……
この二つの関係性はどちらも同質の能力。
もし、あの時黄依ちゃんと薔薇ちゃんが発症した『蒲公英病』は完治したわけじゃなくて、衿華ちゃんによって変質されたもの。症状が出てなかったから、薬を処方しなかったのが仇になった⁉︎ そして『衝動』によって再始動するものなら黄依ちゃん達は樹教の手の中……?
その『衝動』で他幹部も無力化、もしくは行動が可能でも『収集家』戦で消耗している。
もしかして、この状況を把握してるのは私だけ?
把握していることだけでも考える事が多すぎる、それに私も消耗している。
祖父も連絡は付かない。機関には泉沢さんがいるだろうけど、そこを手薄にしたら在籍している萵苣ちゃんを含めた未来ある特異能力者達を守る人間が居なくなる。
「……詰んだ?」
「馬鹿がよぉ! やりもしねーで詰んだとか言うんじゃねーよ!」
青年の罵声と共に聴こえた銃声は私を閉じ込めていた繭に風穴を開ける。
「状況は完全にあっち側だなぁ! オイ! 頼りのクソジジイも『蒲公英病』の件で引き篭もりになったしィ! やってられるかこんな尻拭い、そう思うよなぁ⁉︎」
穴が徐々に広がっていき、繭が崩れていく。ひらひらと揺れる白衣がこの時だけは物凄く頼りに見えた。
「青磁先生⁉︎ ……まさか力動を⁉︎」
「違うわボケェ! コレが俺様の特異能力、『真の存在』だよォ!」
「ハァ⁉︎」
私は座ったまま彼を見上げる。彼はただの拳銃で感情生命体が生み出したものをぶち壊したのだった。
「力押しだ馬鹿ァ! 銃弾の貫通力……その認識だけを拡大解釈した。蕗の作り出した糸は一旦崩れれば脆くなる。まるでヤツの心を言い表してるようなもんだが、どんな奴にもどんな状況にも脆い部分はある。まっ、流石に止まってるもの打つ事くらい俺様にも出来るって事だ。肩は外れたけどな!」
「……全く。先生って人は」
彼が手を差し出す。私はその手を取り立ち上がった後、『痛覚支配』を周囲に索敵されない範囲で使い彼の肩を戻す。
すぐに手を離し、ポケットの中のハンカチを取り出して手を拭く。同様に同じタイミングで青磁先生も自分の白衣で手を拭ったのだった。
そして、互いに嗤い合い互いにどつく。
「ははは!」
「ハハハ! 分かってるじゃねえか! 感想戦は全部片付けた後だ。瑠璃の事は心配するな。スランプは脱した。自分でなんとかできる。俺様はそうだな……! 逃げて隠れる! これ以上できる事がねぇ! 心臓バクバクでドパミンドパドパだぜぇ!」
「ふざけんな! 人任せじゃん! でもお前は闘うな!」
「状況分かってるみたいじゃねーか! んじゃ後はよろしく頼むなぁ⁉︎」
彼は変顔でそういうとスタコラと何処かへ逃げていった。
「しゃあない。やるかぁ……!」
私はそう独り言を叫んだ後、私はポケットからリボンを出して髪を結びながらボソリと呟く。
「『同調』──二人とも、こんな私をいつも支えてくれてありがとう」




