堕落編 11話 晩秋の侯2
私は自分でも理解はできなかったが瞬時に判断して、ベッドの宮に置いてあった特異兵仗のバタフライナイフを掴み、開き、引っ張られていた左腕の二の腕の真ん中辺りで切断した。
「グ……ぁあああアアァァァァ!」
あまりにもの痛みで思考が鈍り、叫び声が部屋に木霊する。
だが、私はこんな事能力無しに一瞬で判断できる人間じゃない。それに少しは躊躇う、なのにこんな事……
『まるで『収集家』みたいに……』
切断した腕を『僻遠斬撃』で触れずに誰も居ないところに飛ばす。瞬間、腕が爆発して薔薇の部屋は崩壊、床は崩れて私達は一階へと落ちていく。
痛みが増していくほど辛いはずなのに、頭は冴えていき、身体は高揚する。明らかに可笑しいが、今はそこに言及している余裕はない。
防御術による受け身で、即私は立ち上がり周りを見る。この寮に他に誰か居たか、誰か協力者を。出来ればこの腕の欠損を治せる瑠璃……若しくは、痛みだけでも取る為に紅葉か……
煙が待って周りがよく見えないなら、力動で索敵を……。
「イッテテ……なんで急に爆発が……」
「……!」
煙の奥から聴こえてきたのはおそらく朝柊の声だろう。他の人は気配すら感じない。紅葉はまだ病院の方か。瑠璃と翠はそれに付きっきりか?
「そういえば朝柊さんも居ましたわね。目的を二つも達成できそうで良かったですわ」
薔薇の声が聴こえた瞬間、小爆発が部屋で起こり煙が吹き飛ばされ視界が直ぐに晴れた。
「……黄依さんと薔薇さん⁉︎ 一体何が起きたんすか!」
朝柊も此方に気付き、私の負傷と爆発が起きたという状況を鑑みて彼女はすぐに私の方へ来た。
「ハァ……ハァ……うっ……グ、、、。薔薇が洗脳された……。さっき、『衝動』が来たでしょ……? それを合図に、薔薇が……」
「黄依さん⁉︎ 腕が!」
「朝柊……アンタは早くここから逃げて瑠璃を連れて来なさい! 時間は私が稼ぐ!」
私の指示の意図がすぐ理解できた彼女はすぐに出口の方に駆け出す。それを止めようと薔薇は動こうとするがその移動先に私は『僻遠斬撃』を放つ素振り、バタフライナイフの刃先を薔薇の方に回した。
勿論、朝柊が巻き込まれる危険性もある。それに私としては薔薇を殺すのは駄目。だから能力は解除してただのブラフの為にそれをしているのだ。今の私にはそんなブラフをかます余裕なんて無かった筈なのに『思考加速』を用いずにこの判断を行った。やはり通常より冴えている。
そしてこの特異兵仗の真価にも同時に気づく。能力がバレていても逆に当たれば致命傷の斬撃が来ると判れば回避、若しくは防御せざるを得なくなる。それを簡単にブラフとして攻防の駆け引きに使えるのが最大の利点だと。
「……! 黄依さん、なんて恐ろしい事を……」
「言ったでしょ、……ハァ……ハァ……。何があろうとも貴女の隣に居るって」
私はバタフライナイフを開いたまま片手で薔薇に突きつける。
左腕の切断面から血が止まらない。それに気づいてすぐ切断面を防御術で覆ったが血を失いすぎた。視界がぼやけ意識が朦朧とする。だが、戦闘を行う為の冷静な思考だけは出来ている。
「課題だった『僻遠斬撃』の威力調整も可能……使い分けをすればアンタを無傷で拘束だってできる。初動でしくじったから腕は失ったものの、他の人を巻き込む心配さえなければアンタの負けよ」
「……」
「洗脳でもなんでも良い。コレくらい許してあげるから早く正気に戻りなさいよ」
私がそう叫んだ瞬間、朝柊の逃げた先の玄関側から物音がする。
「何の音?」
暗闇に感じる誰かもう一人来た気配。
……瞬間移動? 翠……助かったか。
「全く、バラはコレだから詰めが甘いんだよ。アサヒは私がキッチリ連れてくよ。オトモダチとしてね」
黒い陰のような物体で作られた無数の手を引き連れ意識を失った朝柊を抱えて出てきたのは少女──踏陰蘇芳の姿あった。
……どういう事だ。彼女は『収集家』との闘いで活動限界では無かったのか。
「?──は?」
「あー、まぁそういう反応になるよな」
「蘇芳さん……? 邪魔するんですの?」
眼帯を外した彼女の片目がようやく見えて、何故朝柊が気絶させられ拘束されているのか理解できた。
「その目……傷痕が……髑髏……『収集家』と同じ……そしてこの状況……! まさか、感情生命体……!」
「おぉ……。察しが良いなぁ〜。正解だ。もしかして、既に恵投を受け取りつつあるのか? 流石、ひとごろしだなキイ」
「裏切り者は……アンタかッ!」
私は躊躇わず特異能力にて彼女へ対し攻撃を繰り出す。手を抜けば死ぬのは此方だ。
だが、踏陰は自身の『シャドウ』で私の斬撃を止めて防御した。
相手は特異兵仗持ち、複数能力持ちで感情生命体だから搭載してるエンジンも格上。
それに薔薇からの攻撃も気にしなくちゃいけない。
「光速の特異能力……。防御すら出来るというのね」
「クハハ……怖い怖い。当てればワタシも、タダじゃ済まないからな。だが、まぁ……どちらにせよキイ……オマエは死ぬ運命だ」
「私の始末が目的ね。その為に薔薇を洗脳して、私を油断させた……」
「洗脳……? あぁ、そりゃアレだ。オマエの事が好きすぎてやってることにすぎない暴走さ。洗脳なんて悲しい事言ってやらず、許してやれよ彼女なんだろ?」
「全く……そういう事。なら、遠慮なしにアンタだけぶっ飛ばせば良いのよね。御誂え向きじゃない。もう、後悔はないし」
そう思った瞬間私はバタフライナイフを閉じ、ポケットに入っていた薔薇と交換したDRAG入りの箱を取り出した。
「愛しているのは本当よ、薔薇。今から証拠見せるから待ってて。そのあとなら、いくらでも一緒に死んであげる」
「……!」
「……クハハ! 傑作だなオイ、まさかそれアイツのDRAGかよ!」
──私は人を辞めてでも、見せなくては。この世界に住む人の平和の為にも、愛してくれている人の為にも。
『私はコレを持って罪を償うって』。
そして、咀嚼音と共に私はこの日ニンゲンを辞めたのだった。




