堕落編 6話 イスカリオテのユダは花蘇芳で首を吊る3
恐怖の事件の際、私を守る為に死んだ少女──蕗衿華がそこ居た。
変わってしまった雰囲気と髪色。何があったか分からないけど、恐らくDRAGの使用でそうなったのだろう。もう、彼女は人間じゃない。感情のバケモノだ。
そして、今はそんな事よりも、この状況で彼女が私の目の前に現れた理由の方が問題だ。
「……生きて……いたの……?」
「そうだよ! 衿華ね、紅葉ちゃんをびっくりさせたくって!」
「は?…………ハァ⁉︎」
「ごめんね、心配かけちゃったかな? それでもやっぱりその表情は変えれないんだね。」
上目遣いで本当に申し訳なさそうに謝ってくる彼女の考えている事が私には一切理解できなかった。動揺を隠せない。
親しかった筈の相手の感情が分からない。これがどれだけの威力を齎すのかようやく私は理解できた。
「ふみふみは……元々樹教で……? 衿華ちゃんは……生きていて……感情生命体になって……? は?……意味分からない……意味わかんないよ!」
「そうだよね、意味わかんないよね? でもそれで良いんだよ!」
私の身体を抱きしめて頭を優しく撫でてくる人外の彼女は聖母のように瞳を合わせてこちらへ微笑む。
何故……何が……、こんな事分かっていれば、青磁先生が…………
…………
……
樹教に最近入ったという幹部……その正体は潜入調査した薔薇ちゃんだと思っていたが……やられた……衿華ちゃんを隠すための罠。そして、それが示す事は青磁先生の潜入もバレているという事。
「ははは……まぁ、そういう事だ。これは計画だ。バラとキイが樹教に捕まった段階でそうなるように仕組んだんだよ」
「……ッ!」
こちらをしたり顔で見る、踏陰蘇芳。
「さてと、仕事はしなきゃだね──『いぇん』。1時間は紅葉ちゃんを独占するけど良いよね?」
「あぁ……好きにしろ──『マルベリィ』。お前が触れた時点でモミジはもう"詰み"……いやこの場合は『紅葉狩り』なんだから"摘み"って表現した方が良いかな」
彼女は二つの言葉にエアクォーツをしながらクハハと渇いた声で笑う。
そして、触れた時点で詰み──それは『痛覚支配』の第二能力……相手の感覚を奪う衿華ちゃんの特異能力。
だが、私も『痛覚支配』なら持っている。打ち消せる筈だ。
「……打ち消せる筈って思うよね? 紅葉ちゃんなら。嬉しいなぁ……紅葉ちゃんが衿華と一緒の存在になってくれて。でも、ごめんね……。紅葉ちゃんが思ってるより衿華の憧れは大きいの!」
「……え」
「大好きだよ、紅葉ちゃん──『痛覚支配』……『肉体拘束』」
瞬間、衿華ちゃんは私と恋人繋ぎで手を繋ぎ、私達中心に『衝動』が広がる。
これは……この威力は、私の意思とは関係なく衿華ちゃんの特異能力と共鳴している。
私の特殊体質であるERGの異常分泌が衿華ちゃんの『衝動』となり、この地下を覆い尽くしている。
「打ち消しなんて逆効果だよ。だって、それは元々私の願いだから」
「うそ……でしょ……」
そして、衿華ちゃんは『衝動』を最大出力で放出すると同時に瞳は白目と黒目が反転し、頭から触覚、背中からは羽を生やし、まるで蚕の様な姿となる。
「紅葉ちゃんと衿華……二人で一緒に紅葉ちゃんから笑顔を奪った護衛軍を堕とすんだよ」
「……あ……ああぁぁあ!」
今放った『衝動』はこの地区全てに影響を与えるほどの威力。『恐怖』ほどじゃないにしろ、一般人なら気絶……私たち特異能力者でも至近距離で受ければ、衿華ちゃんの特異能力の支配下に置かれることは避けられないだろう。
「クハハ……これは予想外だな。まさか、キイの『僻遠斬撃』の効果も搭載されて、更に遠距離まで『衝動』として特異能力が届くとは。効果対象として向けられなかったワタシですら数秒動きを止められた」
私は急激なERGの分泌に体力を持っていかれ、衿華ちゃんと手を繋いだまま地面へペタリと腰を落としてしまった。疲労感が激しく、息も乱される。
『自死欲』の感情に侵された時でも起きなかった、人間としての機能の限界をそこで初めて私は感じたのだった。
これは……駄目だ。身体は限界……
それよりも心はもうとっくに折れてる……
最初からムリだった……
こんなことになるなら……
「わぁ……やっぱり紅葉ちゃんは凄い!」
「半感情生命体のワタシ達ですら足元にも及ばない程のエネルギーを身体に持ってそれを常に『自死欲』として分泌している。流石、紅様の本来の器だな。エネルギーの供給源は死喰いの樹だからほぼ無限に等しいと言っても良い」
「……つまり紅葉ちゃんは凄いってことだね!」
淡々と私の体質を語る踏陰蘇芳の声とテンションの高い衿華ちゃんの声が頭を突き抜け、何も私の中に残らない。
「オマエさぁ……ハァ……まぁ良いか。とりあえず、次はオマエのオトモダチを堕としてくるよ。だから、『マルベリィ』……予定通りモミジを器に出来るように説得、ムリなら特異能力を使ってでもそうさせろ」
「うん。わかったよ。いってらっしゃい。頑張ってね」
その瞬間、踏陰蘇芳は姿を消し、私は人間大サイズの蚕の繭に包まれるように衿華ちゃんが指先から出した糸の中へ、一緒に閉じ込められたのだった。




