堕落編 5話 イスカリオテのユダは花蘇芳で首を吊る2
バレていたのか。青磁先生が樹教の潜入調査であった事。いやこの反応は……。
「シキエセイジが樹教と協力関係になったのはワタシが5歳の頃だから……7年前位だな。私は物心着いた時から紅様に影……『いぇん』として仕えてたが、言ってしまえば重要な仕事を任されていたって事に関しては当時の歳も歳だったし、アイツは私より古株さ。だけど女じゃないって理由だけで今だにアイツは最高幹部の一人になれていないんだよ。笑えるよな」
「…………」
「笑えねえか。まぁそりゃ、普通に考えれば恐怖を産んだのは紛れもなくシキエセイジだし、オマエの表情を奪ったのはアイツなんだからなぁ。事前にオマエが元々歴代の贄の中でも良く自死欲と相性の良い特異体質だったことはアイツから伝えられた。だから、あの時お前がDRAGを使うように『恐怖』との闘いで私は手加減をした。まさか、エリカの特異能力を選ぶとは夢にも思わなかったが……」
全部掌の上だったという事か……。だが、彼からのその提案を飲んだのが私だし、青磁先生は昔から他者の特異能力を他人が使えるようにする研究を私の体でしていた。そんな事言われなくても分かっていただろう。私も表情を失う覚悟はしてなかったにしろ、それはこちらの意思だ。
それにこういう日が、いつか護衛軍に潜入している人間が私に接触して来る時をずっと待っていた。青磁先生の七年間の潜入は無駄じゃない。
今私がこうして普通に動けているのは青磁先生のおかげだ。
この点滴……おそらく『自死欲』を鎮静化させるもの。溜息を吐いていたのはどうせこの薬の開発費が高い癖に私にしか適用されないからだとかそういう理由だろう。
今の状態なら、同調も特異能力も使用可能だ。だが、晒すにはまだ早い。
「まったく、恐怖の時は引っ掻き回されたせいでヒヤヒヤしたよ。ワタシにまで飛び火するんじゃないかと思った。アイツに正体を隠しておいて正解だったな」
「…………」
「あーあ。全く割に合わない仕事引き受けちまったなぁ。後味が悪いし、怠いったらありゃしない。さてさて、もう少しで着くぞ」
薄暗い護衛軍本部の地下。そこには生け取りにした感情生命体が研究や戦闘訓練用に収容されている。そこに隣接した区間には機関と同様の模擬戦室もあり、ここでは基本、感情生命体との戦闘訓練ができる。
「さてここだ」
そのフロアの一角にある牢屋のような部屋。そこには生首と首の無い女性の死体が転がっていた。
「……竜胆……柘榴」
「不思議だよなぁ、死んでも樹に回収されないからここに安置することになったんだ」
鼻で笑うかのように彼女は軽蔑したような表情でそれを眺めていた。
「……まさか、コイツに怨みがあるってのも嘘?」
「いいや、それは本当だ。裏切ったのは樹教との付き合いの方が長く共感できるから。そして、今回の件は紅様の指示で作戦立案をしたまでだよ」
そう言いながら、彼女は牢屋の鍵を開けてその女性の生首を両腕で抱えて抱きしめた。
「だけどさ、この人……百合だけは特別なんだ。誰の思惑も関わってない。ずっと供養出来なくてごめんなぁ……」
「……」
そこには齢12歳の少女が悲しげな目でただ恩人の生首を抱きしめていた。それを見ると、胸奥がずきりと痛むような気がした。
そうか、踏陰蘇芳にとってのその人は私にとっての葉書お姉ちゃんみたいなものなんだ。
「もう休んでいいから。だからゆっくりお休み」
「……お取り込み中申し訳ないけど…………わたしに会わせたかったのってその人?」
「……いいや。これは……そうだな。柘榴とやってる事は一緒だよ」
彼女が言っている事の意味を理解する為に思考していると、彼女はそこに落ちていたサバイバルナイフを拾い、自身の影を操った。
「知ってるだろう『中継地点』。本来なら私のみにしか対象に出来ない暗闇の中でのみ光速で動く事の出来る『陰影舞踏』を『知能向上』で解析した事により得た力だがこうすると……」
現在は深夜。この世のほとんどは暗闇に染まり、その射程範囲は無限となる。
「──『中継地点』。来い、『マルベリィ』」
踏陰蘇芳がそう呟いた瞬間、そこに人を睨みつけるかのような表情が描かれた仮面をした白髪の少女が現れた。
「…………始まったんだね、『いぇん』」
「……あぁ。『紅葉狩り』の季節だ。『マルベリィ』……いや……」
そのシルエット。その髪型には見覚えがあった。ハーフアップで、小動物らしい動きをする、可愛らしい声。だけどその圧倒的存在感は、放っている衝動はもはや人間じゃなくて感情生命体のそれで……。
「……あ……ぁ……まさか……うそ……だ。だって……もう……遺体も……無い筈じゃ……」
「あはは、相変わらず可愛いらしくて嬉しいな」
仮面を外した彼女はまるでトップアイドルかのように見る人を全てを魅了する程の美貌の持ち主。その彼女はすぐに私を抱きしめた。
「久しぶりだね。やっと紅葉ちゃんを笑顔にできるよ。ずっと寂しい思いさせちゃったよね?」
「え……りか……ちゃん?」
「そうだよ、アナタだけの衿華だよ」




