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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act five 第五幕 lunatic syndrome──『感情の希釈』
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堕落編 4話 イスカリオテのユダは花蘇芳で首を吊る1

 同調アシュミレーション特異能力エゴの酷使に次ぐ酷使。


 その代償は最悪な夢見と気怠く飲み込まれてしまいそうなほどの自死欲タナトスという感情だった。


 酷く濃い闇の中に私一人だけ。その時だけが永遠と続くだろうという漠然とした不安と孤独からくる疎外感。


 そして体は動かない。


 死にたいという欲望以外掻き立てられないような、そんな下衆に満ちたこの感情と感覚はきっと死喰い(タナトス)の樹に縛られた感覚のそれと同じなのだろう。


 もがいても、もがいても、もがいても。自分ではどうにもならない。自分自身の形も、自我も、ぐちゃぐちゃになって、そうして人間ではなくなっていく。


 そんな終わらない地獄がより私を『死への憧憬』へと導く。


 もし、私が死ぬのならこんな死に方じゃなくて。


『お願い。瑠璃るりくん。私を助けて』


 ………………

 …………


 目が醒めた。


 目に映るのは病室。寝汗でびっしょりとした感覚と肘窩への繋がる点滴。体は怠いがほどほどに動き、意外にも心は落ち着いている。


 そして、目の前の少女──踏陰ふみかげ蘇芳すおうがすぐそこに座っていた事がわかった。


「……目覚めたか、モミジ」

「ふみふみ……?」


 頭が少しふわふわとするが、気怠い事や眠気がする事も含めて、おそらくこの点滴の……抗うつ薬か向精神薬かその類のものだろう。


 勿論常用しているが普段飲むものは錠剤。今回は緊急性があったから即座に血中に届く点滴を採用したといったところだろうか。


 そんな事を考えながらぼうっと点滴を見ていると踏陰蘇芳が話しかけてくる。


「オマエ普段から強めの薬飲んでるんだってな」

「そうだね……バレちゃったか」

「何を今更。私を含めて幹部級のほとんど奴らだって壊れない為に強いのを常用してるよ。そんだけ命を扱う仕事はキツイからな。まぁ、一般市民の向精神薬の常用率も年々上昇気味。うつ病患者の割合も3割を超えたんだってなぁ。まぁ世も末だな」

「ふみふみも……そうなんだ」

「勘違いするなよ。別にワタシのは常識の範囲内だ。だけどオマエのは異常だ。なんだその薬。シキエセイジが溜息を吐きながらお前に投与するなんてよっぽどだぞ」

「……」


 青磁先生が作った薬……きっとまた碌でもないようなものなのだろう。


「周りの奴ら流石にオマエにドン引きしてたよ。キイもルリもスイもバラも……。なんでそこまでして闘うんだ?」


 その質問が来た瞬間私は葉書はがきお姉ちゃんと祖父ししょうの顔が思い浮かんだ。


「はは……それ前にも聴いたよね。あー、えっーと……使命だからじゃない?」

「前にも言った事あるかもしれないが、自分のやりたい事やった方がいい時もあると思うよ。それでもやるってなら止めないが」


 真剣に私を心配した顔をして言う。だけど、私は知っていた。


 その表情が偽物である事。


「……まぁ、……やるしかないよね。……それはふみふみも一緒でしょ?」

「そうか…………それはそうかもしれないな」


 踏陰蘇芳は深く溜息を吐く。このやり取りで彼女の目から普段の天真爛漫さがなくなり、声が暗くなった。


「さて、もう隠しても無駄なようだし目覚めたばかりで悪いが場所移そうか。オマエに会いたがってる奴が居るんだ。名前を聴いたらオマエも会いたくなると思うよ。会ってみるか?」

「…………えぇ……あっそうだ。他の人呼んでいい?」

「ダメに決まってるだろ」


 軽く笑うように彼女は私の苦し紛れの冗談に返しながら、繋がれた点滴を『陰影舞踏シャドウダンス』で切る。


 そこでようやく現実が突きつけられた事が分かった。


「ははっ……そうだよね。……あぁ……マジかぁ……」


 それに対して私は乾いたような笑い声で返した。ようやく、自分が理解してしまった事が脳に感覚として染み渡った。


 裏切り者(ユダ)は彼女だという事。その実感がようやく私に危機感を齎した。


「お前が倒れてからもう15時間以上経ってる。深夜だ。誰もいない」

「……最低」


 自身にひっついていた点滴の針を引き抜くと彼女の方を見て言う。


「それは誰に対してだ? まぁ私に向けてなら……どうとでも言えばいい。さっき自分からあやふやながら言ったよな。……これは使命だ」

「もし……抵抗したら?」

「地獄を見たいならそうすると良い。まぁだけど、第一に今のオマエじゃ私には勝てんよ。聴いてくる時点でそんな気サラサラないんだろう。それじゃあゆっくり話でもしながら集合場所まで行くか」


 彼女の言葉の真意としては分かりかねるところはあるが、おそらく彼女が本気を出せば竜胆りんどう柘榴ざくろの使っていたそれの一部を同等以上に私へ振るえることが出来るという事だろう。


 私は彼女の後ろに着いていく。なるべく、私が今無力である事を装った方が有事の際に状況を有利に運べる。それに踏陰蘇芳が私に合わせたい誰か……それが誰だろうが構わないが、樹教に関する事なら、死んでもその情報を持ち帰る。


「意外と冷静なんだな。まぁ……先にワタシの裏切りに気付けばそうなるか。だけどワタシだって一発くらいなら本気で殴られても良いって心の底から思ってるよ。それだけ大事な仲間だって思ってたから」

「……聴きたくないよそんな事」

「こっちが勝手に喋ってるだけだ。どうせオマエに言ったところでもう結果は何も変わんないよ。だから気にするな。まぁ、だが元々こんな急にやる予定じゃなかった筈じゃなかった。あの阿婆擦れの殺人鬼がしゃしゃり出たせいで私の作った計画はぐちゃぐちゃさ。こんな事、オマエに言っても仕方ないがな」


 阿婆擦れの殺人鬼……? 竜胆柘榴のことか。やっぱり樹教と繋がっていたのは正しかったか。だが、彼女が死んだ以上、もうその情報も意味は無い。


「……ところで、樹教の内情を知りたいならシキエセイジに聴くのが一番なんじゃないか?」

「…………!」

「ビックリしただろう。アイツ、元々樹教なんだよ」


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