殺人鬼編 46話 怠惰たる不幸論2
薔薇は再び銃を構え周囲を警戒する。
おそらく、柘榴の居場所は能力の性質的に陰が存在する場所……つまり森林の木陰の中だ。
私は地面にある木影に触れて『シャドウ』を操る。
──『シャドウ』は光の当たらない場所のみに存在するERG。私が触れれば思うがままに操るの事ができ、『シャドウ』を気体にも液体にも固体にもできる。
『シャドウ』は影の中でこそその活力を増し最高速度は光と同じ約30万 km/s。勿論、その速度に達する頃には元がERGである為、質量は無に帰す。しかし、表面だけを不活性化──つまり、固体化し光に当ててもしばらくは分解されないように組成を組みスピードを出す為にロケットのような機構にすれば矢のようにして光速で『シャドウ』を飛ばす事もできる。
柘榴のようにある種の性質変化を加えた上で固体化する事で、ゴムのように伸び縮みし、鉄のように硬く、日の下でも形取れるように組成をすればあのようにするのは可能だ。
だが、汎用性があるほど器用貧乏になりがちになってしまうもののように、あらゆる限りを尽くしてもこの能力は力を持て余してしまう。無難な予測を基にした最適手が結果から見た最善手であるかどうかが、実験が終わるまで分からないように、私の特異能力──『知能向上』ですらその予測し難い。
柘榴は借り物の力な為尚更この例が顕著にみられ、『陰影舞踏』を十分に使いこなすことは出来ていない。
私がこの能力を使えば『シャドウ』による索敵も勿論可能だ。
さらに影が隣接していればその射程は無限に広がり、夜となれば猛威を振るう──
私に触れた『シャドウ』は、言わば核分裂を起こす原子核と中性子のように、鼠算的に私の支配下に入っていく。そして、私の支配下に置かれた『シャドウ』は影の中を縦横無尽に駆け回り、柘榴の位置を探し当て即座に攻撃を加える。
「見つけた。『シャドウ』による針地獄での攻撃は……失敗か。闇に乗じればその分強いが、目視出来ない相手にはこの特異能力は不得手……全くチグハグで厄介な能力だ」
「ですが引きづり出すことは出来ましたわ!このまま追撃を!」
「あたぼうよ!」
瞬間、柘榴は森林から上空へと抜け出し、力動を用いながらおおよそ地面から30メートルほどの場所で滞空する。薔薇の磁界も射程範囲外の場所で私の攻撃も特異兵仗の制約を破らなければ届かない。手があるとすれば、薔薇の銃で狙うか雷による遠距離攻撃か。二つとも避けられるだろうな。
「射程範囲外ですわね……」
「ちっ……面倒くさいな」
やはり『光陰矢』の使用は避けられないか……。
私は左目に付けている眼帯に手をかけそれを勢いよく剥す。割り印の半分のように瞼に描かれた上半分だけの骸の傷と精巧に作られた義眼が露わになる。
この義眼は私の脳に直接繋げられており、たとえ相手が光の速さで動こうともそれを情報として出力しノータイムで脳に伝え、伝えられた映像を私の脳が処理することで、光を形成する粒子とERGを一つ一つリアルタイムで捉えることができる。所謂、ハイスピードカメラの性能を持つ義眼だ。勿論性能はそれ以上のものだが、『光陰矢』の使用にはこの義眼の存在が必須である。常にこの義眼を使用すれば『知能向上』と『陰影舞踏』の限界使用が余儀なくされる為、このように特異兵仗の制約を破る形で発動する能力がこれだ。
また、一定以上多くの『シャドウ』を操作したい時に特異兵仗の制約を破る事もあるが、そちらの効果は現在のこの状況で使う事はあまりないだろう。
そして、私の後ろでは『シャドウ』が弓矢のように形取られ柄の部分がしなる。風向とその強さ、空気の密度、湿度、周囲の明るさですら狙いに支障をきたすがそれを補うための制約破りとこの義眼……そしてこの特異能力だ。それに狙いは溜めの後でも定めることはできる。
「──穿て」
瞬間、轟音と共に空気中に振動と暴風が巻き起こる。避ける暇すらない光速の一撃。それが空を裂き、柘榴を撃ち落とす。
「ハァ……ハァ……」
「『光陰矢』……当たりましたの?」
「いや、掠っただけだな……あれは」
光速の一撃を持って尚避けられた……か。おそらく、『人の心を読む能力』でタイミングを読まれたのだろう。だが、その余波は避けれなかった。幾ら予測していても、間に合うものではないのだろう。
「特異能力の射程に入りましたわ!」
落下により再び柘榴の体は薔薇の磁場へと入る。それに柘榴は気づいたのか全身の『シャドウ』を解除して地面へと直撃する。
一応防御術で身体を保護したのであろうが、その身体は満身創痍の上に追撃。それと同時に薔薇は銃弾を残った左手と右脚に打ち込んだ。