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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act five 第五幕 lunatic syndrome──『感情の希釈』
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殺人鬼編 22話 勤勉な復讐者9

 気が付けば日が昇り周りの瓦礫を朝陽が照らしていた。


 私──踏陰ふみかげ蘇芳すおうはただその瓦礫の上に座り、いつまで経っても『死喰い樹(タナトス)の腕』に回収されない百合ゆりやその両親の死体をボーッと眺め、黄昏ていた。


 通常、死体は数刻もしない内に『死喰い樹(タナトス)の腕』が回収しに来る筈なのに、迎えが来ないのだ。


 死体は一切冷たくならず、熱を帯びていた。元々百合の瞳であった筈の今の私の左目もそうだ。視界は一切機能していないのに、妙に熱くまるでその部分だけ別の生き物かのように動いていた感覚があった。


 他人の身体の移植なんて、こんな世界では成り立たない。それなのに、今まさにそれが私の身体で起きていたのだ。


 こんな条理に反した事が連続で起きている。一体何が起きているのだろう。


「何故──」


 百合が私を認めてくれたという淡い期待を含めその言葉を呟くと、近くに一人の男と遠くに二人の男の気配を感じた。近くにいた男の姿はすぐに見え、護衛軍の制服を着ており、雰囲気だけで幹部……若しくはそれに準ずる特異能力者エゴイストである事が分かった。だが、その醸し出している雰囲気と反して彼自身の見た目は気弱そうな髪型はマッシュの優男であった。


鬼灯ほおずきさん……?」


 彼は、百合の名字を死体に向かって呟いた。その言葉に内包されていた感情は『哀しみ』ではなく『恐れ』に近いような感情だった。


「まさか……そんな……それじゃあ……彼岸ひがんさんの時と同じ……いや、あの時よりももっと酷い……ところくんも泉沢いずみさわくんもあまりにも報われないじゃないか……」


 私を無視する怯え震えた男の声。声の雰囲気的には『所くん』という男に対して何か怯えているのだろうか。そのあまりの怯えっぷりに私の存在は片隅に置かれていた。


 そして、遠くにいた二人の男はその声に反応して此方へ急いで近づいてきた。


かなめくん……洪くんが怯えている。そういう音がしましたよ」

「分かったよ、拓翔たくと。すぐ向かう。どうしたんだい⁉︎ こう! 百合ちゃんが見つかったのかい?」


 拓翔と呼ばれた男は後ろで髪を結んだ紳士そうな見た目でスーツを着ていた。おそらく、こちらが先程泉沢くんと呼ばれていた男なのだろう。目に病をおっているのか、黒目が全体的に白く濁っており、彼も私の存在におそらくまだ気付いていないのだろう。


 そして、もう一人の要と呼ばれた男は短髪で清潔感のある爽やかそうな男でこちらは護衛軍の制服を着ていた。不思議と彼を見ていると好感が沸いてくる。こちらが彼が怯えていた男が言っていた所くんなのだろう。彼は私に気付いてはいたが、焦っていたのか、まだ状況を知らなかったのか、それとも私も死んでいると思っているのか、わざと触れないようにしていた。


 この3人全員が特異能力者エゴイストでそれも百合と同格程のものだった。さらに後からきた二人の方はそれすら超える程の圧力を感じた。


「こっちを見ないでくれ……! 頼む……泉沢いずみさわくん、今すぐ所くんの視界を……!」

「……! まさか……!」


 洪と呼ばれ怯えている男は、二人に向かって叫ぶ。だが、髪を結んだ男──泉沢拓翔が何かしようとする前に所要は百合の死体を目にしたのだった。


「百合……ちゃん?」


 所要の表情が絶望と無力感の色に染まったと同時に、彼の身体からとてつもない量のERG(エルグ)が放出された。明らかに異質な『衝動パトス』。それはもはや、感情生命体エスターと言っても過言ではない程のものであった。


「これ……現実かい……?」

「……! 止めろ、要くん! 君が感情生命体エスターになれば一体誰がいなくなってしまった彼岸ひがんさんにどう報いる気だ……!」


 過去に何かあったのだろうか。彼岸という人の名前が出た瞬間、空気がピリついた。


「彼岸ちゃん……あの時も……僕はこうだった。こんな体質のせいで人を不幸にする。だから、あの子はいなくなってしまった。あの子の好意を利用できてしまった僕が拓翔と彼女を傷付けた。……どうせなら、『人に好かれる』より『人に嫌われる』方が良かった。もし、そうだったならその君も恋が叶ったんじゃないか……? そう思うだろう、拓翔?」


 彼がそう呟いた瞬間、溢れ出ていた『衝動パトス』の質が一気に変わる。見た目と雰囲気だけで『好感』を得ていた彼のその『衝動パトス』が、彼の願い(エゴ)を叶える為だけに、反転したかのように他者から『嫌悪感』を抱く為の物へと変質していく。


「それは……否めなかった事じゃないか……!」

「『衝動パトス』の『反転アンチテーゼ』……⁉︎ 感情生命体エスターでもそんな現象、稀にしか起こきないのに……」


 所要は周りに『嫌悪感』を撒き散らしながら、その姿を徐々に虎に近い姿に変えていく。


 この現象はおそらく先程、洪が呟いた『反転アンチテーゼ』に間違いないだろう。感情生命体エスターが強いストレスを受けた時、自身の属性となる感情を変化させ、姿や能力を変化させる一種の習性。極めて稀にしか起きないと言われており、護衛軍に入る為に勉強した参考書の中にもたった数行にしか記述のない現象であった。


 そもそも、人間が感情生命体エスターになるなんて、そんな事実私は知らなかったし、百合のように何かを服用した訳でもないのに、ああなってしまう体質の人もこの世に居ることが驚きだった。


「ようやく、殺したいと想える程に自分の事を嫌いになれたよ。そして、この世界も……嫌いだ」


 所要がそう呟く。残りの二人はそれに反応して、特異能力エゴを放つ為に手を構えていた。


「『波形干渉ウェイブインターフィアレンス』……君のそんな言葉……この耳で聴きたくなかった……」

「あぁ……もう! 最悪だ……『流体力学フルイッドダイナミクス』」


 泉沢拓翔からは空気を震わす程の衝撃波を放つ音撃波が、もう一人の洪の方からは圧縮された水の刃が所要に向かって放たれたのだった。

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