殺人鬼編 21話 勤勉な復讐者8
一瞬、『収集家』の目が血走り、私に怒りを向けて来たのが分かった。その表情は逆鱗に触れた、と言ってもいいようなものだった。
だがしかし、すぐに彼女は表情を笑顔に戻してふぅと深呼吸をする。口から出た息が私に当たる。ユリの香りと生暖かい空気がいっぺんに来て気分が少し悪くなった。
相手が怒り我を見失ってくれれば私にも多少勝ち目はあったのかもしれないが、まさかこんなにすぐ平静を取り戻すとは。だが、これで一矢は報いれただろう。
私みたいな餓鬼に本気で怒りを露わにしたんだ。コイツは対した奴じゃない。
「私を本気で怒らせるなんて……凄いですね〜蘇芳ちゃんは……」
「黙れよ。ひとでなしに褒められたところで何も嬉しくないからさ」
「ふふ……一度嵌った作戦だからって、何度も使うのは良くないと思いますよ〜」
彼女の片方の瞼がピクリと動いた。また少し効いたのだろう。だが、これ以上は彼女の言う通りバカの一つ覚えだ。もうやっても効果は薄いのだろう。
「……まぁ、折角です〜。ちゃんと貴女へは『恵投』はあげますよ〜。私を怒らせてくれたご褒美です〜」
『収集家』は私の顔を掴んだまま、『シャドウ』は彼女の腰に付いているナイフを取り出して、使っていない方の手に渡してそれを握りしめた。
「……要らないし何する気だよ」
「いえいえ〜受け取ってください〜」
私は呆れた顔で、『収集家』は笑顔で目を合わせた。
だが、結局『収集家』は私の左目の瞼を『シャドウ』で開かせながら、ナイフを近づけて、表面ギリギリに刃先を当てる。
私の方はというと全力で抵抗はしているが、既に決心が付いていたのか、それとも百合の身体を移植した事が原因で何かしら私の精神に影響があり私を大人にさせたのか、特に悲鳴を上げずただ思った事を呟いた。
「痛った」
「リアクション薄くなっちゃいましたね〜。こちらとしてはもう少し反応して欲しいものですけど〜」
たった今、私は私の眼球を削られ、下の瞼まで切られていてものすごく痛いのに、まるでユリと喋ってるみたいで、いまいち締まらないその空気感のせいで気持ち悪くなりそうだった。
だが、私が黙っているのは彼女を苛立たせることで私の中に余裕が生まれるのであればここは強がってでも、反応しない方が良いだろう。
「どうですか〜? 私に怒りとか湧いてきませんか〜?」
「……」
「……無視ですか〜。あーあ……何かしら感情表現して頂かないと、私としては興醒めです〜。段々、私のあしらい方覚えてきたんですか〜?」
『収集家』の出した表情は苛立ちというよりかは、何かしょんぼりと寂しげな感じではあった為、私の思い通りにはいかなかった。
「……」
「はぁ〜また無視ですか〜。仕方ないですね〜……悲しい気分です〜折角、こんなステキな日になった筈なのに〜……ハァ〜描けましたよ〜。力作です〜。どうせ、見てくれないんでしょうけどね〜」
『収集家』は私を拘束から解き放ち、その辺に落ちていた瓦礫を蹴って、独り言を喋りながらつまらなそうにしていた。
「普通〜大好きな人が殺されたら、殺した人間に対して憎悪とか怒りとか〜何か沸いてくると思うんですよ〜。あーあ、アナタの行動理念は頭では理解できますよ〜。でも、私に対して無視はちょっと筋違いと思うんですよ〜」
彼女の独り言を他所に、拘束を解かれた私は右目に痛みと、何か熱のようなものを感じた。痛みの方はあって当然の事であったが、目から発せられる熱が異様なものであった。
まるで、目が意志を持っているかのように。百合が百合自身の能力を私に使えと言っているかのように。
「……」
「それじゃ、私帰りますね〜護衛軍の人間の顔になってしまった訳ですし〜しばらくは誰かと一つになることは無理かなと思うんですよ〜。だから、また何処かで会えたら、会いましょう〜。いつか来る、その時までには私のことちゃんと恨んで、どうか私を殺して下さいね〜」
彼女は背を向けて歩き出した。
それと同時に目だけに発せられていた熱が、身体全身に周り初め、今にも身体から放出しそうであった。まるで、百合から教えてもらったERGを飛び道具にする筒美流のような感覚に似た、能力が。
陰として、放出した。
違和感を察知した『収集家』はそれを振り返らずに同じようにして止めた。
「待てよ……逃げんのか……?」
「……はぁ〜つくづく、私の思い通りにはなってくれませんね〜アナタ達は。なんで、"今"なんですか〜? あー、答えなくて結構です〜。どうせ意図的にでは無いだろうし、口聞いてもらえないでしょうから〜」
私の陰を強く突き飛ばすと、彼女はこちらを向き笑顔を作り私を睨んだ。
「ソレが私達の『運命』なら受け入れます〜。だから、今、力を解き放つのは我慢してくれませんか〜? 私もアナタも完成されてないじゃないですか〜。この言葉の意味くらい分かりますよね〜?」
『収集家』はそれだけ言うと、私の名前を初めてフルネームで呼んだ。
「アナタは頭がいいから分かりますよね〜? 踏陰蘇芳ちゃん」
「チッ……あぁ分かったよ。いつか私がお前を殺す……。死に物狂いで努力してお前をいつか痛ぶってやるよ。だけど、お前のような奴は本物の死みたいに簡単に死ねるのは不要だな。だから、あえて言うよ。早く樹に吊られろよ、クソ野郎……! コレは私の復讐だ」
それを言うと、先程まで退屈そうだった作った笑顔が一瞬解け、美しくて醜い歪んだ笑顔となった。
「そういう事ですか〜! うふふ〜あはは〜待ってますよ〜。蘇芳ちゃん。どうか、その『勤勉』さが続く事を心の底から願ってますね〜」
その瞬間、『収集家』の姿が一瞬で消えたのだった。




