殺人鬼編 18話 勤勉な復讐者5
だがしかし、急に身体全体が重くなり、体が倒れ、脳が思考を止め、睡眠へと入ろうとする。
「……?」
倒れそうになった私をユリは支えてくれたが、尋常じゃない眠気が私を襲っていた。
「危ないですよ〜どうやら全力で使おうとすると相当脳に負担をかける能力なようですね〜多分初めて使ったであろうから制御しきれずに全力疾走になってしまったのが原因でしょうね〜」
どんどんと瞼が重くなっていき、ユリの声も遠くなっていく。私もその声に安心し、意識を遠のかせようとした。
「今は休んで下さい〜後でちゃんとその能力を使いこなす為の特訓をしましょ〜?」
私はそれに対してうつろうつろになりながら、首を縦に振る。瞬間、少し大きな音がこの部屋で鳴った。
…………
……?
「……さて、これで目的は達成しましたね〜」
「……ッ⁉︎」
百合以外の声が聴こえた ……もう一人誰か来た……?
待てこの雰囲気は人じゃない
まさか……感情生命体⁉︎
即座に臨戦体勢に入ったユリは私を庇うようにして寝かせて、立ち上がった様だった。
「こんにちはですよ〜」
「……そうですか、今ここで来るんですね〜『収集家』。まさか、本当に来るなんて思いませんでしたよ〜」
ユリの驚き震える声。
「言ったじゃないですかぁ〜。いつでもアナタ達のことを見ているって〜でも、その『収集家』って名前は少し気に入らないですね〜」
「……私の喋り方を真似しないでくれませんか〜? 気持ち悪くて吐き気がしそうです〜。即刻やめていただけませんか〜?」
ユリは憎悪を込めたようなドスの効いた声で彼女に応える。どうやら、その『収集家』と呼ばれる感情生命体は私たちの敵であるということを私は彼女の反応で分かった。
「ふふっ、仕方ないですね。アナタの事が大好きだから、口癖まで真似するようになったのに」
「……本当に気持ち悪いです〜。さっさと死んでくれませんか〜?」
起きなきゃ行けないのに身体がいう事を聴かず、そのまま睡眠に入っていこうとする。あれだけ強力な能力が身についたのはいいのだが、ここまで反動が酷いのは戦闘にはほぼ使い物にならない。このままじゃ、足手まといになってしまう。まるで身体の半分だけ完全に寝ているかのようであった。
それに感情生命体と思われる少女の笑い声だけが耳にべったりと染み付いてくる。
「百合ちゃん、アナタは私を殺す為だけに護衛軍をやめたんですよね?」
「当たり前じゃないですか〜? 人のパパとママをあんな風にしてここまで怒らない人間がいると思ってるんですか〜?」
異様な雰囲気がユリと感情生命体との間でぶつかり合ったのが分かった。これがいわゆる衝動というものなのだろうか。
「……ふふふ嬉しいです、私に『殺意』を向けてくれるなんて。ですけど……無防備な蘇芳ちゃんをアナタの実力で守れますかね?」
「可、不可の話の問題ではないと思うんですよね〜。だから、私が守るんですよ──『陰影舞踏』」
何かの咀嚼音と共に果てしない量の念が込められたERGがユリの身体から出た瞬間、私の意識はそこで無くなった。
☆
目が覚めた瞬間、私の視界に映ったのは夜の闇だった。辺り一面にあった住宅街は崩壊し、私は瓦礫の中に埋もれていた。私は現状の把握のために動けない体の首を動かせるだけ動かして、周りを良く観察した。
そこに映ったのは身体中を切り刻まれ、全身から血を吹き出しているユリの立ち尽くし息を荒げている姿であった。
「……!」
「はぁ……はぁ……」
私よりも数倍以上強いであろうユリが余裕のなさそうな姿をしているのにも驚いたが、もっと驚いたのは顔は今まで見たことないくらいの笑顔になっていたことだった。彼女が私に気づくと、より一層その表情を明るくしこちらへ微笑んだ。
「ユリ……ユリ……!」
「私……守れたんですね~……蘇芳ちゃんのこと……」
力なく私に駆け寄る彼女の体からは黒い靄状のERGが出ていた。それに対して恐怖感などは感じることはなかったが、ユリが何らかの代償を払ったことでそれを出していたことは理解できた。そして、その黒い靄は人間の手のような形になると、私の上に積まれていた瓦礫を持ち上げて、私を救い出してくれた。
「その黒いERG……」
私の見たことない形状のERG。それは通常のERGとはまた違う挙動を示すものであること、それを操る力こそがユリが自身で言っていた『特異能力者』たる由縁であることが分かった。
「……ごめんなさいね~。今まで黙っていて~。蘇芳ちゃんがその力に目覚めたら、全部話す予定だったんです~。私があなたに筒美流を教えた理由やこの力のこと、『収集家』のことや私の過去を~」
そう、私が聴きたいのはその事だ。何故突然こんな事になってしまったのか。何故、ユリがこんなにボロボロになってしまったのかを。
「襲ってきたあの感情生命体は……?」
「さっき私が殺しました~。首をはねて頭を潰したので〜さすがに死喰い樹の腕に回収されると思いますよ~」
「……そうじゃなくて……あの感情生命体……ユリのことだけじゃなくて、私のことも知っていた。あいつは一体何者……? ユリとあいつは何か関係があるの?」
それを言うとユリはしばらく俯き黙ってしまったのだった。