殺人鬼編 3話 特異兵仗3
「私は良いけど……黄依ちゃんは?」
「別に良いわよ」
素気なく霧咲さんは返事をする。
「感謝しますわ」
「んじゃ、模擬戦室に行こうか。翠ちゃんはと……今は瑠璃くんと機関に行ってるんだっけ。なら歩いて行こうか」
筒美さんは最初くるくると周りを見渡したが、翠さんがここに居ないことを思い出すと諦めて外へ出た。
そして、歩きながら霧咲さんは先ほどの紅葉さんの言動にツッコミを入れる。
「そういえば前々から聞きたかったんだけど、アンタ絶対翠のこと足としか見てないでしょ」
「ソンナコトナイヨ」
「……はぁ、声が上擦ってるわよ。図星ってのとじゃない。こんくらいの距離、自分で歩きなさいよこの変態女」
「変態とは心外な。私はちょっと翠ちゃんと仲良くしようとしただけだから」
あはははと無表情の渇いた声で頭の後ろを手で掻きながら言い訳をする筒美さん。元来あった女癖の悪さは未だ治らず、これでは瑠璃さんも浮かばれない限りである。
「……まさかマジに翠にまで手ぇ出したの⁉︎ アンタ本当最低ね!」
「人の性癖にどうこう言うつもりは無いっすけど、流石にそれはドン引きっすよ……」
「えぇ……?」
流石に私からも困惑の声が出てしまった。
「いや、流石にノンケ……いやアレをノンケと言うのも可笑しいな……まぁとにかく、翠ちゃん相手にそんな事しないって。瑠璃くんの事もあるし。ただ、テレビとかに出る時私達って、私と翠ちゃんでユニットみたいなもんじゃん? そういう時に百合営業すれば人気出るかなって適当に話題に出して二人で話し合ったこともあっただけで別に翠ちゃんと瑠璃くんが夜な夜なコソコソ自分らの部屋でやましい事やってたこととは関係ないでしょ? まぁ私が興味本位で瑠璃くんの部屋を索敵しちゃったのが知った原因なんだけどさ?」
悪びれもせず、相変わらずの無表情で人の部屋を監視していると曰う彼女。本当に本人たちが居なくて良かったと心の底から思う。
そして、紅葉さんの言葉に呼応するかのように霧咲さんは叫んだ。
「なに、人の部屋覗いてんだ! この変態!」
『この変態』──罵られているのは紅葉さんの筈なのに、何故か私に罪悪感のようなものがイケナイ快楽に形を変えて身体に染み込んだ。
「いやいや、誤解だって。覗いてないよ〜。筒美流で偶々聞こえてきちゃっただけだから〜。あぁでも……黄依ちゃんからの罵倒、なんだか久しぶりに受けた気がする。やっぱり良いよね、黄依ちゃんみたいな純粋な子から罵倒されるのって。五臓六腑に染み渡るよ!」
「紅葉、マジで何言ってんの……? 所要でも乗り移った?」
「もう……冗談だって! 翠ちゃんならまだしも、瑠璃くんが私を裏切る真似するわけないでしょ?」
霧咲さんは紅葉さんを蔑むような目で見ている。何というか、その、霧咲さんはこういう顔をしている時が私にとって魅力的に見えて、ちょっと前の私達の関係性を思い出すと少し笑みが溢れてしまう。
「……ふへへ」
「ん? どうした? 薔薇?」
急に霧咲さんから声をかけられた為、私は上擦った声で返事をしてしまった。
「えっ? ……あっ……いえ……ハイ!」
私の顔を冷ややかな瞳でじっと見つめて、彼女は溜息を吐く。そんな私の事を嫌うような一挙手一投足が彼女に対する罪悪感を刺激すると何故だか私の胸の鼓動が早くなる。マゾヒズムだとかそういうものとは少しベクトルの違うこの『罰せられたい』という感情が私の心をより煽る。
少しだけ目があった後、彼女は目線を外し周りを見た後呆れたような声を出した。
「話聴いてなかったでしょ……まぁ聴かれない方が良いけど……」
「ごっごめんなさい。ぼーっとしてましたわ! ところでなんの話でしたっけ?」
「聴かれない方が良いって言わなかった? 下らない話よ」
「……ごめんなさい」
私が少ししょんぼりとした顔をすると、霧咲さんから小さく舌打ちした音が聞こえたと同時に紅葉さんが朝柊さんに耳打ちをするフリをして、わざと私達にも聞こえるように少し大きめの声で言う。
「あれは黄依ちゃんなりの愛情表現なんだよ」
「そうなんすか?」
「違うわ、馬鹿! 朝柊も薔薇も変な勘違いしないでよ!」
即座に取り消そうとし慌てる、霧咲さん。
「黄依ちゃんは"表面上では"照れ屋のツンデレだからね」
含みを持った言い方をする筒美さんに霧咲さんは突っかかる。
「ちょっと、それどういう意味よ! まるで私がそういう風に見られたい為に演技してるみたいじゃない!」
「なら、黄依ちゃんがツンデレなのは天然モノなんだね!」
「待ちなさいよ! そもそもなんで、私がツンデレ扱いされてるのよ! 可笑しいじゃない! ツンデレって『別にアンタの事なんて好きじゃないんだからね!』とか言ってくるチグハグな人の事でしょ⁉︎ 私がそんなのに当てはまる訳ないじゃない!」
筒美さんと朝柊さんは暫く互いの顔を黙って見た後、腕を組みゆっくりと首を横に曲げて頭にハテナマークを浮かべた。
「……え?」
「……え?」
「そっそんな反応されても絶対に認めないから!それよりさっさと模擬戦室に行くわよ! 付いてきなさい! 薔薇!」
霧咲さんは耳を少しだけ赤くさせ、照れ隠しする様に走って模擬戦室の方へ走っていった。




