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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第9話 町に人、人に想い
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人が生きる町

「階段って、止まってるエスカレーターのことだったんですね」


 停止しているエスカレーターを上りながら啓斗(けいと)が言った。


「そりゃそうさ」と、コーディが、「エスカレーターを動すのに電気を使うなんて、もったいないぞ。エレベーターも、ほとんどのビルでは一基だけ稼働させて、それも、足腰の悪い年寄りや怪我人専用なんだ」

「そうなんですか」


 啓斗たちがエスカレーターを上り二階に着くと、エレベーター待ちでベンチに座っている老人や、松葉杖を突いた人が目に入ってきた。


「そうよ、啓斗」と、ルカが、「健康な人は、自分の脚で歩かなくっちゃ」


 二階から三階へ上がるエスカレーターでは、老人の女性が若い人に手を引かれて、ゆっくりとエスカレーターを上っている姿があった。三階に着くと女性は若者に礼を言い、若者は、お気を付けて、と声を掛けて、それぞれ別々の方向に歩いて行った。


「あ、あの人たち、親子や知り合いとかじゃないんですね?」


 そのやりとりを見て啓斗が言った。


「そうよ」と、ルカは、「別に親切な人だから、っていうのじゃないの。こんな時代、当たり前のようにお互いに助け合っていかないと生きていけないから。ただ、それだけのことなのよ」

「助け合わないと、生きていけない……」啓斗は呟いた。


「ほら、あそこ」


 ミズキが言って指をさした。その向こうにはワンフロアの三分の一程度を切り取った広いオープンテラスがあり、椅子とセットになった、傘の付いた丸いテーブルが幾つも並んでいた。

 啓斗たちは六つの椅子を持ち寄って、ひとつのテーブルを囲んだ。啓斗がカフェでまとめて注文をしてトレイに載せた品を運んでくると、それぞれの前に配った。


「どう、啓斗、ヴィーナスドライヴでの生活には慣れた?」


 ルカが訊いてきた。啓斗はアイスコーヒーの入ったグラスをテーブルに置いて、


「はい、もう慣れましたよ」

「何か要望とか、ない?」

「私、風呂をもっと大きくしてほしい」


 コーディが手を上げて言った。


「啓斗に聞いてるのよ」

「そうだぞ、コーディ」と、アキが、「普段の風呂が狭いから、たまにやる大浴場が快適なんだろ」

「まあ、レジデンスの湯船でもアキにとっては大浴場かもね」

「なにおう」

「啓斗も、普段からもっと大きな風呂に入りたいだろ?」


 コーディは啓斗に賛同を求めた。


「うーん、でも、限られたスペースでやってるんだから、仕方ないところもあるんじゃないかな」

「何だよ―」コーディは口を尖らせた。


「ほらな」と、アキは、「啓斗も、昨日の大浴場は快適だったろ」

「はい、すごくよかったです」


 啓斗が答えると、コーディは、


「快適、っていうか、興奮した?」


 啓斗は吸い込んだコーヒーを鼻から吹き出した。


「したよね?」コーディは、にんまり、と笑うと啓斗に顔を寄せて、「だって、啓斗のあれ、すごいことになってたし……ね、ミズキ」


 ミズキも鼻からジュースを吹き出した。


「な、何で私に訊くのよ!」


 ミズキはハンカチで顔を拭きながら言った。


「え? だって、ミズキも見てただろ。下手したら、私よりも見てたぞ」

「た、確かに見てたけど……」

「見てたのかよ! コーディよりも?」


 啓斗が突っ込んだ。それに続いてルカが、


「まさか、ミズキがあんなに大胆になるなんて思わなかったわ」と言って、にこにこと笑う。


「ち、違……あれは、コーディが……」


 顔を真っ赤にして反論するミズキにカスミが、


「そうよねー。コーディがあそこまでやったら、ミズキだって負けてられないもんね」

「そ、そういうことじゃなくて!」


 ミズキは真っ赤な顔で唾を飛ばした。啓斗もハンカチで顔を拭き、赤くなって黙っていた。


「でも、二人とも」と、ルカは、「ミサとコトミの前では控えてよね。あのあと、二人をうまく言いくるめるの大変だったんだからね」

「な! あの二人の前では、背中を流しただけじゃない!」


 ミズキは、さらに声を張り上げた。


「どうしてミズキたちは、まだ上がらないの? って、訊かれたんだからね」


 ルカが言うと、ミズキは耳まで真っ赤になった。


「おい! お前ら!」アキはアイスティーの入ったグラスを、どん、とテーブルに置いて、「私が上がったあのあと、まさか大乱交パーティーなんかやってないだろうな!」

「やるか!」


 ミズキはテーブルに手を突いて立ち上がった。


「あ! 啓斗!」


 声とともにコトミが駆け寄ってきた。その後ろには、ミサ、タエとクミの姿もあった。公園から戻り、オープンテラスに啓斗たちの姿をみつけて合流したのだった。


「啓斗、これ、あげる」コトミは、手にした緑色をした小さなものを差し出した。


「あ、四つ葉のクローバー」啓斗は、それを受け取って言った。


「公園で見つけたの」と、コトミは笑顔を見せた。


「へえ、この時代でも、四つ葉のクローバーを探したりするんだね」


 啓斗は、まじまじと小さなクローバーを見つめた。


「ミサと一緒に探したんだ」コトミはミサを振り返って、「ね」と、声を掛けた。


 ミサはクミのそばから離れないまま、微笑んで頷いた。啓斗が、「ありがとう」と声を掛けると、ミサは小さく頷いて隠れるようにクミに体を寄せた。


「あれー? もう打ち解けたと思ったのにな」


 啓斗が首を傾げて苦笑いをすると、


「一晩経って、ちょっと冷静になったんでしょ。まあ、そんなにすぐには、ね」


 と、ルカは笑った。コーディは、にやにやと笑いながら、


「もう何回か、お風呂で裸の付き合いをすれば、完全に打ち解けるかもよ?」

「バカ」ミズキが突っ込んだ。


「みんなも何か飲むか?」


 アキが言うとタエが、「じゃあ、私が」と、カフェの注文口に向かった。

 啓斗は、もうひとつテーブルと椅子を四脚持ってきて隣に(しつら)えた。アキ、カスミ、ルカがそちらに移動し、コトミ、ミサ、クミが代わりに啓斗のいるテーブルについた。


「……ねえねえ」と、ミサは隣に座ったクミの袖を引いて、「だいらんこう、って、何?」


 啓斗とミズキは鼻から飲み物を吹き出した。


「し、知らないわよ!」クミは叫んだ。


「さっき、アキが言ってた。パーティーなの? どんな?」


 興味津々の目で食い下がるミサに、クミは真っ赤になりながら、「知らない!」の一点張りで返していた。



 それからしばらく皆は歓談し、買い物を終えたマリア、サヤ、スズカも加わると、テーブルをひとつ増やした談笑の輪は、さらに大きくなった。



「夕御飯どうする? 食べてく?」


 腕時計を見てマリアが言った。時刻は午後五時に近かった。タエは、


「レイナが寂しがってると悪いから、帰って何か作るよ」

「そうだな」と、アキも、「レイナも十分ひとりで気楽な時間を過ごせただろ。そろそろ帰ってやるか」


 そう言って立ち上がった。


「よし、レジデンスまで戻ろうか」


 スズカも言って立ち上がり、それをきっかけに全員が椅子を立った。


 町の出入り口に着くと啓斗は、


「ヴィクトリオン、あっちに停めてあるんで」と言って、皆とは別の方向を指さした。


「私、啓斗と一緒に帰る」コトミが手を上げた。


「啓斗、頼むぞ」


 アキが言うと、コトミは、


「ミサも、一緒に乗ろう」と、ミサの手を取った。


「え?」ミサはタエとクミの顔を見る。二人は笑顔で頷いた。


「この二人なら、一緒に後席に乗れるだろ」


 アキが言うと、コトミはミサの手を取ったまま歩いて、啓斗の隣に立った。


「啓斗、よろしく」

「安全運転でね」

「格闘形態には変形するなよ」


 タエ、クミ、アキの声を受けて啓斗は、


「わ、分かりました」


 と返事をした。コトミは空いたほうの手で啓斗の手を握り、ミサの手を離して、


「ミサは、向こう」と、啓斗の反対側を指さした。


「う、うん……」ミサは啓斗の向こう側に回り、啓斗越しにコトミを見るとコトミは頷いた。ミサも頷き返し、恐る恐る、といったふうに手を伸ばして啓斗の手を摘むように握った。啓斗は、その手をしっかりと握り返し、


「じゃ、行こう」


 ミサを見て笑って言った。啓斗に手を握りかえされたミサは、一瞬、びくり、と体を震わせたが、すぐに啓斗の顔を見上げると、


「う、うん」


 と、はにかんで返事をした。

 コトミとミサは、タエたちに手を振って啓斗と一緒に歩き出した。タエたちも手を振りながら三人の背中を見送った。


「啓斗の車、何て言うんだっけ?」と、コトミが上目遣いで、「び、び、びんちょうたん?」

「ヴィクトリオン。何で備長炭なんて知ってるの?」


 啓斗は笑いながら答えた。ミサは微笑みながら二人の顔を交互に見ていた。



 啓斗たちがヴィクトリオンの駐機場所に着くと、数人の男の子が異彩を放つ白い機体を囲んでいた。


「すげー、なにこれ?」

「かっこいい」

「こんなAFV、あったかな?」


 口々に感嘆の声を漏らしながら興味深そうに眺めていたが、背後に啓斗が立ったことを知ると、ばつが悪そうに横に引いた。それを見た啓斗は、


「はは、いいって」と、コトミとミサから手を離し、ヴィクトリオンのボディに手を突いて、「どう、かっこいいだろ?」と凛々しい表情をしながら男の子たちに言った。男の子たちは無言で頷いた。


「何て言う機体なんですか?」


 男の子のひとりが訊いてくると、啓斗の隣に立ったミサが、


「ヴィクトリオン、っていうんだよ」


 と答え、啓斗と顔を見合わせて笑った。


「び、びくとりおん? 聞いたことない……」


 興味は尽きない、というふうに白い機体を眺める男の子たちに、


「乗ってみるか?」と、啓斗は親指で透明なキャノピーを指した。


「いいんですか?」

「うん、走らないけど、乗るだけ、な」


 啓斗が言うと男の子たちは歓声を上げた。

 啓斗はコクピットのキャノピーを開け、男の子を抱き上げて順番にサドルに跨らせた。サドルに跨りスロットルを握るたびに、男の子たちは聞き取り不能な嬌声を上げる。コクピットから降りた男の子が並んで立つコトミとミサに、


「君たち、これに乗って帰るの?」


 と訊くと、二人は、


「そうだよ」

「いいでしょ」


 と得意げな笑顔になって答え、顔を見合わせて笑った。

 全員をサドルに跨らせると、啓斗は後席のキャノピーを開けコトミとミサを座らせ、キャノピーを閉じた。自分はコクピットのサドルに跨り、


「それじゃあな」


 と男の子たちに声を掛けた。男の子たちは、「ありがとうございました!」と興奮冷めやらぬ声で礼を言って頭を下げた。啓斗は微笑んで、


「お――、お年寄りや、怪我をしてる人には、やさしくしてやるんだぞ」


 そう言うと、「はい!」と、元気な返事が返ってきた。

 啓斗は、お父さんとお母さんを大切に、と言い掛けたが、この子たち全員の両親が健在である可能性は高くない。そう思い直して言葉を飲み込んだ。啓斗は直後、後席に座って笑い合うコトミとミサを見た。

 コクピットのキャノピーを閉じると、啓斗は男の子たちに向かって親指を立てて、スロットルを捻りヴィクトリオンを発進させた。バックモニターに映る男の子たちは、見えなくなるまで手を振っていた。

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