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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第9話 町に人、人に想い
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残されていたもの

 リーチブルートを倒した日の翌朝、レイナたちは手分けをして廃墟付近の捜索に出た。

 レイナとコーディ。カスミとミズキ。啓斗(けいと)はマリアと、それぞれチームを組んだ。アキ、サヤ、スズカの三人が乗り込んでいるヘッドクオーターズは、走行可能な幅の道路を徐行し、転送可能範囲である半径一キロ以内から啓斗のチームを捕捉するようにしていた。

 いつでも啓斗がどのチームの応援にも駆けつけられるように、他の二チームは、さらに啓斗を中心として、決められた半径から出ないようにしながら周囲を捜索する形を取った。


「マリアと組むのって、初めてだね」


 マルチプルライフルの銃口を下げた状態で構え、歩きながら啓斗が言った。


「そうね。よろしく」


 マリアはヘルメットを被った顔で微笑んだ。マリアは強化外骨格のフル装備だが、啓斗は普段着のままだった。いざというときウインテクター転送の障害になるため、通常の強化外骨格は装着出来ないからだ。いつものように、ブーツのみウインテクターのものを履いている啓斗は、


「マリア、本職はオペレーターなのに、大変だね」

「今のメンバーでコンビのチームを三つ作ると、戦闘員以外から、どうしても誰かひとり出さなくちゃいけないからね。私には軍属経験もあるし、一応、ひと通りの訓練を受けてるから」

「へえ、そうなんだ。レイナさんもだよね?」

「うん、レイナだって強いのよ」

「知ってる。昨日、ブルートと向かい合って一歩も引かないでミサを救出したんだよね。凄かった」

「でしょ」と、マリアは啓斗の顔を覗き込むようにして、「レイナ、かっこいいよねー。憧れちゃうなー」


 視線を上に向けて、目を細めた。


「こら」と、レイナの声で通信が入り、「私語は慎む」

「いけない。全部聞こえてるんだった」


 マリアは、ちろっと舌を出して、表情を引き締めた。



「啓斗」マリアは倉庫の大きな扉の前で、「この倉庫、誰か出入りした形跡がある」


 扉の前には、溜まった埃や砂を何者かが踏み荒らし、明らかに倉庫を出入りした足跡が無数に残されていた。

 廃墟にある建物全てを捜索することは不可能なため、レイナは誰かが立ち入った形跡が認められる建物だけを捜索するよう指示していた。何かあった場合には即座に救援に駆けつけることが出来るように、相互に連絡を取り合いながら同時に二チーム以上が建物に入らないように調整も掛けていた。


「……はい、分かりました」啓斗は通信を終えて、「マリア、オーケーだ。入ろう」


 レイナは自分とカスミのチームに止まれの指示を出し、啓斗とマリアが倉庫に入ることを許可した。


「行くよ」啓斗は小声でマリアに言って、倉庫の扉を少しだけ引き開けた。


 倉庫の中は窓が少なく、日差しはほとんど入ってこない。マリアはヘルメットから暗視スコープを下ろして顔に掛けると、扉の隙間から中を窺った。


「……うん、誰もいない。荷物がいくつか置いてあるだけ」


 マリアが言うと、ヘルメットを被っていない啓斗は懐中電灯を取り出し、「マリア、先行する」と、ライフルを構えて倉庫の中に滑り込んだ。


「中にも足跡があるね」


 啓斗に続いて入ったマリアが、暗視スコープを掛けた目で周囲を見回しながら言った。倉庫内は広く、啓斗とマリアは左右に分かれて捜索することにし、啓斗は左の壁際を歩いた。


「うっ……」

「どうかした? 啓斗」


 啓斗が漏らした声は、ごく小さなものだったが、静寂が支配し密閉された倉庫内では反対側の壁際にいるマリアの耳にも届いていた。


「い、いや、何でもない。ちょっとむせただけ」

「埃っぽいもんね」


 啓斗の答えにそう応じると、マリアは再び壁伝いに捜索を再開した。

 啓斗は立ち止まっていた。マリアの位置からでは荷物の影になって見えないが、啓斗の目の前にはブルーシートが広げられ、細かな肉片と思しきものが数個転がっていた。啓斗は手で口と鼻を押さえると、懐から小型カメラを取り出してフラッシュが漏れないよう上着を被せて、その肉片を写真に収めた。肉片の断面は鋭い刃物で切り取ったかのように滑らかだった。


「啓斗」マリアの呼ぶ声がして、「こっちは何もないよ。そっちは、どう?」

「う、うん。こっちも、何もない」


 啓斗はカメラをしまい、ブルーシートから足早に離れながら答えた。


 倉庫を出た二人は他のチームが建物に入っている間、待機し、また、自分たちも別の怪しい建物内を捜索する。何回かこれを繰り返すと、


「みんな」と、レイナから通信が入り、「これくらいにしましょう。全員、帰還して」


 啓斗たちは、「了解」と答え、ヘッドクオーターズに戻った。



「この辺りには、確実に何者かがいた。でも、今はいない。そういうことね」


 司令室でテーブルを囲んだメンバーに、報告を受けたレイナが捜索の成果を総括した。捜索メンバー以外には、アキとドライバーのスズカも参加していた。コンソール席にサヤも座っている。


「ええ、しかも」と、カスミが、「いなくなったのは、ごく最近。いえ、昨日と言ってもいいかもしれないわ」

「昨日……」啓斗は呟いて、「もっと早く捜索をしていれば、残りのブルートを発見して殲滅出来てたかも」

「啓斗」悔しそうな表情の啓斗にレイナは、「あの後、私たちが、啓斗が、まともに戦えた? 啓斗だって、ろくに寝ないでミズキたちの捜索に加わったじゃない」

「で、でも、ですね……」


 何か言いたげな啓斗に、レイナは、


「無理に突っ込んでたら、返り討ちに遭っていた可能性も高かったわ」

「啓斗」と、カスミが声を掛け、「ミサの話だと、ブルートは倒したリーチの他にも、もう三体いたことになる。そのうちの一体、スタッグは確認したけれど、残る二体は全く正体不明なのよ。ヴィクトリオンもバッテリー切れで動けなかった。いくら啓斗でも、三対一じゃ分が悪すぎるわ」


 カスミの言葉を聞いた啓斗は、それでもまだ、やりきれない顔をした。それを見たコーディは、


「私たちは、ミズキ、コトミ、ミサを取り戻した。それも、ほとんど無傷で。それで十分だろ、啓斗」

「そうだよ、啓斗」と、ミズキも笑みを浮かべながら、「私も、コトミも、ミサも、こうしてまた、無事みんなと再会出来た。啓斗のおかげなんだよ」

「そうそう」コーディはミズキの肩に手を置いて、「ミズキも頑張ったしな」


 と言ってウインクした。ミズキは、はにかんだように微笑む。さらにコーディは、


「昨日は、三人とも無事に帰ってきて、みんなでお風呂に入ってゆっくりと休む、それでよかったんだよ」


 それを聞くと、啓斗は少し顔を赤らめる。


「ん? どうした? あ、お風呂でのこと思い出した?」

「え? ち、違うって!」


 啓斗がさらに赤くなると、皆は笑った。ひとしきり笑うとレイナが、


「啓斗、またみんなで入りましょう」

「レ、レイナさん!」


 皆は、また笑い出したが、ミズキとコンソール席に座ったサヤだけは、先ほども今も笑わずに下を向いて赤くなっているだけだった。


「さて」と、レイナは、「それじゃあ、今日の仕事はこれでおしまい」

「おしまい、って? レイナさん?」


 啓斗が訊くと、レイナは、


「言った通りよ。今日はもうオフにしましょう。レジデンスのみんなにも言ってあるの、ヘッドクオーターズが無事帰ってきたらオフにするってね」

「ようし、そうと決まれば!」


 スズカは司令室を出て運転席に走った。サヤはコンソールに向かって、レジデンスに町に帰還する旨を告げていた。

 ヘッドクオーターズのエンジンが始動し車体に振動が加わる。皆は椅子に腰掛け、これからの予定を話し合っていた。啓斗はレイナと話しているアキに、


「あの、アキさん、これから何か用事入ってますか?」


 声を掛けられたアキは啓斗を振り向いて、


「ん? どうした? デートの誘いか?」

「ち、違います!」

「何だ、違うのか」

「あ、あのですね、ヴィクトリオンのことで、ちょっと相談が。もし時間あれば、この後いいですか?」

「……いいよ。私も実際に乗って具合を見たいし」

「えー」と、それを聞いたコーディが、「啓斗、一緒に遊びにいこうぜ」

「そうだよー」と、ミズキも言った。


「ごめん、また今度。本当にごめん」


 啓斗は二人を拝んだ。


「アキ、悪いわね。せかっくのオフなのに」レイナは言って立ち上がった。


「いいって」


 アキがそう返すと、レイナは微笑んで、


「私は部屋でちょっと休んでるわ。何かあったら呼んで」


 そう言い残して、手を振ると司令室を出た。


 啓斗はレイナの背中を黙って見送り、アキは、その啓斗の横顔を見ていた。



「どう? 何か調子の悪いところとか、ない?」


 ルカは啓斗の胸に聴診器を当てながら訊いた。


「はい、特には、何も」

「特に?」啓斗の答えを聞いたルカは、「特に、じゃなければ何かあるってこと?」

「い、いえ、大丈夫です。全然問題ないです!」


 上半身裸の啓斗は慌てて言い切った。


「本当に何か少しでも異常を感じたら、すぐに言うのよ。遠慮なんてされたら、こっちが困るんだからね」

「はい、すみません」


 啓斗が詫びると、ルカは聴診器を外して笑って、


「謝ることないわ。啓斗の体は人類の宝なんだからね」


 ルカがパソコンに検査結果を入力していると、今度は、


「よし、啓斗、次は私だ」


 と啓斗の後ろに座っていたアキが声を掛けた。啓斗は椅子の座面ごと百八十度回転してアキに正面を向けた。

 アキは啓斗の胸に埋め込まれている赤い半透明の半球を覗き込んでから、持っている機械から伸びるコードの先を半球体に接触させ、機械のモニターを見る。


「うん、正常だ」そう言って啓斗の顔を見て、「どうだ、何か違和感とかあるか?」

「いえ、全然」啓斗は自分の胸に埋め込まれた楕円形の半球体を撫でながら、「俺、これがあるってこと全然意識しなくなりましたよ。シャワー浴びるときに服を脱いで、鏡に映った自分の体を見て、ああ、そうだった、なんて思うくらいで。シャワーのときも普通にタオルで洗っちゃってますし。問題ないんですよね?」

「ああ、当たり前だろ。これは」と、アキは赤い半球体を指で突いて、「もう啓斗の体の一部なんだから」

「俺の体の一部……」


 啓斗は改めて自分の胸を覗き込んだ。


「さて」と、ルカは大きく伸びをして、「町に行きましょ。啓斗は何して遊ぶの?」

「あ、いえ、俺は、アキさんと」

「デート?」

「ち、違いますよ!」


 啓斗は言下に否定した。


「おい、啓斗」アキは機械をしまいながら、「そんなに私とデートするの嫌か?」

「い、いえ、そうじゃなくてですね……」

「ヴィクトリオンの調整だ」


 狼狽(うろた)える啓斗をよそに、アキがルカに言った。


「あら、そうなの。大変ね。じゃあ、レイナと一緒に留守をお願いね」

「え? レイナさんも残るんですか?」

「そうよ。いつもはマリアかサヤのどちらかも一緒なんだけど、今日は特別オフだからって。ヘッドクオーターズとハンガーをここに残して、レイナひとりで見てるそうよ」

「そうなんですか」


 そう言うと啓斗は立ち上がって上着を着た。


 ルカの言った通り、その場に無人のハンガーと、レイナひとりが乗ったヘッドクオーターズを残して、他のメンバーは皆レジデンスに乗りあわせ一路町を目指した。


 啓斗はヴィクトリオンの後席にアキを乗せ、自身もコクピットのサドルに跨っていた。ウインテクターは装着しておらず、ヘッドクオーターズ周辺の荒野を低燃費速度で走っていた。


「凄いですよね、このヴィクトリオン」

「だろう。地球の科学力の結晶だからね」


 啓斗とアキとの会話は、コクピットと後席とを繋ぐ通信で成されている。


「アキさんが作ったんですよね?」

「まさか。関わってはいたけれど、ウインテクター同様、私ひとりで作ったわけじゃもちろんないさ。私も、こうしてヴィクトリオンが動いているのを見ると感慨深いよ」

「俺以外の人間には動かせないんですよね。あ、でも、それじゃあ、どうやって開発とかテストをしてたんですか?」

「ああ、それはな、一度普通の人間にも動かせる機体を作ってテストして、オーケーが出てからブルータルエフェクターを埋め込んだんだ」

「ブルータルエフェクター?」

「ブルートヴィークルの出力機構さ、そいつを埋め込めばブルートのバリアをキャンセル出来るようになるんだけれど、代わりに普通の人間には動かせなくなる」

「え? じゃあ、ヴィクトリオンって、ブルートヴィークルと同じエンジンで動いてるっていうことなんですか?」

「エンジン、っていうのとはちょっと違うけど、簡単に言えば、そうだよ」

「エンジンじゃない、って、どういうことなんです?」

「このヴィクトリオンはね、普通の車みたいに、発動機関があって、そこで作られた動力をタイヤに送って回してるんじゃないんだ。タイヤひとつひとつが独自の動力を持っていて、コンピューターがそれを統括制御しているんだよ」

「何だか凄いんですね」

「多分、啓斗のいた時代でも、実用化に向けて研究はされていたと思うよ。ヴィクトリオンは、この機構ならではの動きが出来てね。啓斗は運転してるから見えないだろうけど、ヴィクトリオンのタイヤって正面向きに固定されていて、舵が切れないんだ」

「え? でも、きちんと曲がれますよ?」


 啓斗がハンドルを切ると、ヴィクトリオンを緩やかにカーブ走行する。


「それはね、左右のタイヤの回転数を変化させることで舵を切ってるんだ」

「回転数を変化? それで曲がれるんですか?」

「曲がれるよ。例えば、同じ回転数で回ってる左右のタイヤの、右側だけの回転を弱めると、どうなる?」

「うーん……あ! 左のタイヤだけが早く動くから、右に曲がる?」

「正解。分かりやすく言えば、戦車の履帯、キャタピラって言ったほうが通りがいいかな、みたいなものなんだ。だから、信地旋回(しんちせんかい)も出来るんだよ」

「しんちせんかい? って、何ですか?」

「左のタイヤを停止させた状態で、右のタイヤだけ回すんだ。そうすると、左タイヤを軸にしてターン出来るだろ」

「……ああ、そうですね」

「狭い場所で向きを変えるのに有効な動きだ。さらに、超信地旋回も、もちろん出来る」

「超?」

「これは、右タイヤを前進、逆に左タイヤを後退させるんだ。そうすると、機体はその場でターンするだろ」

「……ああ、確かに!」

「やってみるか?」

「はい」

「じゃあ、操作をマニュアルにして。ブレインウェーブスインターフェイスだから、切り替えは簡単だろ? 出来た? マニュアルモードになると左右のスロットルが、それぞれ左右タイヤに相当する。奥に捻れば前進、手前に捻れば後退、だ」

「なるほど、よし!」

「バ、バカ! 停止してから――」


 啓斗は右スロットルを奥に、左スロットルを手前に捻った。


「うわーっ!」

「きゃー!」


 ヴィクトリオンは走行しながら反時計回りに回転して、啓斗とアキは悲鳴を上げた。ヴィクトリオンは数回回転して、啓斗がスロットルを離すと停止した。


「啓斗! 走りながら超信地旋回なんてするやつがあるか!」

「す、すみません……」


 啓斗は後席を振り返って詫びた。アキの小さな体はシートから落ちていて、キャノピー越しに脚だけが見えていた。


「アキさん、すみません」啓斗はもう一度詫びて、「でも、アキさん、シートベルトしてたほうがいいですよ……」


 そう言った啓斗だったが、後席キャノピーの向こうで立ち上がったアキが眉を吊り上げているのを見ると、「す、すみません!」と、もう一度謝った。


「啓斗、休憩しよう」ずれたメガネを直しながらアキが言って、「……私に、何か話があるんだろ」

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