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(ん……)
深い眠りから急激に引き上げられる感覚に、アッシュはベッドの上で暫し戸惑った。
体に思考がついていかない。
それでも己の上に圧し掛かった重みとその冷えた体から、ああ、あの人が来たのだ、と朧げながら察すると同時に、意識がクリアになって行く。
「……アルフレッド……?」
「起こしてしまったな」
顔は申し訳なさそうにしながらも、その口調は少しも悪いと思っていない様子である。
今は何時だろう……とカーテンの向こうを伺って、未だ世界が真っ暗闇の中にあるのを感じる。冷えた空気も、未だ夜が明け始めていないのだと教えてくれた。
もぞ、と動けば、その動きを制するようにアルフレッドが抱きしめてくる。どうすれば良いか解らず、とりあえず両手を体の脇に下ろす事で、従順の意を示した。
「今日は、来る予定では無かったのでは?」
とりあえずの疑問を返すと、皮肉げな笑みが返る。
「もう、『今日』じゃないだろう?」
「それは、詭弁というものだ」
「ああ、文句なら後で聞く。アンタと喧嘩をしたい気分じゃないんだ……とにかく今は、眠らせてくれ」
ぐったりと、それこそ倒れこむように自分の上に倒れこんだアルフレッドの体は、相当に重い。それでもそれを跳ね除けることは出来ず、アッシュは諦めたように溜息をついた。
(これでは、私のほうは眠れそうに無い)
このままアルフレッドの気が済むまで動かずにいなければいけないのだろうか。
苦行のような想像にアッシュの眉がわかる程に潜められたとき、突然上に圧し掛かっていたアルフレッドがアッシュの上から退いた。
しかしそのままアッシュの体に回した手は離さず、その暖かな体の横に倒れこむと、まるで宝物を抱きしめた子供のような顔で眠りにつく。
その穏やかな寝顔には確かな疲労が浮かんでいて、一瞬アッシュは息を呑んだ。
(いつもは、私のほうが先に寝入ってしまうから……)
アルフレッドの寝顔を見るのは初めてだった。
限界近くまで愛されて、まるで意識を失うように眠りに落ちるのが常で、そんな自分をどんな顔でアルフレッドが眺めているのか当然アッシュは知らない。
それでもきっと、今自分はひどく幸せそうな顔をしているのだろうと気付き、慌ててシーツに顔を埋める。そしてこのような状況にあってまで望みを捨て去ろうとしない自分に、もう一度アッシュは溜息をついた。
そしてそれから暫くの間、健やかな寝息を立てるアルフレッドの美しい寝顔を息を潜めるようにして見つめていたのだった。
「ああ……どうしようか。……私は今日の予定を……いない……。そろそろ、ヴィルあたりが……、そう、きっと心配……」
囁くようなアッシュの声で、アルフレッドは目を覚ました。
しかし抱きしめようと伸ばした手は空振りに終わり、アッシュが存外遠くにいるのだと認識する。
「アッシュ?」
問いかければ、扉を細めに開けて、おそらくはエマと話し込んでいたであろうアッシュが、安堵を顔に滲ませて振り向いた。
「ああ。起きたのか、アルフレッド。良かった」
「……今は何時だ?」
「もう、午前の政務が始まる時間だ。今頃ヴィル辺りが真っ青になって探しているだろう」
「俺が行かなくったって問題は無いさ」
「それでも、従者を困らせるのは感心しない」
ラッカにいた頃には、自分も従者を持つ身だったのだろうアッシュらしい気遣いだった。そんな彼女らしさにふっと微笑むと、アルフレッドはベッドから身を起こした。
「アンタのベッドは寝心地が良いな。つい、寝過ごしてしまった」
「そんなに寝心地が良いというのなら、貴様にそのベッドを進呈しよう。存分にひとりで休んでくれ」
殊更「ひとりで」を強調するアッシュに苦笑する。そんなに自分と寝たくはないのだろうか、とアッシュの顔を見れば、薄っすら目の下に隈のようなものが出来ている。
「……アンタ、眠れなかったのか?」
愁眉を潜めながら頬に指を滑らせれば、弾かれたように後ろに数歩下がったアッシュが、頬に朱を上らせる。