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そこには、目の覚めるような美しい女性が立っていた。
背はかなり高い。
銀に近い長い髪を優雅に結い上げ、肌も露な裾の長いドレスを身にまとっている。大きく開いた背から覗く肌は滑らかで、浮き出る肩甲骨の動きまでが彼女の魅力のひとつになっているかのようだった。
彼女はその厚くぽってりとした唇を僅かに開くと、アルフレッドに向かって嫣然と笑って見せた。
「久しぶりね、アルフレッド。どうやら新しい人に夢中のようで、なかなか捕まらずに苦労したわ」
意味ありげな視線にあからさまにため息を吐くと、アルフレッドは降参と言った様に両手を挙げる。
「悪かった。決して疎かにしていた訳じゃ無い。だからそんな人聞きの悪いことを言うのは止めてくれ」
「あら。そうかしら? ……あまり夢中になりすぎると、あの人の耳にも入りかねないわ」
「あの人」の言葉を口にした途端、彼女の目が鋭くなる。それは正しく「警告」の意味を込めて、だろう。軽い口調を装ってはいるが、真剣に彼のことを心配してくれているのだと知れる。
「ああ。充分に、気をつける。……ありがとう、シルマ」
彼女の左手を取って口付ければ、自分の思いが伝わったことに満足したのか、「シルマ」と呼ばれた女性は、心からの優しげな笑みを浮かべた。
「本当に、気をつけて頂戴。貴方に何かあったら、私はなんのためにブラドリーの元へ行ったのか解らなくなるわ」
続けた言葉に、アルフレッドが痛いような目をした。それにまずいことを言ったと僅かな後悔をしながら、シルマは続ける。
「いえ、それが嫌だというんじゃないわ。私にとって、貴方は誰よりも大事なのだもの。だから、貴方を守りたい。それは、解って頂戴」
口付けた手に己の手を重ねて、アルフレッドの手を両手で握り返す。そんなシルマをじっと眺めていたアルフレッドは、彼女を安心させるような笑みを浮かべた。
「いつからそんな心配性になったんだ? 姉さんは」
からかうように言ってやれば、シルマが薄っすらと微笑んだのが解った。
「あら。可愛い弟の心配をしてはいけなくて?」
殊更年下を扱うようにさらりと言ってやれば、アルフレッドが不満げに鼻を鳴らす。
「……そんな気持ちがあるのなら、弟の部屋を訪ねる時くらい、もっと大人しい格好をしてきてもらいたいね」
「あら、私には正装よ?」
「俺の側近には若い者が多いんだ。どの位彼らの目の毒になるかも考えてくれ」
「毒とは、あまりにも失礼じゃない? アルフ」
心底気分を害したように片眉を吊り上げる。
その様はアルフレッドとよく似たものであったけれど、幸いというべきか不幸にもというべきか、この時の弟はそれに気付いてはいなかった。
「気分を害したなら、謝るよ。確かに美しいものは、隠しておくべきでは無いだろうな」
「……では、貴方の隠している『麗人』には、いつお会い出来るのかしら?」
やっぱりそう来たか、とアルフレッドは内心で苦い顔をした。
万が一のため、ブラドリーⅡ世の後宮に上がる姉だけには、アッシュの事を知らせておいた。
当の書面は既に姉の手によって燃やされているだろうが、この自分の事に関しては何事にも興味を持つ姉が、アッシュに会いたいと言い出さない訳は無かった。
「今日、という訳にはいかないが、きっといずれ会わせるから」
その瞬間、シルマはおや、という思いを顔に出していた。そのアルフレッドの顔は、照れているような、しかし勤めてそれを隠したがっているようなものだったからだ。
他の人間が見ればそうとは解らぬ変化だろうが、幼い時から早くに無くなった母親の代わりとしてアルフレッドを見守ってきたシルマには簡単に見抜ける程度の虚勢だった。
「……美しい人なのね?」
「姉さんほどじゃないよ」
「あら。貴方の瞳はそうは言っていないわ」
探る瞳で見つめれば、面白いように動揺する様が見て取れる。
あの、鉄壁なほどの無表情を作ることには定評のある弟がこんな顔をするとは、随分意外なこともあるものだ。これは、もしかすると……。
「それならば、なおさら気をつけることね。あの人は、美しい女性に目が無いわ。おそらく、宝石や絵画と同じくらいには、ね」
もちろん、それだけでは無いのだが。
アッシュの存在がアルフレッドにどのような危機をもたらすのか。互いに口にせずとも知っている。
「……。ああ、気をつける」
「ええ。そうして頂戴。いずれ会える日を楽しみにしていると伝えておいて」
「誰に」とは言わず言い置いて、アルフレッドの両頬に柔らかなキスを残すと、シルマは音も立てずに部屋を出て行った。
その後姿に感謝の言葉を述べながらも、アルフレッドは軽いため息を吐く。
(確かにアッシュの存在は、俺にとっても危険の種だろう。しかしそれでも……俺は彼女の手を離すことなど出来ない)
姉の去った扉をじっと見つめながら、アルフレッドは音の無い部屋の中で、暫く無言のまま佇んでいた。




