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第49話 その武器の名は

 濡れた甲板を、白い触手が薙いだ。


 水飛沫が夜の闇へ散る。


 その先端が跳ね上がった直後、リセナは横へ跳んだ。


 着地したところへ青白い亡霊が迫り、伸ばされた腕を身を低くしてかわす。


 そのまま足を止めず、触手と亡霊を引き連れながら甲板を走り続けていた。


 レンリは、その姿を目で追った。


 リセナは敵から逃げながらも、決して振り切ろうとはしていない。


 触手も亡霊も、自分から離れさせないように動いている。


「リセナっ……!」


 呼びかけると、リセナが一瞬だけ振り返った。


「私が、引きつける」


「え……?」


「その間に、魔装を」


 レンリは息を呑んだ。


 リセナが時間を作っている。


 ならば、その時間を無駄にはできない。


「どっ……どんな魔装に?」


 レンリが問いかける。


 リセナは迫ってきた亡霊をかわし、続けて振り下ろされた触手から身を逸らした。


「亡霊と……あの触手を斬れる魔装を」


 レンリの指先が止まった。


「……それは」


 リセナが再び走る。


 白い触手が甲板を叩き、亡霊たちがその周囲を漂う。


「言ってくれるね……霊を斬るだけの魔装でも結構、大変なんだけどな」


 レンリは術式を見つめた。


 亡霊を斬るための性質。


 触手を斬るための性質。


 それを一つの魔装に同時に持たせる。


「そんな両方の性質を兼ね備えた魔装だなんて……正直、ちょっと厳しいな」


 レンリの呟きに悔しさが滲む。


「……駄目だ……形成のイメージが掴めない」


 無意識の内に首を横に振るレンリの耳に、リセナの声が届く。


「レンリ、一つの武器でなくてもいい。霊を斬れる魔装と、触手を斬れる魔装……二つ同時にあれば、戦える」


「それだって厳しい。別々の魔装を同時に形成するなんて……」


 レンリが言いかけている、その時だった。


 リセナの逃げた先へ、別の触手が回り込んだ。


 白い巨体が、夜の甲板を覆う。


「――くっ!」


 リセナが跳ぶ。


 しかし、触手はその動きを追うように振り抜かれた。


 白い触手が、リセナの胴へとぶち当たる。


「――っ!」


 鈍い音とともに、小さな身体がくの字に折れ曲がるようにして宙へ跳ね上がった。


 そのまま甲板を転がり、何度か身体を打ちつけて止まる。


「リセナっ!」


 レンリは思わず駆け出しかけた。


 防御術式なら、まだ間に合う。


 けれど、その手元には完成していない術式がある。


 ここで捨て置くわけにはいかなかった。


 その間にも、亡霊たちがリセナへ群がっていく。


 リセナは起き上がろうとした。


 だが、その身体へ青白い影が絡みつく。


「……っ」


 亡霊がまとわりつき、細い身体を締め上げていく。


 リセナの顔から血の気が引いた。


 苦しげに噛み締めた口元から、声にならない息が漏れる。


 亡霊に触れられるたび、身体だけではなく、その奥にある何かまで削られていくようだった。


「りっ……リセナっ……!」


 レンリは術式から手を離しかけた。


 けれど、その瞬間。


「レンリ……」


 リセナが顔を上げた。


 紅い瞳が、まっすぐにレンリを捉える。


「それよりも……武器を……」


「えっ……?」


「二つを同時に……が、難しいなら……」


 息が途切れる。


 それでも、リセナは言葉を続けた。


「一つでいい……」


「な、何を言って……?」


「二つで……一つの……武器がある……」


 レンリは目を見開いた。


「二つで……一つ……?」


「それを……イメージして……」


 その言葉だけが、レンリの中へ落ちた。


 亡霊を斬る刃。


 触手を斬る刃。


 別々のものなら、別々に作ればいい。


 けれど、二つを同時に形成することもまた難しい。


 それなら――別々の二つを、一つの武器として扱えるのなら。


「……そうか」


 レンリの中で、術式の組み方が変わった。


「これなら、いける……かも!」


 レンリは駆け出した。


 濡れた甲板を蹴る。足を取られそうになりながらも、構わずリセナへ向かって走る。


 亡霊が振り返る。


 触手が迫る。


 その間を必死に跳ねて抜けながら、レンリは両手の中で魔力を編み続けた。


 別々の魔装を二つ形成するのではない。


 一つの魔装。


 その中に、二つの刃を成立させる。


 術式が複雑に絡み合う。


 魔力が指先から腕へ流れ、身体の奥まで熱を持ちはじめる。


「リセナッ……! 間に合えっ……!」


 レンリの手から、淡い魔装の光が伸びた。


 まとわりつく亡霊の間をすり抜け、その光がリセナの両手へ届く。


 次の瞬間。


 リセナの身体に絡みついていた亡霊たちが、一斉に切り裂かれた。


 青白い輪郭が崩れる。


 夜の海風に溶けるように、亡霊たちは消えていった。


 自由になったリセナが、ゆっくりと身体を起こす。


 白銀の髪が濡れた頬へ張りついている。


 それを手で払い、リセナは自分の両手へ視線を落とした。


 そこには――。


 二本の小型剣が握られていた。


 夜の甲板に浮かぶ月明かりを受けて、その双剣は静かに輝いている。


 レンリは荒い息を吐きながら、その姿を見つめていた。

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