第45話 霊短剣ハザルシャ
リセナは少しだけ視線を落とした。考えをまとめているような間があった。
「できるだけ小さく……そんなに強くなくてもいい」
「オッケイ――!」
リセナの要望は的確で、レンリの想定通りだった。
大勢の乗客たちがいる以上、大きく強い魔装は扱いづらい。
戦闘に巻き込みかねないからだ。
手元に収まる程度の小さな刃。
そのくらいで、丁度いい。
そして亡霊の後には、ヴァグラゲルがまだ控えている。
この戦闘ですべての魔力を使い切ってしまうわけにはいかない。
「そして……」
リセナは障壁の向こうへ目をやった。
亡霊の青白い腕が、幾度も光の膜を叩いている。
「亡霊を……斬ることのできる、刃」
「――了解、っと!」
レンリは障壁ごしに、亡霊の姿を見据えた。
亡霊を斬ることのできる刃。
それはつまり、亡霊に干渉できるモノで魔装を組み上げる必要があるということ。
物理的な構造を持たない霊の類は、物理的な干渉を受けることはない。
霊もまた、先程のように偽りの肉体などを用いない限り、それ単体では物理的なものに干渉することはできない。
それぞれが、別の次元の存在のようなもの。
逆にいえば、霊と同じ性質を持つものなら、霊に干渉することができる。
形成すべき魔装の構成が、決まった。
あとは、霊の構成――霊素子とも言うべきそれを、魔術で再現すればいいだけのことだ。
レンリは目を細め、亡霊を凝視する。
参考となる存在は、目の前にある。
触れて確かめるわけにはいかない。
だから、見るしかなかった。
青白い輪郭。
人の形を保っているようで、輪郭の内側には何もない。
ただ、薄い膜のようなものが幾重にも重なり、辛うじて形を保っている。
防御術式を通じて、ゆっくりと魔力の触覚を伸ばし、調べる。
構造、構成、理解できない部分は後回しにして、ただ必要最小限の仕組みだけを、写し取ればいい。
目を閉じる。
霊素子の重なり。
その本質は、かつて魂だったものの成れの果て。
それを、レンリは自分の魔力だけで一から編んでいく。
何も足さない。
何も引かない。
ただ、見えたものの理屈だけを頭の中に描き、その通りに魔力を組み上げていく。
指先に、これまでとは違う感触の魔力が集まっていく。
温度のない光だった。
レンリの手のひらの上に、小さな靄が生まれる。
青白くも、透明でもない、その中間の光。
魔装術で武器を象るときと同じ要領で、レンリはその靄へ形を与えていく。
柄。
刃。
長さは、掌に収まる程度でいい。
握り込めるだけの、短剣ひとつ分。
光が凝縮し、輪郭を持ち上げる。
そして、そのまま隣に立つ少女の掌へ、静かに送り込んだ。
リセナの手のひらの上に、青白く発光する短剣が現れた。
「――できた」
小さく息を吐く。
魔装は、ふとした瞬間に名を思いつくものだ。今回もそうだった。
霊短剣――ハザルシャ。
レンリはその名を胸の中だけで呟き、柄をリセナへ差し出した。
「ほい、注文通りでしょ」
リセナは短剣を受け取ると、しばらくその刃を見つめていた。
感触を確かめるように、軽く握り直す。
「……さすが、レンリ」
それだけ言うと、リセナは前を向いた。
白銀の髪が揺れる。
亡霊の群れが、また障壁へ殺到していた。
「レンリ……乗客の防御、強めに」
「リセナこそ、慎重にね」
小さくこくりと頷き、リセナは握り締めた霊短剣を構える。
そして、駆ける。
ドレスの裾が舞い上がる。
踏み込みに迷いがない。
まるで、これから何をすべきか、身体の方が先に知っているかのようだった。
短剣が閃く。
先頭の亡霊の身体を、刃が横に薙いだ。
朧げで実体のない輪郭が、裂けた。
その断面から、青白い光が細かな粒になってほどけていく。
音もなく、亡霊は消えた。
「……効いてる」
レンリの声が漏れる。
けれど、驚いている暇はなかった。
リセナはすでに次の一体へ踏み込んでいる。
白銀の髪が、ドレスの裾を追い越すように翻った。
伸びてきた腕を、紙一重で見切る。
避けるというより、そこにあることを最初から知っていたかのような動きだった。
身体を横へ流し、亡霊の懐へ入り込む。
下から掬い上げるように刃を振り上げる。
軌道に迷いがない。
狙う場所、力の向き、踏み込みの深さ。
そのすべてが、最初から答えを持っているかのように定まっている。
亡霊の身体が二つに裂け、光の粒となって消えた。
三体目が、背後から迫る。
振り向かない。
リセナは重心をわずかに落とし、身体を半回転させながら短剣を振り抜いた。
刃が描いた弧が、青白い残光を宙に薄く残す。
亡霊の腕が肘の先から失われ、続けて胴が薙がれる。
崩れた輪郭が、粒子となって舞踏会場の淡い光へ溶けていった。
「……右」
短い声。
視線すら向けず、リセナはただそれだけを呟き、刃を振るう。
そこに揺らめく亡霊の頭頂部が、裂ける。
四体目、五体目。
亡霊たちは、もはやリセナを捉えられなくなっているようだった。
斬るたびに、動きが滑らかになっていく。
踏み込みは短く、無駄がない。
亡霊の一体が、両腕を大きく広げてリセナの正面へ突っ込んでくる。
リセナは半歩だけ引き、相手の重心が崩れた瞬間を見計らって、下から顎を割るように刃を通した。
もう一体が、床を這うように低く迫る。
リセナは跳ばない。
むしろ膝を深く落とし、逆に相手の懐へ飛び込むようにして刃を横一文字に走らせた。
そのたびに、青白い光が粒となって散っていく。
まるで、乱れ舞う花弁のようだった。
レンリは、その光景から目を離せずにいた。
大広間を漂っていた青白い影が、少しずつ数を減らしていく。
残り二体が左右から挟み込むように迫った。
「リセナ――!」
レンリが思わず声を上げる。
リセナは短剣を逆手に持ち替えた。
そして身体を独楽のように回しながら、一度の動作で両方の間合いへ刃を届かせる。
白い残光が、円を描くように大広間の空気を薙いだ。
二体の亡霊が、ほぼ同時に光の粒となって消えていった。
静けさが戻る。
亡霊の気配は、もうない。
残っているのは、荒い息遣いと、床に散らばった舞踏会の残骸だけだった。
リセナは短剣を下ろし、その刃をじっと見つめている。
「リセナ、大丈夫だった?」
「ええ、それよりも……」
リセナは短く答え、大広間の奥へと視線を向けた。
レンリも合わせて同じ方向へと向き直る。
柱の陰、崩れた装飾の向こうに、ヴァグラゲルがまだ立っていた。
「我が亡霊たちを、斬る……だと?」
先ほどまでの余裕のある笑みは消えている。
その顔に浮かんでいるのは、苛立ちでも、驚愕でもない。
どちらかと言えば――値踏みするような、静かな目だった。
そのとき。
大広間の奥から、低く長い響きが伝わってきた。
床が、ごくかすかに震える。
「な、なに……? この音……」
一度だけで、それ以上は続かない。
波に揺れる音にしては、少しだけ重かった。
レンリはそちらへ目をやったが、何が起きたのかまでは分からない。
「レンリ……?」
リセナの声に、我に返る。
「……あ、いや、なんでもない」
そう答えたものの、胸の奥に残った小さな違和感は消えなかった。
今はまだ、それを確かめている場合ではない。
大広間の向こうで、ヴァグラゲルがゆっくりと足を踏み出した。




