第3話 幾重もの封印術式
純白とも銀色ともつかない、不思議な光沢を纏った巨大な棺。
その表面には、幾重もの封印術式が刻み込まれていた。
「すごい……」
レンリは思わず感嘆の息を漏らす。
魔術師として生きてきたからこそ分かる。この棺に施された術式は、これまで見てきたどんなものとも比べものにならないほど美しく、そして完成されていた。
「これ、一体何重に封印されてるの?」
恐る恐る棺へと手を伸ばし、その表面へと指先を触れさせる。
途端に、淡い光が幾筋も走った。
「わっ!?」
咄嗟に手を引く。
だが、攻撃術式ではない。
術式の一部が、まるでレンリを観察するように淡く明滅していた。
「……鑑定術式?」
いや、それだけではない。
認証、封印、隠蔽、魔力制御――いくつもの術式が複雑に絡み合い、一つの巨大な術式として完成している。
「なにこれ……気持ち悪いくらい綺麗なんだけど」
術式とは、本来そこまで万能なものではない。
一つの役割を持った術式を幾つも組み合わせ、ようやく一つの魔法として完成する。
だが、この棺に刻まれた術式は違った。
まるで生き物のように、それぞれが独立しながらも互いを補完し合っている。
「これを作った人、絶対友達少ないでしょ……」
レンリは少しだけ引き攣った笑みを浮かべる。
少なくとも、自分ならこんなものを作ろうとは思わない。
というより、作れない。
「いや、本当に何百年かかったの?」
封印術式ならば、レンリも比較的得意な分野の魔術だ。
術式の綻びを見抜き、解除し、解析することに関しては、それなりに自信がある。
だからこそ分かる。
これは異常だ。
並の魔術師であれば、術式を読み解くことさえできずに諦めていただろう。
「でも――」
レンリの口元が、僅かに吊り上がる。
「封印術式なら、あたしの得意分野なんだよね」
右手を棺へとかざす。
淡い蒼色の魔法陣が幾つも展開され、棺の術式を少しずつ解析し始めた。
「まずは第一階層の認証術式。それから第二階層の封印術式――って、え?」
レンリは目を瞬かせる。
「第三階層が隠蔽術式? いや、その下にもまだあるの!? しかも第五階層で術式が循環してる!?」
思わず頭を抱えた。
「待って待って! 誰!? こんなの考えた人!?」
術式を解除しようとすれば別の術式が補完し、迂回しようとすれば新たな封印が姿を現す。
まるで迷宮だ。
「いや、これ解除する前提で作ってないでしょ!」
魔術師としての知識が悲鳴を上げる。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
むしろ、その美しさに心が躍っている自分がいる。
「……面白い」
気付けば、レンリは微笑んでいた。
二日間、命からがら逃げ続けていたことなど忘れてしまうほどに。
「いいよ。やってあげようじゃない」
蒼い瞳に、魔術師としての好奇心が宿る。
「これだけ凄い術式なんだもの。中身が何なのか、気にならない方がおかしいでしょ?」
それに、とレンリは入口の方へと視線を向ける。
外には、今なお蜘蛛の魔族が待ち構えているはずだ。
どうせ、このまま外へ出たところで待っているのは死だけだ。
「だったら最後まで付き合ってあげる」
棺へと手を添える。
「絶対に、この封印を解いてみせる」
そう呟いた、その時だった。
棺の表面を流れていた蒼い光が、一瞬だけその輝きを強める。
「……え?」
まるで棺の奥底で、何かが微かに揺らめいたような気がした。
解析を進めるほど、その内部には幾重もの術式によって隠された、さらに深い層が存在していることが分かってくる。
「まだ……奥がある?」
そこに何が眠っているのか、レンリには分からない。
ただ一つだけ確かなのは、この棺がただの封印ではないということだった。
静寂に包まれていた洞窟の中で、巨大な棺だけが淡い蒼色の光を放ち続けていた。




