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第9話

 シュリは、アンドロイドの機体に憑依してから、眠らなくても大丈夫な身体になっていた。というより、眠れなくなった。夜の暗闇のなかでも、意識ははっきりと覚醒していた。

 本多の部屋にころがりこむ前は、人目のつかない場所に隠れて朝が来るのを待っていた。それがいまは、アンドロイド狩りに怯える心配もなく、充電をしながらソファーに座り、暗闇と静寂のなかで思う存分思索に耽ることができる。

 アンドロイドの身体になって、睡眠のほかに食欲も感じなくなった。活動が至極シンプルになり、その点は気に入っていた。そして、──これは一番の利点だとおもうが──頭脳が脳神経模倣(ニューロモルフィック)コンピュータになったことによって、紙とペン、黒板とチョークがなくても数学的思考がやり易くなっただけでなく、電脳空間にも容易に──元々ハッキングスキルがなかったにもかかわらず──潜行(ダイヴ)できるようになった。だから、いろいろな観測所や研究所の非公表の内部データにもアクセスできるし、スーパーコンピュータに宇宙規模のシミュレーションをやらせることもできる。

 スーパーコンピュータ内に自分の論文で書いた〈グラフ構造の宇宙モデル〉を構築して、そこに最新のデータを付加し、繰り返しシミュレートさせて、自分の理論をブラッシュアップさせていった。

 シュリはこの夜の思索の時間が好きになっていた。

「……う……うゥ」

 ベッドのほうから呻き声がする。

(まただ)

 シュリはおもった。

 昨夜も、真夜中過ぎに本多がうなされていたのを覚えている。きっと悪夢を見ているのだろう。悪夢の内容は、本多の経歴をみれば、なんとなく想像ができた。

 シュリは、彼のIDから過去の職歴などを調べてみたことがある。本多は、民間軍事会社(P M C)に勤めているとき、世界中の戦地に派遣されていた。しかも、そのどれもが激烈な戦闘がおこなわれ大量の死者を出した地域だった。本多は、民間軍事会社(P M C)勤務の四年間で、何度も負傷しており、すくなくとも三回は命にかかわるほどの重傷を負っていた。そのたびに四肢のいずれかを欠損し、サイボーグ手術を施している。

 退社後は精神科への通院履歴もみられたが、いまは通院はしていないようだ。

(おそらく、PTSD ……まだ治っていないのでは)

 とシュリは推察した。

 悪夢はより酷くなっているようだ。苦しそうに顔を歪めながら、時折、ビクンビクンと身体を痙攣させた。痙攣はベッドが軋むほどに、ますます激しくなっていった。最後には猛獣の咆哮のような叫び声が部屋に響いた。

 シュリはゆっくりとベッドに歩み寄った。

「本多さん」

 やさしく声をかける。

 本多は、目を見開いたまま天井を凝視し、呼吸が荒く、寝汗でシャツが濡れていた。

「本多さん、大丈夫」

 本多はようやくシュリの声に気づいたようだ。

「え……あ、ああ……大丈夫だ。どうした、眠れないのか」

「ううん、私は平気。本多さんこそ、酷い夢でも見ていたの。すごくうなされてたよ」

「……すまん。恥ずかしいところを見られたな」

 本多は、身体を起こし、ベッドに腰かけた。シュリも本多のとなりに座った。

「本多さん、薬は飲んでるの」

「いや」

「だめだよ、ちゃんと飲まなきゃ」

「ああ、そうだな。ちょっと薬代が高くてな……でも大丈夫さ。自分でなんとかする」

「気の持ちようでなんとかなるものじゃないんだよ、本多さん。病気なんだから」

「ああ……」

 追い詰めちゃダメだ──シュリは諫め諭したい気持ちをぐっと抑えた。

 ──病気のことは、本多だって百も承知だろう。民間軍事会社(P M C)を退職後仕事を転々としているのも、ビールを大量に飲んで気絶したように眠るのも、病気のせいだ。毎日毎夜、私の想像もつかないような闘いをしつづけているのだろう、そういう人に私が意見するなんて、おこがましいことよね──とシュリは自重した。

「私のママはね、霊媒体質だったみたいなの」

「は?」

 急に話が変わったので、本多はついていけなかった。

「本多さんのIDを勝手に見ちゃったお詫びに、私の話をするね」

 本多はキョトンとした顔で頷いた。

「私のママは霊媒体質だったようなの」

「霊媒体質?」

「うん。いわゆるシャーマンとかイタコとかよばれてる人のこと」

「ああ、それなら知ってる。死んだ人とか神様を自分の体に降ろして、その言葉を伝える霊能者のことだろ」

「そう。最近じゃ、情報思念体と交信できる人ってことで〝交信者〟とかいわれてるみたい」

「君のお母さんは霊能者だったのか」

「そうらしい。私もママに会ったことないから、よくは知らないんだけど」

 シュリの母親はシュリを産んですぐに病死している。シュリはつづけた。

「でね、私もママのその体質を受け継いじゃったみたいなの」

「なッ! マジか!」

「うん、マジ。小さい頃から、ほかの人が見えないものが見えたり、きこえない声をきいたりしてたから」

「そうなのか、すげえな」

「でも思春期くらいのときは自分が病気なんじゃないかって不安になったりもしたんだけど。でも最近になってママの遺伝なんだってわかって。そしたら不安も吹き飛んじゃった」

「よかったな。でもなんで遺伝だってわかったんだ。だれかからきいたのか」

「それは、なんていえばいいんだろ……」

 シュリは急に口ごもった。そして、なにかを迷いながら、ぽつりとこう言った。

「ママに、会ったから」

 本多は自分の耳を疑った。

「会った? いや、君のお母さんは亡くなって……ちがうのか」

「私も、ママは私を産んですぐに亡くなったってきいてたわ。私もそれを信じてた」

「会ったって、どこで」

「ある施設のなかで。そこにママがいて、生きてた……ううん、そうじゃない……正確には生かされてた(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)

「どういうことだ」

 シュリはどこから説明すればいいのか迷っていた。しばらく考えてから口をひらいた。

「情報思念体との交信は未知の分野で、いまだに霊媒師たちがどうやって情報思念体と意思の伝達をしてるのか、どんなメカニズムなのか、よくわかってないの。でも、世の中には、情報思念体と交信したい人、というのが少なからずいて、そのなかの一部の人は無理矢理にでも交信しようとした」

 本多は緊張した。なにかとてつもなく残酷な真実が語られる予感がした。

「彼らは、霊媒師をアンテナの代わりとして、交信装置に組み込んだ。霊媒師の意思なんてお構いなしにね」

「ちょ、ちょっと待った。人間を機械の部品にしたっていうのか」

「うん」

「つまり、その霊媒師というのが」

「私のママ。ママは情報思念体との交信装置として生かされていた。生命維持装置を体中に付けられてね」

 剥き出しの機械のなかに埋もれる女の姿が本多の頭のなかに浮かんだ。女を生命維持装置で無理矢理生かして動く機械だ。なんてグロテスクな機械だろう、本多は胸糞悪くなった。

「なぜそんなことを」

「宇宙には、複数の情報思念体が連結しあって形成された、複雑で巨大なネットワークがあるとされてる。そしてそのネットワーク自体が〝思索するひとつの生命体〟だろうと仮定されているの。人はその生命体を〝超知性〟〝高次生命体〟〝宇宙存在〟〝上位者〟などと呼んだりしてる。人類の歴史では〝神〟とも」

「ばかな」

「情報思念体の〈集合体〉と交信することで、たぶんなにかしらの利益を得てるんじゃないかな」

 まさか、真城コウタロウがそれをおこなったというのか。自分の利益のために、自分の妻を、娘の母親を、生贄に捧げたというのか。

「お母さんはどこにいるんだ」本多が訊いた。

「わからない。そのときの記憶が曖昧なの。でもママに会ったのは本当だよ。確信がある」

「だから父親に復讐したいと」

「ほんと言うと、父親のことなんてどうでもいいの。私は、ママを解放してあげたい」

「解放って……」自分の手で母親の生命維持装置を切るというのか、この子はそこまで覚悟しているのか。「どうにかして君のお母さんを救う方法は」

「ない。もう生命維持装置がないと生きていられないし、意識もない。本当に機械的に生かされてるだけだから」

 もし、シュリが憑依しているアンドロイドに〝涙を流す機能〟があれば、いまシュリは泣いているのではないだろうか。

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