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第10話

 休日は食糧の買い出しにいかなければならない。本多は、自宅の集合住宅がある最下層ではなく、下層のスーパーマーケットまで足を運んだ。

「なんでこんな遠くのスーパーに来たの? もっと近くにもお店あったのに」

 外出すると伝えたところ「私も行く」とついてきたシュリが訊いた。部屋に閉じこもってばかりだと精神衛生上よくないと考え、本多は同行を許可した。

「少なくとも下層の店なら人間が食べても大丈夫なものが売ってる」

 本多はショッピングカートを押していた。広い店内には、新鮮な野菜、果物、魚、肉などがならんでいる。

「それじゃあ、アパートのまわりのお店はあぶないってこと」

「そうだ。最下層の食べものなんて、中になにが入ってるか、わかったもんじゃない」

「ねえ、それほんとう? 大袈裟にいってんじゃないの」

「上層育ちは呑気なもんだな、まったく」

 と本多は呆れた。

「あー、なにその言い方。ムカつく。私が世間知らずのお嬢様かなんかだって言いたいの。あんまり見下さないでよ」

「はあ?」本多は真っ向から反撃する気になった。「そんなこというなら、ポンポン、ポンポン、なんでもかんでも遠慮なくカゴのなかへ放りこむなよ。さっきから俺がいちいち棚にもどしてんだよ」

 シュリはカートのなかを覗いた。

「あー、ほんとだ。私が入れたものがほとんどないじゃん。なんでもどすのよ」

 本多は溜め息をついた。

「君はアレか、値段とか見ないで買い物するタイプか」

「ああ、いわれてみればそうかも。気にしたことないかも。なんで気にするの?」

「やれやれ」本多は頭をかかえた。「やっぱり世間知らずのお嬢様じゃないか。あのな、世の中のほとんどの人間が君みたいな金持ちじゃないんだよ。みんな、財布の中身と相談しながら買い物をするんだ」

「むぅ」シュリはくちびるを尖らせた。「だったら、本多さんの買ってるものはなんなのよ。お肉とビールしか入ってないじゃん。肉だって人工肉だし」

「ここらへんで普通の肉を置いてる店なんてねえよ」

「げェ、マジ?」

「マジだよ、お嬢様」

 その言葉に、シュリは鼻に皺をよせて、不満そうな顔をしていた。


 一週間分の食料をリュックサックと手提げ袋につめこんで、二人は最下層へともどってきた。

 シュリがニット帽を目深にかぶって、こめかみのLEDチップを隠していたのは、〈アンドロイド狩り〉を警戒してのことだ。〈アンドロイド狩り〉だけではない。最下層ではアンドロイドをつれて歩くだけでも危険だ。アンドロイドを強奪してバラし、その部品を売り捌こうと考える輩が少なくないからだ。

 しかしシュリは、LEDチップがなければ、ぱっと見、人間の女の子にしか見えない。皮膚の質感がちがうのだ。アンドロイドだと、どうしても〝人工皮膚っぽさ〟が出てしまうのに、シュリの機体は本物の肌のような滑らかさがあって、人工か否かの区別がつかないほどだ。

 それをシュリに訊くと、

「マシロ・コーポ製の最高級品だからね。小さな傷程度なら自己修復できるの。たしかに初期費用は高くつくけど、メンテも必要最低限でいいし、維持費を考えたら逆に安く済むわよ」

 という答えが返ってきた。

「まるでセールストークだな」

「私もマシロだからね。小さい頃からアンドロイドは好きよ」

 本多はふと思った。俺とシュリは、傍からみたらどういう風にみえるのだろう、と。

(恋人や夫婦ではないな。そうなるとやっぱり親子だろうか。年齢的にいっても、俺に十四歳の娘がいたっておかしくないのだ)

 本多がしんみりとそんなことを考えていると、

「ねえ、本多さん」

 シュリが声をかけてきた。本多は、心のなかを見透かされた気がして、焦った。

「な、なんだ」

「あれって武器屋さん?」

 シュリが指差した方向をみると、たしかにガンショップがあった。

「そうみたいだな」

「ちょっと見てこうよ」

「なんでだよ。銃なんて必要ねえ……って、おい」

 本多を無視して、シュリはとっとと先に行ってしまった。しかたなく本多もあとをついていった。


 ガンショップの店内は厳重すぎるほどに、銃管理が徹底されていた。カウンターは鉄格子と防弾ガラスで守られており、銃も店主もカウンターの中だった。店主は、屈強な体躯の持ち主で、年齢は四十代から五十代くらいの眼光の鋭い男だった。右腕が義手なところをみると店主も元兵士なのかもしれない。

 ならべられた無骨な武器群を、シュリは興味深そうにながめていた。

「本多さん、私に銃をおしえてよ」

「は? なんでだよ」

 シュリは、内緒話をするときみたく、背伸びして本多の耳に口を寄せると、

「だって、復讐するなら使えないより使えたほうがいいでしょ、銃」

 と囁いた。

「お前なあ」と本多。

「ちょっと、オマエって呼ばないでって言ったでしょ。あ、それより、あのデッカいヤツがいいかな」

〝あのデッカいヤツ〟とはアサルトライフルのことだった。

「いきなりライフルなんて無理だろ。はじめるならハンドガンからだな」

「ふーん」

 シュリは、カウンター内のリボルバーを指差して、強面の店主に「この銃をちょっと見たいんですけど」とつたえた。

 店主はギロリとシュリを睨みつけて、

「子供が銃なんて触るもんじゃない」

 と低い声でいった。

「え」

 シュリは、表情を硬直させた。怯えた表情をみて、店主はつづけた。

「怖がらせるつもりはない。ただ、ここらへんでも子供同士が銃で殺し合ってるんでな」

 本多は、前に出て二人のあいだに割って入り、シュリを自分の背中に隠した。

「シュリ、もう行くぞ」

 店主は本多に一瞥をくれると、

「父ちゃんも元兵士かい?」

 と訊いた。

「まあ、前の戦争で」と本多。

「そうか、俺も第三次大戦のときに戦場に行っていた。お互い大変だな」

 といって店主は右の義手を見せた。

「ええ」

 本多は後ろに隠れているシュリを出口に促した。シュリは素直に従った。店を出ようとする二人に店主が、

「父ちゃん、ここで子供を育てるのは簡単じゃねえ。守ってやれよ」

 と言った。

「……ご忠告、どうも」

 本多は店主に軽く頭を下げた。


「あー、怖かった。怒られたとおもったよ」

 シュリが言う。

「怒られたんだよ。子供に銃は必要ないってな」

「えー、私子供じゃないんだけど」と不平を言った。いつも通りのシュリだ。「それより私たち親子に見えたんだね」とシュリはつづけた。

「そうだな」

 本多は感慨深げに頷いた。

「恋人同士には見えなかったんだね、私たち」

 シュリは悪戯っぽい笑顔をむけてきた。

「なッ、バ、バカ言ってんじゃないよ」

「アハハ、本多さん、顔真っ赤だよ。照れてんの」

「うっさい」

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