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第7話

「本多さんってそんな食生活でよく病気にならないわね」

 シュリは、本多の夕食のメニューをみて、呆れて言った。食卓の上にあるのは人工ビーフとビールだけだ。ビールに関してはすでに大量の空き缶が並んでいた。

「余計なお世話だ」と本多。

「そうね。そんなの本多さんの勝手だもんね。ま、そんなことはどうでもいいわ。で、手伝ってくれるんでしょ、復讐?」

「ふん」本多は鼻で笑った。「俺はまだお前が真城シュリの亡霊だと信じたわけじゃないぜ。ただの電子頭脳がイカれちまったポンコツアンドロイドだって可能性もまだのこってるんだからな」そういうと飲み干したビールの缶を握り潰した。

「じゃあ、どうすれば信じてくれるのよ。だって証明のしようがないじゃない」

「ふうむ」本多は顎に手をあてて考えるフリをしてから、こうつづけた。「たしか本物の真城シュリは十三歳で論文を書いたっていうが、お前それを知ってるか」

「フン、当然でしょ。私が書いたんだから。〈シュヴァルツシルト宇宙論におけるグラフ構造について〉っていう論文よ」

「タイトルだけだったら誰でも調べりゃわかることだ。内容だよ。内容を知ってんのかって」

「ムカつく」シュリは怒りを吐き捨てた。そのあと、フッと鼻で笑ってから本多を睥睨して、「いいわ、説明してあげる。だけど、本多さんに理解できるかしら」と嘲った。

「っるせえ。いいから説明してみろ」本多は新しい缶ビールを開けた。

「ほんっとムカつく。ふん、じゃあ、シュヴァルツシルト宇宙論って知ってるわよね。別名ブラックホール宇宙論とかよばれてるヤツよ」

「……あ、ああ」

「ウン、知らないのね。まあいいわ。簡単にいうと、ブラックホールって天体の中に子供の宇宙があるってこと。逆にいうと、私たちのこの宇宙も別の親宇宙のブラックホールの中にあるってこと。ここまではいい?」

「そんなバカなことあるかよ。そしたらアレか? 子供宇宙には小人が住んでんのか? 親宇宙には巨人が住んでんのか?」

「はあ」シュリは深い溜息をついた。「ブラックホールの外殻が三キロメートルだったとしてもその中には数百億光年の広さをもつ宇宙があるの。なぜそれが可能かっていうとブラックホール内の時空自体が歪みながら膨張しているからよ。こんなの二百年前の古典物理なんだけど」

 シュリは、本気でうんざりしながら本多を見た。

「はいはいそうですか。で、それで終わりかよ」

 本多もなんとか虚勢を張る。

「いいえ、これからよ。いままでの解釈では、宇宙とブラックホールは、マトリョーシカみたいな入れ子構造になってると考えられていたのね。でも私は、ネットワーク構造になってるんじゃないかって仮説を立てたのね。論文では、その仮説をさらに拡張させて、脳神経細胞(ニューロン)に似た構造を当てはめたの。宇宙内に複数あるブラックホールが神経細胞でいうところの〈樹状突起〉で、神経細胞に一本しかない〈軸索〉を親宇宙としたわけね。情報の流れは神経細胞と逆方向になっちゃうんだけど、親宇宙から入力された情報を複数のブラックホールから子宇宙へ出力するって感じ。すると、どうなったとおもう?」

「……さ、さあ」

「なんと、時間が一方向にだけ(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)流れることを証明できたの! すごいでしょ!」

「それって当たり前のことでは……」

 シュリは天を仰ぐジェスチャーをした。

「まったく、なにもわかってないのね。いままで時間はどっち向きに流れてても数学的には問題なかった。でも、循環する情報の流れを定義すると、エントロピーの法則が適用されて、時間は過去から未来にしか流れなくなる。人間の主観ではなく、客観的事実として、時間は一方向のみに流れる。どう? すごいでしょ」

 正直、本多にはなにを言っているのかチンプンカンプンだった。それが顔に出ていたのだろう。シュリは、憐れむような視線を本多にむけると、

「……ま、しかたないか」

 とつぶやいた。

「くッ……」完全に見下されている、なんとかやり返さないと、本多は話の矛先を変更することにした。「……ま、まあ、それはもういいや。じゃあ、いったん、君が本物の〝真城シュリ〟だとしよう。それでも、なんだよ復讐って。しかも復讐する相手が父親って」

「うん」

「君の父親って、あの〝真城コウタロウ〟だろ」

「そう」

「無理無理無理。スーパーVIPの真城コウタロウだぞ。警護だって尋常じゃない。俺に犯罪者になれっていってんのか? 俺がそこまでする義理はないだろ」

「まあ、それはそうだけど……」

 シュリが怯んだ。ここはたたみかけるしかない。

「いやいや、真城コウタロウに手を出したら速攻で捕まるよ。そしたら俺は刑務所に直行だよ。わかってる?」

「……」

「それに君のお母さんだけど、殺されたって本当? 調べたら〝病死〟って出てきたけど。君を産んですぐに亡くなってるよね。それっていわゆる〝産後の肥立(ひだ)ちが悪かった〟ってやつじゃないの」

 本多は好機とばかりに一気にまくし立てた。その勢いに気圧されて、シュリは下を向いて、黙りこんでしまった。

 しばらくして、

「……うぐッ」

 とシュリの肩が揺れた。

「う、う、う……」

 それは次第に嗚咽になった。本多は焦った。

「いや、ちょっ……」

 シュリは両手で顔を覆って、

「うわあああぁぁぁん!」

 と号泣してしまった。

 本多は慌てふためき、

「スマンスマン。ちょっとキツく言い過ぎたかもしれん」

「うわああああん! そうだよ、本多さん酷いよ!」

「泣くのやめてくれ。俺が悪かった。たのむから」

 しかしシュリは止まらない。

「それならなんで、あのとき私をたすけたんだよ! たすけたら〝たすけた責任〟ってもんが生まれるんだよ! じゃなきゃ放っておけよ!」

「ああ、そうだな。シュリの言う通りだ、うんうん」

「たすけた責任とれよ! このひとでなし!」

「ひとでなし、って……そこまで言うか」

「なんだよ! 言い訳か!」

「わかったわかった。やるよ、やるやる。手伝うよ、復讐」

「ウウウ……本当?」

「ああ、ホントホント」

「じゃあ、約束の握手」

 本多とシュリは、おたがいの機械の手で、握手を交わした。

「これは契約だからね。幽霊との契約を反故にすると、呪われるから」

「エッ、マジか」

「マジ」

 本多は〝呪い〟ときいて後悔したが、すでに遅かった。

「……あれ?」本多が下からシュリの顔を覗きこんだ。「おい、涙流れてねえぞ! 嘘泣きじゃねえか!」

 たしかにシュリの頬には涙が流れていない。

「う、嘘じゃないもん! このアンドロイドに涙の機能がないだけだもん! 心のなかじゃ本当に泣いてたもん!」

「ずっりぃ。ズリぃ女だな、お前」

「なによ、いいじゃない! 嘘泣きでもなんでも、もう契約したんだから。やっぱ無しとかないんだからね」

 この日の夜は、二人の口喧嘩で更けていったという──

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