第21話 首輪と訓練と感染症
「その……ジエイカンてぇのは一体何者なんだ?」
オレが右手首を斬り落とした男──ロディマス。今は狼モードの姿ではなく、髭モジャの筋肉ダルマがカチューシャみたいな犬耳とフサフサの尻尾を付けた、どこかの外国人コスプレイヤーみたいな格好になっており、非常にシュールな絵面を醸し出している。
「自衛官と言うのはだな……」
J隊の概念を知らないヤツを相手に説明する場合、『守備隊』とでも言っておけば概ね通じるが、それだけでは何か足りない気がするのはオレだけではないはずだ。
そこでオレは先ず最初に、自分の所属などの自己紹介から始める事にした。
「するってぇと、魔王様の親玉みてぇな危ねぇヤツラが空の上にいっぱい居て、そいつらと戦ってるのがお前たちジエイカンって事でいいのか?」
今の時代で『自衛官』という呼称は無くなってしまったが、J隊とは『ジャパニーズ』の略称であると共に『ジエイタイ』の頭文字でもある──と、部隊の誰もがそう考えてる。
「それで、俺たち『ロボ』も、その戦いに加われって話なら、そりゃあ無理な相談だ」
それは彼ら『ロボ』の故郷がある獣人国は既に魔王軍の支配下にあり、彼らが反逆すれば故郷の村が滅ぼされるかららしいが……それなら話は簡単だ。
オレはロディマスを建物の外まで連れ出し、先ほどアーシーに見せて地面に置いたままになってるモバイル・スーツ『ジパング』の元までやって来た。
「こんな、ケチな邪神像を見せて、どうしようってんだ?」
オレは精神操作でジパングを遠隔起動させると、腹部に搭載されたメガ荷電粒子砲を起動し遥か彼方にある山々へと照準を合わせた。
──キュイーン──!!
小さいが甲高い充填音が辺りに響いた直後、辺り一面が真っ白にホワイトアウトする。
十分に加速された荷電粒子が空気を強制的に引き裂き、強烈なプラズマを発生させてオゾン臭が撒き散らされる。
すると、直前までそこに存在していた山の一部が文字通り『消滅』している事に気づいたロディマスが、顔面を蒼白にしてオレの顔を仰ぎ見てきた。
「こ、こんなのを見せて、俺にどうしようってんだ……まさか──?!」
自分たちより強い魔王軍に恭順した犬ッコロなら、より強力な我がJ隊の実力を見せつけてやれば勝手に勘違いして降参してくれると思ったんだが……こいつ、なかなかしぶといな。
「別にどうもこうもしない。ただオレたちには、魔王城すら一撃で蒸発せしめるほどの力があると知って貰えれば、それでいい」
「だから……俺たちに、どうしろって言うんだよ……」
こいつらのDNAからアグレッサーの塩基配列が検出されなかったので、出来れば殺さずに事を収めたかったのでモバイル・スーツ『ジパング』による最大火力のデモンストレーションだったのだが、見ればロディマスの尻尾は股の間にすっかり丸まっていた。これなら反抗する意思は完全に挫けたとみて良いだろう。
ジパングの砲撃音を聞きつけて、アリエル殿下やエルマ隊長たちが慌てて表に出てきたので経緯を説明すると、「現在は潜伏中なのですから、あまり派手な真似は慎んでください!」と厳重注意を受けてしまったので、オレは罰としてロボ一族の者たちを連れて村の周囲を10周ほどランニングする事にした。
(ここがJ隊の駐屯地なら、間違いなく校庭50周コースだから、これでも手加減してやった方だ)
「何で俺たちが走る事になってんだよ、くそっ!!」
「いいから黙って走れ! 新入り!!」
「誰が新入りだボケェ!!」
口ではタラタラと不満を垂れ流しているが身体は素直に走っていたから、ここらへんで赦してやろうかと思ったが、上官に対する『ボケェ!』発言があり、ここでJ隊における訓練の厳しさと『しつけ』について再教育の必要性を感じたため、ランニング終了直後に腕立て伏せ100回も命じておいた。
普段であれば、ここから更に屋上からの降下訓練も経験させておきたいところだが、最初から飛ばし過ぎて体を壊してしまっては元も子も無いので、そこら辺の匙加減は必要だろう。
勿論だが『屋上降下』とは呼んで字の如く隊舎の屋上から飛び降りる訓練で、これが第1空挺団所属の者であれば高度300メートル以上を飛行する輸送機からのダイブにグレードアップする。さらに上級のJ隊員ともなれば『パラシュート無し』で飛ぶらしいが、流石にそこまでのスペックを新入りに求めるつもりはない。
「普通に死ぬわ!! このボケがぁ!!」
オレたちJ隊の先進的な訓練方法について懇切丁寧な説明を心がけたつもりだが、ヘタレな犬ッコロどもからは何故か悲鳴混じりの不満が上がった。そして何故か、オレの説明を一緒に聞いていたアリエル殿下の顔からも血の気が引いていたが、きっと気のせいに違いない。
「エルマ……私、とんでもない鬼の部隊に入っちゃったのかもしれないわ……!」
「大丈夫です殿下! その時は私が殿下を抱えてダイブしますから!!」
この後、正式にロボ一族の降伏を受け入れ彼らの今後の処遇について話し合う事になったのだが、ついさっきまでエルフたちを殺しに来た狼獣人たちを言葉だけの約束で信じる訳にはいかず、彼らのリーダーであるロディマスとその妹のアーシー2名だけでも、ミリアリア師から『罪人用の首輪(呪具)』を装着させるべきだと提案されたのだが、当然ロボたちは嫌がった……とても激しく。
「そんな犬ッコロみたいな首輪なんて死んでも嫌だ!!」
なので、ここはオレたちJ隊で採用されている『マイクロGPSカプセル』を彼らの首筋に埋め込む事を提案してみると、それまで「首輪で無ければ何でもいい」とあっさり承諾して即採用となった。
これなら首輪を付けられた犬っコロには見えないから、彼らのプライドを傷つける事無くロボ一族とエルフたち双方の妥協点が見出だせる良案となった。
ちなみに、この『マイクロGPSカプセル』とは極小の針状になっており、打ち込む際にほとんど痛みを感じないので人道的にも極めて優れていると自負している。
あとオマケの機能として、これを埋め込んだ捕虜が暴れ出したり反抗した際に、速やかにカプセルが自動破壊されて内部から『VX毒』が体内に急速浸透し、僅か5秒で死に至らせるという無力化オプションも付いているから安心だ。
「オマケ機能の方がヤバすぎるだろ!!」
「ガード不可の即死攻撃じゃねえか!!」
「専守防衛どこいった?!」
そもそもだが、お前たちがミリアリア師の首輪を嫌がったから仕方なく『マイクロGPSカプセル』にしたんだから文句を言うのは筋違いだ。あと『専守防衛』に『毒は使用しません』なんて一文はJ隊規約の何処にも書いてないからな?
そんなこんなで結局ロープを解く前にロボ一族全員に『マイクロGPSカプセル』の埋め込み処置を完了。これでエルフ側の理解も得られ、約100名ほどの狼獣人たちが晴れて自由の身となった。
彼らには故郷へ戻って同胞たちと共に身を隠して貰い、エルフたちと今後一切争わないようにロディマスと約定を結んだが、その『人質』として妹のアーシーを残して行くと言い出した。
オレとしてはエルフばかりの部隊の中に、たった一人で残留するアーシーの処遇に困るので断ったのだが、ロディマスから「妹の希望だから」と押し切られてしまった。
「判った。それほど言うなら彼女の身柄はJ隊が預かろう」
これは武力で勝てないと悟ったロボ一族が、スパイとして彼女をここに残して行くのだと思うが、それなら逆に彼女を通じて偽情報による撹乱とか、逆にこちらのダブルスパイとして仕立て上げるのもいいだろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ロボ一族を解放した翌日、アリエル殿下とミリアリア師、それからエルマ隊長とエルメア副長らが、まだ付近に潜伏してると思われるエルフの敗残兵たちを救出するため、手分けして捜索隊を方々へ送り出していた。
そこでオレも偵察用ドローンを使って彼女たちのフォローをしていたのだが──
「ちょっと、そこのメス犬! カイセの膝上から離れなさい!!」
今回の任務では複数台の偵察ドローンを同時に操作しながら、各機体への飛行ルートのリアルタイム指示や、送られて来る映像情報解析のため床に胡座をかいて座っているのだが……いつからかオレの膝の上で子犬モードのアーシーが丸まっており、それを見たアリエル殿下のご機嫌が斜め下へと急降下している。
J隊に居た頃、軍用犬のパトラッシュ号やヨーゼフ号たちと良く遊んでやったので、このように膝の上で丸まって甘えてくる犬ッコロたちを撫でてやったのを思い出す。あいつら、今も元気でやってるだろうか? (遠い目)
このアーシーはロボの一族を代表してオレの元に残った──謂わば人質であり、それと同時にオレたちJ隊の機密を探る工作員みたいな立場のはずなのだが、モバイル・スーツ『ジパング』の実力を見せてやって以降まるで懐いた子犬のようにオレに傍から離れなくなった。
まぁ、そんな犬ッコロの事は置いとくとして、偵察ドローンから送られて来る映像でにより、周囲の状況が段々と明らかになってきたが、ここから更に北西へ100キロほど進んだ先に多くの死体が地面に転がっており、死肉を貪る巨大ネズミをはじめ、ハイエナやハゲタカみたいな魔物がそれらを貪り喰っているのが見えた。
(これは酷い……このまま放っておいたらパンデミックが発生するぞ!)
オレは直ぐさまアリエル殿下に状況を報告し、北西方面へと向かった探索隊に緊急撤収要請を打電すると同時に、システムAIへ異次元格納庫内にある医薬品の在庫確認を命じた。
《AIより報告。麻酔薬、消毒液については規定の常備在庫量があります。ですが、抗生物質に関してはグラム染色検査キット及びペニシリンが少量あるだけとなっています》
旧地球史の中世においても、衛生環境の悪化からコレラやペストといった大量死を引き起こす伝染病が発生した記録があり、この異世界において、その惨劇を再発させることだけは何としても阻止せねばならない。
だが生憎オレの兵科は普通科で、化学防護隊のような専門装備は支給されてはおらず、一般支給品のマスクと手袋だけを頼りに腐敗が進んだ大量の死者たちを処理するのは正直気が進まない。
仮に防護服があったとしても、そもそも単身で4桁に及ぶ数の死体処理など最初から無理だ。
「……ただの死体が転がってるくらいで、何をそんなに青くなってるんだ?」
アリエル殿下が「シッシッ!」と追い払うのに嫌気が差したのか、アーシーがオレの膝上から降りて首を傾げがら、そんな事を言い出す。
生命の価値がバーゲンセールのように安い未開惑星の住民から見れば、戦争で多くの人々が亡くなることは珍しくは無く、その亡骸が放置されるのも当然の事なのだろう。
「遺体が腐敗すれば未知の病原菌の温床になるし、さらにそれを喰った野生動物が『キャリア(媒介者)』となって感染症を拡散させるんだ。被害が広がる前に辺り一帯の害獣を駆除して徹底的に消毒と火葬を行わないと、生き残った者まで全滅するぞ」
「ふーん……でも、あたしたちロボの村じゃ、死体からヘンな病気が流行ったなんて話、聞いたことないけどなぁ」
《システムより報告です。ロボたちに限らず『獣人型強化兵』は、受精卵の段階におけるゲノム編集により、既知の病原菌に対する強固な耐性を獲得していますから、彼らが感染者となる確率は“ほぼゼロ”であると推測されます》
J隊の科学力は世界いちぃぃぃぃぃ!




