瓦秋久
七月十日。
この日、瓦秋久には一世一代の大勝負が待っていた。
「では、これより二年B組の文化祭の出し物を決めたいと思います」
文化祭実行委員に就任した秋久は、教室の前の壇上に立って音頭を取る。
壇上に立つと、クラスメイトの顔がよく見えた。
「おいこら、大吉、欠伸してんな!」
「あー、はいはい」
窓際の席の大吉が低いテンションで応える。
大丈夫だろうな、ちゃんと作戦通りにやってくれるよな。
大吉の三白眼にアイコンタクトを送ると、めんどくさそうにだがオッケーサインを出してくれた。
よし。
「じゃあ、まず文化祭でやりたい出し物がある人、挙手してくれー」
秋久が言うと、ぽつぽつと案が上がってくる。主に女子が多い。それをもう一人の文実委員、江波恵奈が黒板に書きだしていく。
「はい」
「はい、大吉」
「メイドキッサガヤリタイデス」
挙手した大吉を指名すると、手筈通りの提案をしてくれた。すげー棒読みだけど、学食の食券三枚で買収したのだから、この際我儘は言うまい。
「大吉メイド喫茶に興味あったの?」
大吉の隣の席の女子、春香がびっくりする。
「ウン、キョウミガアッタンダヨ」
「なんでロボット風?」
「ウン、キョウミガアッタンダヨ」
「壊れて同じこと繰り返すロボットかな?」
二人の周りに笑いが起きる。
くそ、幼馴染がクラスメートでしかも隣の席って、どんなギャルゲーだよ!
「おらぁそこ! 夫婦漫才やってないでこっちに集中しろ!」
羨ましくなんかない! 決して!
「瓦、なんかめっちゃ張り切ってんね」
「ね、どうせまたアホなこと考えてんじゃない?」
「あーね。この前ウチのお姉が友達とあいつん家の銭湯に行ったんだけど、風呂上りに脱衣所出たら、番台からめっちゃエロい目で見られたって」
「うわぁ、アヤ、それマジ?」
「誰がエロい目で見てるかぁ! 綾辻のお姉さんのうなじにまだ湿った産毛が張り付いてたから、ちょーと見ちゃっただけだわい!」
「それだよ、それ」
「控え目に言ってキモイ」
「えろがわら」
派手な女子グループに集中砲火を食らう。ひえぇぇ。
「瓦、さっさと進行してよ」
クラス委員も兼務する優等生、江波に冷ややかにせっつかれ、多数決に移る。
「では最後に、メイド喫茶やりたい人! はい!」
真っ先に挙手する瓦。
そう、俺は今日、なんとしても文化祭でメイド喫茶をやる権利を勝ち取るのだ!
なぜなら、メイドさんが大好きだから!
さぁ我が同志たちよ、今こそ立ち上がれ!
男子がぱらぱらと手をあげる。
事前にそれとなく探りを入れ、秋久はクラスに同志の存在を四人は確認していた。
自身と大吉を含め、まず六票。
クラスは男子十六、女子十四の全三十人。
このうちの過半数の票を得られれば、当選は固い。
あと七票。ここからが、勝負!
「票割れたね。お化け屋敷と休憩所、それにメイド喫茶か」
江波が淡々と他の案を消す。
この三案を見るに、お化け屋敷は本当の希望案だろう。しかし休憩所は面倒くさがりの集まり。つまり浮動票。ならば狙うは、休憩所で挙手をしたクラスメイト!
「くっくっく、計画通り」
今日、この日のために様々なパターンをシミュレーションしてきた。その中で文化祭に消極的な案が出る可能性は、十分に考えられた。
「この俺が、それになにも手を打っていないと思っているのか?」
「ちょい、えなえな、なんか瓦やばくない?」
「いつものことでしょ」
「てかメイド喫茶ってなに、ナシ寄りのナシじゃね?」
「あーね。今時メイド喫茶って。つかそれならコンセプトカフェとかコスプレ喫茶でいいじゃんね」
「それ。票入れた男子そんなにメイド喫茶やりたいなら、コスプレ喫茶であんたらだけメイドの格好してりゃいいじゃん」
はっはっは、なんとでも言うがいい。
最後に笑う者こそ勝者!
いざ発動、俺の最強カード、学年一イケメンで性格がいいと定評の速水駿斗くん!
「俺、やっぱり休憩所からメイド喫茶にしようかな」
速水はゆっくりとその場で席を立ち、さらさらの前髪を指先でシュっと靡かせ、皆の注目を集めて言う。
「よく考えたら、人生一度キリの高二の文化祭で休憩所ってのも勿体ないかもな。日本のメイド文化って、前はすごい流行ってたんだろ? その頃の時代を追体験するっていうの? 文化的?でいいじゃん☆」
「そう、かな」
「そう、かも」
「まぁ駿斗が言うなら」
速水くんパワーすげー!
速水には事前に根回しし、適当な案に票を入れてもらった。そしてメイド喫茶に逆風が吹いた時に味方に転じてもらい、それっぽいことを言ってクラスメイトを説得してほしいと頼んであった。
「くっくっく。切り札は最後まで取っておくものだ(キリっ)」
説得は、大分ふわっとしてたけど。速水くん、顔も性格もいいんだけど、おつむはちょっと悪いんだよな。
二週間後の期末テストのヤマを教えてあげるのが、速水の協力を得る交換条件だった。秋久の張るヤマは当たると有名なのだ。
切り札の速水によって、休憩所から四票が流れた。
ふむ、出来すぎ君である速水に嫉妬した無気力男子の票は動かず、か。しかし、それも想定済み。
ええい、これでダメ押しだ!
秋久は教卓の影にしゃがみこみ、スマートフォンを取り出す。休憩所に票を入れた男子で、弱点を知っているやつらにメッセージを書き込む。
たぷたぷたぷたぷ。送信!
〈江波恵奈のメイド姿、見たくないのか?〉
〈森宮春香のメイド姿~以下略〉
〈綾辻~以下略〉
「はい、僕はメイド喫茶がやりたいです」
「はい、僕も」
「はい、俺も」
それぞれに推しの女子がいる男どもが手を挙げる。これで過半数の票を押さえた。
「俺の完全勝利じゃあ!」
「瓦さっきから五月蠅い」
教卓から飛び出て雄叫びをあげると、江波にぴしゃりと頭を叩かれた。




