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後編

『あららあ。そりゃ多分、秋野ちゃんが四ッ谷ちゃんに同調しちゃったのねえ。ご愁傷様あ』

 本日も良いお天気なので、お昼は校庭隅の人目につきにくい花壇で取ることになった。私はニーミを連れているので、教室で食べることは雨の日くらいしかない。ニーミは食事自体はそれこそ月1でいいんだけど、いかに小石とはいえ1日中ポケットだのカバンだのに突っ込みっぱなしというわけにもいかないし。だから、昼休みには外に出してやって気分転換をさせてるのだ。

 で、私とニーミと岬っていういつもの顔触れに、今日はもう1人お客様がいる。横に置いてある大きめなスタンドミラー、この中に先ほどの発言者がいるのだ。

 けらけらと明るく笑う銀髪金目の大人なお姉さん、七不思議のひとつである講堂の鏡の付喪神・鏡子(きょうこ)さん。ちなみにルーやあーちゃん同様この名前も本人の希望なので、私のネーミングセンスがダサいわけではないと主張させてほしい。そういえばニーミも自称だ。確か、元になった石像の名前から取ったんだっけ。

 ま、それはさておき。

 鏡の中の鏡子さんは、いつも明るい人……じゃない、妖怪だ。鏡というものが光を象徴してるとか言っていたけど、私はその辺はよく分からない。うんうんと納得していた岬の説明を聞いても分からなかったので、考えないことにしている。必要になったら岬が何とかしてくれるだろう。

「どーも。つーか同調、とかってできるの?」

『あは、もちろんできるわよ。幽霊なんてのは生きてる人間と違って身体がない分、他の生きてる相手に入り込みやすいしねえ』

 はあ。鏡子さんってほんとによく笑うなあ。うっかり彼女を夜中に見ちゃった人がビビって逃げ出すのも無理はない。夜中に鏡の中で誰かがけらけら笑ってるなんて、はっきり言って怖すぎるもん。

『そういうもんよお。大昔からキツネ憑きとか、そういう話はよくあるし』

「う、人間に乗り移るってやつ?」

「なるほど。その人、秋野と波長が合っちゃったんですね。それで彼女の夢見たんだ」

「あはは……波長ねえ。あれか、ワンセグで電波拾うようなもんか」

 分かりやすい鏡子さんの言葉と岬の追加説明に、私は笑うしかなかった。漫画や小説でよくある、幽霊が生きてる人間に取り憑いてどうのって話が現実になってるわけか。こら岬、鏡子さんとうなずき合うんじゃない。当事者ほっといて納得するな。

『ってことは何だ? かーちゃんは四ッ谷佳織に取り憑かれちまって、変態下着泥棒の夢見ちまったってことか? 鏡子ねーちゃん』

 小さい身体をぴこぴこ振りながら、話をうまくまとめてくれたのはニーミだった。この子はホントにもう、お利口さんになっちゃって……ああ、私本気でお母さんになってる?

『そういうことねえ。秋野ちゃん、わたしたちとよくお話してるでしょう。四ッ谷ちゃんも今はどっちかというとわたしたちに近い存在っぽいし、もしかしたら秋野ちゃんなら話聞いてくれるって思ったんじゃないかしら? 今ちょっと校内スキャンしてみたけど、こっちには反応してくれないのよねえ』

 口元に指を当てて、鏡子さんが困った顔になる。鏡子さんの本体は講堂の鏡だけど、学校の中にある鏡から見える場所なら状況を把握することができる。けっこう便利よね。

「あー。相手が幽霊だから、同じような存在におびえてるのかもね。秋野、ひょっとして生徒会長、下着泥棒さんと波長合っちゃったかもよ」

「へ? それって……」

 岬の指摘に、私は凍った。

 つまり私の夢が四ッ谷佳織さんの見た現実で、私が四ッ谷さんと同調しているように生徒会長が下着泥棒と同調しているのなら。

 生徒会長は下着泥棒に取り憑かれて、四ッ谷さんの幽霊を狙ってるってこと? しかも目的は下着。ぱんつ。

「……なんつーかこー……」

 そういうことだと腑に落ちた瞬間、何だか情けなくなってきて頭を抱え込んでしまった。だって、普通幽霊が人に取り憑く話って、幽霊の目的は自分を殺した相手に復讐だとか好きだった人に思いを伝えるとか、そういうものでしょう? それが何だって『ぱんつ』なんだか。しかも相手も幽霊だし。だいたい、事情が分かったからって根本的な解決にはなってない。

『うん、そこは鏡子おねーさんにまかせて。プロフェッショナルに連絡ついたから』

「ほんとですか? うわあ、助かったあ」

 ああ、心細いけど頼りは鏡の中の脳天気な笑顔だけだ。お願いします、鏡子さん。

『うん、大丈夫よお。その代わり秋野ちゃん、ちょーっとお願いがあるんだけどお』

 だから、そのいかにも企んでますよーって笑顔に変化するのはやめてください。お願いは聞きますから、主に自分のために。



 午後の授業をあくび噛みつぶしながらクリアーして、やっとのことでたどり着いた放課後。私は鏡子さんの『お願い』どおり、夢で見たあの空き教室へと足を進めていた。はあ、気が乗らないんだけどなあ。

『だいじょぶか、かーちゃん? 心臓、ばくばく言ってるぞ』

「ああ。うん、大丈夫」

 ポケットの中のニーミが、私に気を遣って小声で尋ねてくる。同じように小声で答えながら教室の扉を開けると、むわっと夏特有の暑くて湿っぽい空気が流れ出した。うわ、おまけに埃っぽい。

「……はは、ほんとにあれは夢かあ」

 涼しくなったら掃除したほうがいいんじゃないかなあ、と思いながらゆっくりと中に足を踏み入れる。後ろの方に整然と積まれている机や椅子を見て、今朝の夢を夢と再認識した。さすがに、夢と同じように崩れていたらぞっとしてたかな。

『ったく、鏡子ねーちゃんめ。かーちゃんを囮だなんて、何考えてやがんだ』

「ま、仕方ないっちゃないけどね。今んとこ、直接アクセスされてんの私だけみたいだし」

 ニーミとの小声での会話を続けながら、周囲に視線を走らせる。まあ、下着泥棒の奴、今は生徒会長に取り憑いているんならいきなり背後にわいて出るなんてことはないだろう。

 ニーミの言葉どおり、鏡子さんの『ちょっとしたお願い』っていうのはつまり『相手をおびき出す囮になってね』というものだった。学校内なら七不思議のみんなもいるし、そもそも鏡子さん言うところのプロフェッショナルに来てもらえるはずだし大丈夫よね、ということで受けたのだ。

 一応小さな鏡はポケットの中にあるから鏡子さんも来られるだろうし、教室のスピーカーも生きてはいるはずだからルーやあーちゃんの演奏も入れられるだろう。さすがにトイレは遠いから花子さんは無理っぽいけど、地縛霊さんは寂しがり屋だから顔出しに来てくれるかもしれない。いや、そこまで行く前に何とかしてほしいんだけどね。七不思議軍団が出てきたときに学校に先生が残ってたりしたら、本当に大ごとになっちゃうし。

『大体、かーちゃんにはオレがいるしな』

「そうね。ピンチの時は頼むわよ、ニーミ」

 実力的には一番頼りないけれど精神的に一番頼りにしてるのは、やっぱりポケットの中の小さなこいつ。名目としては学業成就のお守りなんだけど、今の私にとっては何よりも力強いお守りだ。

『かーちゃん、気をつけろよ。ここはもう、奴のテリトリーみたいなもんだぞ』

「うん、分かってる」

 自分の気を落ち着けるように胸ポケットをぽんとたたいて、私は教室の真ん中に立った。夕方過ぎの低い太陽の光がカーテンの隙間から室内に差し込んできて、室内を舞う埃をキラキラと照らし出す。うわあ、終わったら窓開けて換気しよう。

 ニーミの言ったように、この教室は既に下着泥棒のナワバリであるらしい。だから、今朝がた私が見た夢はこの教室での光景だったのだと鏡子さんは言った。こんちくしょう、人の安眠返せ。

 と、そんなことを考えていると、ニーミが身体を震わせた。マナーモード完備の妖怪ってのもおもしろいなあ……って言ってる場合じゃないか。

『来た!』

「しっ!」

 小石を指先だけで黙らせて、教室の入り口に意識を集中する。ほどなく、何でもないように扉を開けて入ってきたのはお待ちかねの生徒会長、その人だった。生徒総会とかでよく見る凛とした表情にはファンも多いんだけど、今の彼はえらく下品な笑みを浮かべていた。あーやだやだ、早く終わらせよう。どうせ見るなら下品な顔よりかっこいい顔に決まってるもんね。

『四ッ谷くん、ごめんよ。何度も呼び出して』

 演説なんかで聞き慣れた声なのに、どこか響きの違う声。そして、やっぱり私を四ッ谷と呼ぶ。いいかげんにしてくれないかなあホント、人の名前間違えるのは失礼なんだぞ?

「だから、私は水無瀬だと何度言ったら分かるんでしょうかね? 下着泥棒さん」

 そう答えながら相手をくまなく観察する。確認するまでもないけれど、そこに立っているのは生徒会長の身体を借りた、とことんしつこい下着泥棒……四ッ谷佳織さんに執着する、ストーカーの幽霊だ。とりあえず外見上は生徒会長のままで、だから多分私も外見上は四ッ谷佳織じゃなくて水無瀬秋野のはずなんだけどなあ。

『はは、泥棒なんて言わないでくれ。僕は愛のコレクターなんだから。君の物なら僕は何でも欲しいんだよ』

 だから違うって言おうとしたけど、やめた。これまで何度言っても聞かなかったんだから、多分これからも聞くことはない。仕方がないので、別方向から攻めることにする。

「言うわよ。勝手に人の物盗るのは泥棒です」

『だから、直接君の許可をもらって……』

「脅して無理やり奪うのは強盗じゃないの。そもそも人の部屋に勝手に入ったんなら、えーと住居侵入だっけ? どっちにしろ、犯罪だし」

『……そうだね。きっと僕は、君への愛のためならいくらでも罪を犯せるんだ』

「すんな!」

 あ、駄目だ。

 こいつ、本気で人の話聞いてない。いや、最初から聞く気なんてこれっぽっちもない。

 こいつは、四ッ谷さんのぱんつを自分の物にしたいだけなんだ。いや、それだけで人の身体に乗り移って行動起こしてる幽霊ってどうよとか思うんだけど。

「だからって、私まで巻き込まれるのはごめんだよ」

 本音をぼそっとつぶやく。幽霊同士の追いかけっこに、何で私や生徒会長が巻き込まれなければならないんだ? 冗談じゃない、勝手に2人でやってればいいんだ。

『――ごめんなさい』

 と、不意に頭のどこかから声がした。今度は女の子の声……私に聞こえたってことは、四ッ谷さん本人かな?

『はい、四ッ谷佳織です。ごめんなさい、巻き込んで』

 ごめんなさいじゃない、私から離れてよ、と言おうとして……言えなかった。うわー、目も口も手も足も動かせないよ。これってあれだ、乗っ取られたとかいう? ちょっと鏡子さん、こんな話聞いてないよ!

『……ごめんなさい、ごめんなさい。わたし、もういやなんです』

 いや、だから謝るなら私の身体から出てってよ! 何で無関係な私があんたの経験を夢で見たり、あんたの代わりにぱんつよこせなんてストーカーに迫られたりしなくちゃならないのよ? ああ、こんな状況で冷静になんてなれない、頭の中がごちゃごちゃする。

『あ、あの……ごめんなさい。もう、限界』

 だーかーらー、あんたが限界かなんて知らないけど。あんたの代わりに私がスカートたくし上げてどうするかー! うう、今日はお気に入りのピンクのレース付きなのにい。

『はあはあはあ、やっと僕の思いを分かってくれたんだね。ありがとう、うれしいよ』

 私はまったくもってうれしくとも何ともないってーの。こんなところを誰かに見られたら、もしかして私が下着見せて生徒会長を誘惑してるように見えるんじゃないだろうか? そんなつもりはまったくないってのに。

『はあはあはあさあその手で僕にその布きれを手渡してくれはあはあはあ』

 生徒会長ががっと姿勢を低くする。うわあ何だ、すっかり覗き込む準備万端じゃないか。やめろってば。あと鼻息荒すぎ、中に入ってる下着泥棒ってどんな性格なんだ。

『……ごめん、なさい』

 謝ってばかりで私が納得できるかあ! ああ、もう駄目だ。こんなヤツにぱんつ見せたくない! 誰か、ニーミ、助けてってば。



 と、不意に私は……四ッ谷さんは、スカートを放してひょいと後退りした。ガシッと手に掴んだのは、埃だらけの椅子。途端、頭の中に四ッ谷さんの声が響いて私は私の身体を取り戻した。

『つ、釣れました? あのう、反撃……お、お願いできますか!』

「え、いいの!?」

 何だ釣りか、と思わず喜んでしまった。だって、這いつくばってる変態男目の前にしてこんなもん掴んだ以上、やるべきことはひとつしかないしね。さすがに四ッ谷さんはそこまでやれる勇気はなかったらしく、ちゃっかりバトンタッチしやがったけど。気が弱いのが、下着泥棒に付け入られた原因なんだろう。

 まあ、そこら辺は後で怒るとする。先に相手しなくちゃいけない相手が、今すぐには反撃出来ないような姿勢で、何が起きたのか分からないって顔をして目の前にいるんだから。貴様、そこまでぱんつに見とれていたか。

「変態、そこに直れっ!」

 私は思い切り椅子を押し出した。さすがに帰宅部で体力がないせいで、ぱきょっとへなちょこな音を出してぶつかったのは顔面。うむ、まともに鼻を打ったかなもしかして。

『ぎゃっ! ……ぐ』

 ともかく相手も推定体力なしらしく、あっさり轟沈。……したのはいいんだけど、床を引っ掻く指の動きが気持ち悪い。このまま再び這いずってくるんじゃないかと、椅子を構え直す。最悪バリケードにはなるだろうし。

『やいてめー、かーちゃんと佳織に何すんだー! 引っ込め変態!』

 ポケットの中から頑張って上がってきたニーミが、私の肩の上でぴこぴこ、と自己主張する。さすがに向こうもニーミの存在は気づいてなかったようで、むくりと上げた顔の中で目をぱちくりさせていた。そりゃまあ、可愛い子どもの声がどこからするんだろうかと思ったら、人の肩の上で小石が自立した上に動いてるんだもんなあ。つーか、白くて目立つとはいえ3センチレベルの小石が見えるのかな。見えるんだろうな、うん。

『な、何だこのちびすけは?』

「あんたがちびすけ言うな。言っていいのは母親の私と三段壁先生だけよ」

 彼の呆れた言葉に、考えるより先に口が出た。もういいよ妖怪の母親で、と観念したのは言ってしまった後で。

『は、母親ぁ!? そ、そんな、不潔だっ!』

「妖怪の母親より、不法侵入して鼻息荒く下着よこせとか抜かす下着泥棒の方が不潔でしょうがっ!」

『そーだそーだ! かーちゃんは、お前よりずーっと清潔だー!』

 私とニーミで下着泥棒さんに言い返す。ありゃ、何か不毛な言い争いになってきた。もっとも、こっちも言いたいことは山ほどあるんだし、いいよね。私にはニーミもついてくれているんだから。

『そんな、そんなそんな……君は、僕の理想の人だったんだ。清く正しく美しく、三歩下がって着いてきてくれるような……』

『ごめんなさい。わたし、あなたのような人、まったくもって趣味じゃないんです』

 これは私じゃなくって四ッ谷さんの発言。そうよ、最初からちゃんとそう言ってきっぱり振ってやればよかったのかなあと思ったのだけど、それどころの問題じゃなかったか。

 この手のストーカーっていうのは、一方的に好意を寄せてくるわ相手も自分にほれてるはずだと勘違いしてるわで、人の話をまともに取ってくれないんだっけ。思い込みの激しい相手ってめんどくさ。

『そ、そんなこと言って照れてるだけだろう? 母親なんていうのも……』

「いやあ、あいにくそれはホントの話。このちんちくりんは、かわいいうちのニーミよ」

『そーだそーだ……ってかーちゃん、ちんちくりんはないだろ?』

「私は事実を言っただけだけど。どう見てもちんちくりんの小石じゃん、あんた」

『た、たしかにかーちゃんから見たらちっちゃいかも知れねえけどよー!』

『ウソだ、ウソだウソだウソだ! そんなちっこいのが四ッ谷くんの子供だなんてウソだああっ!』

 私の言った事実に文句をつけてくるニーミと、そもそも私が四ッ谷さんじゃないことをこの期に及んでも理解できずにパニクる下着泥棒さん。あーあ、会話の内容がなくなってきたよう。何で下着泥棒の幽霊と対決するのに、ニーミのサイズで言い合いをしなくちゃならないんだろ。鏡子さん、まだかなあ?



『秋野ちゃんニーミちゃん、お待たせっ』

 私とニーミを囮にしてくれた割にとってものんきな鏡子さんの声は、教室一面から響いた。と同時にだいぶ暗くなっていた教室内に電灯がつき、スピーカーから曲が流れ出す。ええと、この曲は……ありゃ、もしかしてルーじゃなくてあーちゃん? って、ピアノだけじゃイマイチ迫力ないよ。そもそもこの曲、ピアノ用じゃなかったような。何かのテレビで聞いたことあるけど。

『レクイエム・ディエスイラエ……怒りの日、だったかしら? ピアノだといまいちねえ、今度CD持ってきて覚えてもらおうっと』

 とっても脳天気におっしゃる鏡子さんはどこにいるんだろう、と思って周囲を見回してみて納得した。銀の髪を持つお姉さんは、教室の窓ガラス全部に分身状態で映ってる。外は暗くなってきていて、明かりがついた室内からだとガラスは半透明の鏡っぽくなっていた。その中に、鏡の付喪神はご登場なされていたのだ。なーるほど。

『おねーさまは怒ってますよ~? うふふ、ご入場でーす』

「余計な演出はしなくていい、鏡子」

 鏡子さんとよく似た、でもまるで違う口調の声が入口からした。無造作に扉を開けてかつかつと足音高く入ってきたのは、これまた鏡子さんとそっくりの、こちらは真っ黒な髪を無造作にひとまとめにした赤っぽい目の女性。鏡子さんいわくの『プロフェッショナル』で『おねーさま』、幽霊を拳で殴り飛ばせる我が担任こと三段壁映先生である。

『ああらおねーさま、ごめんなさあい。後はよろしくお願いしますねえ』

「言われずとも。そのためにここに来た」

 おっとり口調の鏡子さんと、ぶっきらぼうな話し方をする先生。

 この2人、口調はともかく姿が似ているのには理由がある。

 鏡子さんの本体である鏡は昔から先生の家にあったもの。付喪神が生まれる時に鏡を見ていたのが先生その人だったので、その姿を借りて今の姿を作ったのだという。色までは真似できなかったそうなんだけどね。

 だから、鏡子さんにとって先生は見本となった、本当にお姉さんなのだ。先生が鏡子さんの本体を学校に持ってきたのは、……何やら見張りがどうとか言ってたっけか。夜間の見回りに妖怪さんや地縛霊さんは最適だとか何とか。何を言っているんだろうと話を聞いた当時は思ったけれど、ルーの防犯ベルの話なんかを聞いた今となってはたしかにそうだな、と納得してしまった。いや、納得したらだめじゃん。

 それはともかく。

『だ、誰だ!』

「お前みたいなどあほうのケツをぶっ叩く役目を押し付けられた、つまらない女だ」

 音響効果のせいかびくびくと床にうずくまる相手を、ぎろりと威圧感のある目が見下す。う、宿題忘れてにらまれるあの目だ。先生にとっては、宿題を忘れた生徒を叱ることと馬鹿幽霊を退治することはイコールらしい。

 で、その目のまま先生はこっちを見た。それから、おおげさにため息をつく。

「水無瀬、またお前か。まったく面倒ごとをしょい込んでくれるな」

「ご、ごめんなさい、先生」

 特に怒った口調でもないのに、思わず縮こまる私。だってこの先生、怒らせるとすっごく怖いんだもん。それに、面倒を先生のところに持ち込んだ自覚はそれなりにあるからなあ。というよりは、自力で解決できないような問題をどうにかしてくれそうな人を先生しか知らないから、なんだけど。

 私に向かって先生が手を伸ばしてきた。殴られる、と思って首を縮めた私の頭を……

「まあいい。こいつの存在はつかんでいたんだが、今までしっぽを押さえることができなかったこちらにも責任はある。今回はそれとその石ころに免じて許す」

 ……先生の手のひらが、不器用にクシャクシャとなでてくれた。へっと思った私の肩の上で、ニーミが必死でいやいやしているのが分かった。そっと触ってみた全体がほんの少し湿り気を帯びているのは、この子が泣いているってことだ。あーあ、お子様泣かせちゃった。相手が妖怪でも自己嫌悪しちゃうなあ。

「……はい。ニーミ、ごめ……」

『んだよー! かーちゃんが危なかったの、センセーのせいかよ! あほー、もうちょっと早くこいよなー!』

「そのとおりだ、石ころ。だから、こうやって出てきた」

 ……ああ、元気だ。謝る必要なかったか、って思うくらいぎゃーぎゃーと泣きわめいているニーミを指先で軽くつついて、それから先生は下着泥棒を振り返った。あ、何か全身から怖い気が立ち上っている……うわあ、出た。お仕置きモード。

『な、何だ何だみんなして! 僕と四ッ谷さんの愛を妨害する気か!』

 モードチェンジした先生にビビりつつ、下着泥棒はなおも自己主張続行。さすがにこれ以上は先生が爆発する、逃げようと思ったその時、先生はゆっくりと口を開いた。

「あいにくだが、私の妨害よりももっと大きな壁があるぞ。それも2つ」

 びしり、と立てられた指2本。白くてしなやかな先生の指は、それ自体が凶器だ。以前、あの指先で両眼を突かれてびくんびくんとひっくり返ってた妖怪がいたっけなあ。

「1つ。四ッ谷佳織はお前に好意など持っていない。そもそも、お前が彼女とまともに顔を合わせたのは、彼女の家に不法侵入したあの夜が初めてで、そして最後だろう。何しろそれまでは、お前が勝手に遠目で彼女を見ていただけだったからな」

 あ、ズバリと言ってのけた。下着泥棒がぎょっとしたところを見ると、先生の指摘は間違いなさそうだ。何でそれで、相手も自分にほれてるなんて大きな誤解できるかなあ。ストーカーってよく分からん。

 というか、最後って。

「2つ。お前はあの晩に逃げ込んだこの学校で生命を落とした、つまり死者だ。しかし、四ッ谷佳織は死者ではない。この違いは大きい」

「へ?」

『……え?』

 けど、続けて先生が放った言葉に、私と彼はぽかーんとなってしまった。だって、四ッ谷さんは幽霊になっているのに。

「病院に確認は取れている。四ッ谷佳織は転落事故で大したケガはなかったが、意識が戻らないまま現在も六角病院に入院中だ。だから、高校も休学中になっているだろう。一橋から聞かなかったか? 水無瀬」

『え……え? そうなんですか?』

「あ、そういえばメールでそんなこと書いてましたっけ……」

 あはは、私も岬のメール読んだ時に気づいてればよかったんだけど、四ッ谷さん自身も分かってなかったみたいだ。よく、事故死した人なんかは自分が死んだことが分からないなんていうけれど、その逆もあるんだ。うん、覚えておこう。

『ちょ、ちょっと待ってくれよ! それじゃあ、今ここにいる四ッ谷さんは一体……っていうか、何で死んでないんだよっ!?』

「ああ? この四ッ谷佳織はいわゆる生霊というやつでな、意識が戻らないのはこいつが自分の身体に戻っていないせいだ。それと何故死んでいないかだが……お前、あの部屋に窓から侵入したのだろう? ならば、分かるはずだが」

 ちらっと下着泥棒を見た先生の目は、氷みたいに冷たい。びくっとひるんだ彼には視線を合わせずに、先生は淡々と言葉を続ける。

「四ッ谷佳織の部屋は、アパートの2階だ。その構造上この男のようなどん亀でも、その気になれば雨樋などを伝ってベランダから侵入できる。防犯には気をつけるように」

『あ……は、はい』

「さらに、落下地点は植え込みの真上。季節は夏で、葉がしっかりと生い茂っていた。よほど運が悪くなければ、死にはせんだろうな」

 ――あー。

 そう言えば、夢で見た下着泥棒さんは運動しているようには見えなかったな。しまった、そこで気がつくべきだった。高層階なら、ロープとかお隣の合い鍵とか準備してこなきゃ窓側からの侵入なんて無理なんだって。テレビの防犯特集でやってたの、なんとなく見て覚えてたんだ。

『え? でも、それじゃあ僕は……』

「生前からの無駄な努力を、死んでなおさらに無駄に積み重ねてきた大馬鹿者だ。おとなしく消えろ、今なら向こう側に送る手はずは整えてある」

 彼にそう言い放ち、先生はすいと指で空中に線を引いた。私は詳しいことは知らないけれど、クジとか何とかいうおまじないを自己流にアレンジしたものらしい。そのおまじないを使って先生は、幽霊をやっつけたり妖怪をいじめたりする。手のひらの上のニーミがびくっと反応したのは、こいつも一応妖怪だからだ。生理的に怖いらしい。

『む、無駄だって……そんなことはない!』

 あ、立ち上がった。いい加減にして欲しいな、ほんと。こっちだって、好きで四ッ谷さんに身体に入られてるわけじゃないんだから……って、何でこっちに向かってくるの!?

『四ッ谷さん! どうせなら、一緒にあの世で幸せになろう! それが君のためだっ!』

「……っ!? 水無瀬!」

 て、ちょ、マジ!?

 いきなり、彼にしがみつかれた。先生もおまじないに精神集中していて、一瞬だけ反応が遅れた。そのまま私は、積み上げられた机と椅子の山へと彼に押し込まれて……


『だから、かーちゃんに何すんだっ!』

 ……泣き叫びと共に伸ばされた、白い腕の中にもぎ取られるようにすっぽりと収まった。


「はへ?」

 ええと、一体私の身に何が起きたんだ。とりあえず、ほこりだらけの机や椅子の雪崩に巻き込まれなかったことだけは確実だけど。

 何だ、この妙に固い、だけどしっかりした腕は。

『な、何だお前! 四ッ谷さんから離れろ!』

 向こうで、下着泥棒が怒鳴っている。私にでも、先生にでもない。どうやらこの腕の、持ち主にらしい。

『やーだね、てめーこそあっち行け。ほれ、あの世の門が開いてるぞー』

 それに答える声は、私がいつも聞き慣れているちびすけの声だった。だけど、その声は私より上から聞こえてくる。これって何だ。夢か。いや、でもたった今ぶつけた肩が痛いから、これは現実らしい。

「よくやった、石ころ! 水無瀬をそのまま確保しておけ!」

『分かってる。せんせー、鏡子ねーちゃん、頼む!』

 三段壁先生の声が、何だか妙に弾んでる。楽しそうにだんと足を踏み出して、今度こそ幽霊さんに対してクジの線を引き終えた。途端、生徒会長の身体がびしりと固まった。中に入ってる下着泥棒さんを固められちゃったんだな。

 それにしても、このニーミの声はどうしたことだろう。私をしっかりと捕まえている触ると固いこの腕は、まさかとは思うけど。……もしかして、私は現実逃避しているんだろうか。

「これが私の仕事だ。七山和夫、お前の行くべき場所はあの向こうだ……鏡子、任せた」

『はあい。おいでませえ、冥府の門!』

 先生の指示を受け、鏡子さんはいつもの口調のままで、こういう時に使う呪文らしい言葉を唱えた。途端、下着泥棒さんの背後にもやもやと暗闇が立ち込めて、その中にどんと重厚な門扉が現れる。簡単に言えばこの世とあの世を結ぶ門だ、と言っていたのは先生だったっけ。時々先生、自分の使える力や鏡子さんの力のこといまいち分かってないんじゃないか、と思うことがある。ちゃんとご実家で勉強し直したほうがいいと思うのは、私だけじゃないと信じたい。

 ぎい、ときしむ音を立てて扉が開いた。途端、激しい風が下着泥棒さんをごうと包み込む。何でも悪霊専用の掃除機みたいなもんで、人間とかに取り憑いてても霊だけ引き剥がせる風なんだという。実際、私や先生にとっては大した風じゃないし。私を抱きしめたままの腕の持ち主にもあんまり効果はないっぽいので、本当に悪霊専用なんだって分かる。

 ……この腕の持ち主が、本当にニーミならなんだけど。

『ぎゃああああ! い、いやだあ! まだ死にたくねえ!』

『だーかーらー、もう死んでますってばあ』

「全くだ。とっとと行け」

 それでも悪あがきをする下着泥棒の髪を、先生が無造作に掴んで引っ張り上げる。途端、生徒会長の身体からぺろんと紙が剥がれるように半透明のひとが外れた。あー、これが本来の下着泥棒さんか。うん、写真や夢で見たあの顔のまんまだ。生徒会長の方は床にべったりと倒れて、ピクリとも動かない。大丈夫かなあ。

 先生の手にぶら下げられた下着泥棒さんはじたばたもがいているけれど、それで先生の手が外れるわけがない。多分彼からは見えないけれど、先生はとっても楽しそうににやありと笑っている。うわあマジ怖い。

『た、た、たすけてええええええ!』

『あきらめてくださあい。おねーさまにとっ捕まった時点であちらに行くか、消えちゃうかの二択なんですよう』

「うむ、そこに入れば私からは助かるぞ。向こうで何が起きても、それはお前の自業自得だ」

 けらけら笑う鏡子さんとぽかんとしていた私の目の前で、先生にぽいと放り投げられた半透明の下着泥棒さんはぎゅいんと扉の中に吸い込まれていく。そうして一瞬の後、ばたりと扉は閉められた。

『はあい、お疲れ様でしたー』

 ぱん、と叩かれた鏡子さんの手の音と共に、大きな扉はゆっくりとその姿を透明にしていって、暗闇ごとしゅぽんと消えた。あまりにあっけなくて、私はほんの一瞬、自分の状況を忘れた。



『かーちゃん、終わったぜ。だいじょぶか?』

 そう言われて、慌てて声の主の顔を見上げる。造形だけならそれは、CDジャケットで見慣れている歩人の顔だった。ただし、髪も肌も目も白い石の。私を抱えてくれてる腕も、その上になぜか着ている服もやっぱり白い石。それに、声は聞き慣れたそのままだったから、私がこいつを間違えるはずはなかった。

「ええと……ニーミ?」

『おう』

 にか、と笑うその笑顔も、歩人のものじゃなかった。歩人はもうちょっと奥ゆかしいというか、照れ笑いをするんだもん。

 ……まあ、そこまで歩人を真似ろとは誰も言ってないし。こういう笑い方のほうが、ニーミには似合ってるなと自分を納得させた。その前に私は、ニーミの『表情』というものを初めて見たんだけどね。

「水無瀬」

「あ、はい」

 呼ばれてはっと振り返る。そこには三段壁先生と、その足元でやっぱりどでーんと倒れたままの生徒会長の姿があった。鏡子さんの姿はどこにもなくて、先生がひっくり返してくれた生徒会長の顔は普段の感じに戻ってる。

 そっか、終わったのかとほっとした途端、先生はいつもの口調で私に言った。

「お前の中に四ッ谷佳織がいるな。出せ」

 出せ、ですか? それって身体の外に出せってことか、それともいわゆる乗っ取り状態にしろってことですか、と問いただす間もなく、私は後者の状態になってしまった。つまり、表に四ッ谷さんが出てきたわけだ。

『……はい』

「元1年B組、四ッ谷佳織で間違いないな?」

『はい。ご迷惑をお掛けしました、三段壁先生』

 先生の問いに、四ッ谷さんは素直に頷く。ああ、四ッ谷さんも先生のことは知ってたのか。いや、ベランダから落っこちた後何故か学校にいたらしいから、それで覚えたのかもしれないけど。

「お前が入院しているのは六角病院、251号室だ」

『はい、ありがとうございます』

 ぽん、くしゃくしゃくしゃ。

 こういう時は、ほんとに先生は不器用だ。大型犬を乱暴になでるみたいに私の、というか四ッ谷さんの頭をくしゃくしゃにして、にこりとも笑うことなくあごをしゃくってみせる。

「早く行け、入院費用がかさむと親が泣く」

『せんせ、それ泣く意味が微妙に違わねえ?』

 私を白い腕で抱きしめたままのニーミが突っ込む。む、と眉をひそめた先生と、私の頭の上を通してにらみ合うのはやめて欲しい。ほら、四ッ谷さんも口には出さないけれど困ってるじゃないの。

「何を言う。家計に及ぼす影響は大きいぞ」

『そうかもしれねーけどよ、早く目を覚まして親を安心させろとか普通は言うだろが』

「私にそのようなセリフが似合うとでも思ったか? 石ころ」

『………………思いません』

「分かればいい、ちびすけ」

 しゅん、と凹んだニーミの頭を、先生が軽く握った拳でこつんと叩いた。石なので本当にこつん、という音がするのは少しだけ笑える。というか、人間サイズになっても先生にとってはちびすけなんだなあ。

『……あの、この人っていつもこんな感じなんですか?』

 ニーミと先生のやりとりを聞いていると、四ッ谷さんがおろおろした感じで私にたずねてきた。「そうよ、先生はいつもこんなもん」と答えて、それから付け加える。

「あれでも先生、四ッ谷さんのこと心配してるんだよ」

『はい、それは分かります』

 うん、と彼女がうなずいてくれた次の瞬間、私の中から何かが抜けて出た。はっと目をこらして見ると、私たちと先生の間に、長い髪のはかなげな女子生徒が立っているのが分かる。ああ、これが四ッ谷佳織さんなんだ。私とちーっとも似ていないぞ、あの下着泥棒め何で間違えるかー!

『あー、あーちゃんが言ってた外見どおりだなあ。あんたが佳織か』

『はい。お母様にはご迷惑をおかけしました』

『いや、もーいいや。素直に出てってくれたし、かーちゃんケガしてないし』

 ええいニーミ、のんきに四ッ谷さんと会話するな。それと四ッ谷さん、平然と私のことをお母様呼ばわりしないでください。これでも花の女子高生なんですから……死語だけど。

 そこへ、三段壁先生が歩み出てきた。四ッ谷さんは先生と顔を合わせると、軽く頭を下げる。ああ、先生も満足そうに笑ってるな。ああ、良かったあ。

『……すみません、お世話になりました』

「よし。戻るな?」

『はい』

「ではさっさと帰れ。母親が面会に来ているはずだから、目を覚ましたらまず謝罪しろ」

『分かりました。迷惑をかけたのは事実ですから……それでは、失礼します』

 深々と頭を下げて、四ッ谷さんはぽん、と音を立てるようにその場から消えた。あ、いや、音がしたのは私の頭の後ろからだ。って、音源はニーミか?

『わー、またかーちゃんでっかくなったー!』

「何だ、親の危機に一気に成長するお約束パターンかと思ったが。一時的なものだったか」

 半泣きのニーミの悲鳴と、呆れたような先生の声をステレオで聞きながら足元に転がったはずの石を探す。ああ、あったあった、見慣れた白い色の小石。

「……あれ」

 それをひょいとつまみ上げて、私は間の抜けた声をあげてしまった。



 終業式がばたばたと終わって、夏休みになった。つい最近高校にもエアコンが入ったおかげで学校生活はそれなりに涼しく過ごせていたけど、家ではエコ&節電ということであんまり使えないのが何だなあ。いや、エコも節電も大切なのは分かるけど、グリーンカーテンにしてるゴーヤーは私は苦くて好きじゃないし。どうせなら、化粧水とたわしにするからヘチマにしてほしかった。

『かーちゃん、宿題のノルマ終わったかあ?』

「やかましい。明日の分まで終わってるわよ、あんたがうるさいから」

 机の上でかたかたと天板をたたく小石に、ノートを開いて本日の成果を見せてやる。面倒といえば面倒なんだけど先生は宿題を忘れたら怖いし、ニーミももともとが勉強好きということもあってサボるとうるさい。そういうわけで、宿題は頑張って進めているのだ。ま、そのおかげで小学校の時みたく、最終週が地獄の宿題漬けってことがなくなったんだからいいか。今年はラスト10日を宿題から解放されて過ごすっていうのが目標だ。去年は1週間遊べたからね。

 あれから、学校内で1つだけ変化したものがある。七不思議の7つ目が確定したのだ。いわく。

『7、終業時刻を過ぎても学校に残っていると、モーツァルトのレクイエムが流れ出す。早く下校しないと行方不明になる』

 ……だ、そうだ。幽霊の話は立ち消え。そりゃ四ッ谷さんは自分の身体に戻ったし、下着泥棒さんは行くところに行っちゃったし。

 で、モーツァルトということで恐らく当人であろうあーちゃんにそのことを教えてやると、『僕みたいな新参者がいいんですかー』とめちゃくちゃ恐縮していたのが意外だった。もっと大喜びすると思ってたんだけどな。

 そうして、もう1つ変化したことがある。これは別に、学校内ってわけじゃないけれど。

『かーちゃんかーちゃん、岬来たぞー』

「あ、ほんと? じゃあ行こうか、ニーミ」

 窓の外を眺めつつ、かたかたと自分の身体を揺らして喜ぶ小石。そいつをひょいとポケットに放り込んで私は立ち上がった。これから私は岬と一緒に、夏休みが終わったら同じクラスに入ってくる髪が長くておとなしいお姉さんのお見舞いに行くのだ。

「秋野ー、岬ちゃんが来たわよー」

「はーい。今行くー」

 階下からお母さんが呼んでる。急いで部屋を出る前に……もう一度鏡をのぞき込んで、手早く髪を整える。うん、完璧。別にデートしにいくわけじゃないんだけど、やっぱり年頃の女の子としては身だしなみは重要だしさ。

 と、ひょこっとポケットから石ころが顔を出した。私と同じように鏡を見て、楽しそうに髪を整える。石なのに整えられるって、今更だけど何だかなあ。

『おっしゃ、カンペキ!』

「こらニーミ、あんたまでやるか? そもそもセットできてんのそれ」

『えー? いいじゃん、せっかくお出かけなんだしさあ、オレだってこれからはカッコつけるぞー』

 携帯ストラップにくっついている、歩人のマスコット。ストラップこそついてないけれどそれとそっくり同じ姿になった真っ白な小石は、にかっと楽しそうに笑ってみせた。

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