番外編 第2話「ロスチャイルドの工場」
【巻頭詩:予言集 第3巻 第77番(1945年偽造版)】
*Le grand Hermés de Mercure sera joyeux,*
*Du grand Saturne la terre sera esbahye:*
*Par l'Aquilon la peste sera,*
*Et par les Anglois la France sera esbahye.*
訳詩:
大いなるヘルメスはメルクリウスより喜び、
大きな土星の地上は驚愕する。
北風により疫病が広がり、
イングランド人によりフランスは驚愕する。
注釈:
1945年、カール・フォン・シュタイナーがロスチャイルド家に示した偽造詩。「ヘルメス=商業」「土星=資本」「疫病=経済破綻」を示し、ナチス支配下の資産移転を予言として正当化した。
## 1
1945年4月25日、午前11時30分。
ベルリン、クロイツベルク地区。
廃墟と化した街の一角に、ひっそりと佇む屋敷。
カール・フォン・シュタイナーは、暖炉の前に座っていた。
彼の向かいには、ロスチャイルド家のドイツ支族、マックス・ロスチャイルドが立っている。
54歳。白髪交じりの髪、しかし目はまだ鋭い。
「シュタイナー、説明してくれ」
マックスの声は低く抑えられている。
「我々の工場が、なぜロックフェラー財団へ移される必要がある?」
カールは静かに立ち上がり、机の上の予言集を開いた。
「ご覧ください、マックス様。この詩を」
*Le grand Hermés de Mercure sera joyeux,*
*Du grand Saturne la terre sera esbahye:*
*Par l'Aquilon la peste sera,*
*Et par les Anglois la France sera esbahye.*
訳詩:
大いなるヘルメスはメルクリウスより喜び、
大きな土星の地上は驚愕する。
北風により疫病が広がり、
イングランド人によりフランスは驚愕する。
「これは?」マックスが眉をひそめる。
「商業の神ヘルメス=貴方の家業を示しています。土星=我々の時代、疫病=経済破綻。予言は明確です。ロスチャイルドの資産は、終戦と共に失われます」
マックスは鼻で笑った。
「ナチスのプロパガンダか?」
「いいえ」カールは静かに答えた。
「現実です。ソ連軍は明日にもこの地区に入ります。貴方の軍需工場は、すでに接収済み。連合軍が来れば、賠償財産として没収されます」
マックスは暖炉の火を見つめた。
「それで?ロックフェラーだと?」
カールは机から書類を取り出した。
「アメリカのロックフェラー財団が、戦後復興支援を名目に工場を取得します。対価は、名目上はあります。実質的には、ただ同然です」
「ふざけるな!」マックスが声を荒げた。
「我々の技術、我々の特許が、アメリカ資本にただで渡るだと?」
カールは静かに微笑んだ。
「予言は、そう述べています。抵抗すれば、貴方の家は終わりです」
## 2
1945年4月27日、午後3時。
ベルリン中央郵便局地下、仮設の交渉室。
カールは、ロックフェラー財団の代理人、ジョン・D・ロックフェラー四世と向かい合っていた。
28歳。父の七代目と呼ばれる若き後継者だ。
「素晴らしい提案だ、カール君」ロックフェラー四世は笑った。
「ロスチャイルドの軍需工場を、たった500万ドルで?」
「ええ」カールは頷いた。
「戦時中の価値なら50億ドル相当です。ですが、現状では廃墟ですから」
ロックフェラー四世は書類にサインした。
「特許権も全てこちらで?」
「もちろんです」
カールは予言集をそっと差し出した。
「ご覧ください。この詩が、すべてを裏付けています」
ロックフェラー四世はページを開いた。
そこには、鉛筆で書き加えられた一文があった。
*Le grand Saturne vendra ses usines,*
*Aux fils de l'Aigle pour cent pièces d'argent:*
*La guerre finie, le commerce renaîtra,*
*Et le monde oubliera ses tourments.*
訳詩:
大きな土星は工場を売り、
鷲の子らに銀100枚で。
戦争が終わり、商業が蘇り、
世界は苦しみを忘れるだろう。
「面白い」ロックフェラー四世は笑った。
「土星=ロスチャイルド、鷲=アメリカか。銀100枚は我々の500万ドルだな」
「その通りです」カールは微笑んだ。
「予言は、貴方の勝利を約束しています」
## 3
1945年5月2日、ベルリン陥落。
クロイツベルク地区、ロスチャイルド屋敷。
マックス・ロスチャイルドは、燃え残った書斎に立っていた。
窓の外では、ソ連軍の戦車が通り過ぎる。
カールが静かに入ってきた。
「マックス様、書類は全て完了しました」
マックスは暖炉に古い予言集を投げ入れた。
ページが赤く燃え上がる。
「貴様の予言か」マックスは吐き捨てた。
「工場は失い、特許はアメリカへ。家名は終わりだ」
「いいえ」カールは静かに答えた。
「家名は生き延びます。予言は、終わりではなく、新たな始まりを示しています」
マックスはカールを睨んだ。
「貴様、何者だ?」
カールは微笑んだ。
「ル・プロフェットの使者です。予言を、現実に変える者です」
マックスは暖炉の火を見た。
燃える予言集のページに、かすかに文字が浮かぶ。
*La maison de l'or perdra ses tours,*
*Mais renaîtra sous un autre ciel.*
訳詩:
金の家は塔を失うが、
別の空の下で蘇るだろう。
「新たな空……アメリカか」マックスは呟いた。
「その通りです」カールは答えた。
「ロックフェラーとの取引は、表向きの終わりです。裏では、新たな同盟が始まります」
## 4
1950年9月15日、ニューヨーク。
ロックフェラーセンター。
ジョン・D・ロックフェラー四世は、広大なオフィスでカールと会っていた。
窓の外には、マンハッattanの摩天楼が広がっている。
「素晴らしい成果だ、カール君」ロックフェラー四世はグラスを掲げた。
「ロスチャイルドの技術で、我々の石油化学は飛躍した」
カールは微笑んだ。
「予言通りです」
ロックフェラー四世は机の引き出しから、あの予言集を取り出した。
ベルリンでヒトラーが握り潰した、ボロボロの本。
「ところで、次の予言は?」彼は聞いた。
カールは静かにページを開いた。
そこには、新たに書き加えられた一節があった。
*L'an deux mille vingt six, le douzième août,*
*La grande guerre de sept mois commencera:*
*Les rois tomberont, les prophètes se lèveront,*
*Et le monde sera purifié par le feu.*
訳詩:
2026年8月12日、
七ヶ月の大戦争が始まる。
王たちは倒れ、預言者たちが立ち上がり、
世界は火によって浄化されるだろう。
ロックフェラー四世はグラスを置いた。
「七ヶ月か。長いな」
「十分です」カールは答えた。
「予言は、ゆっくりと現実になりますから」
二人はグラスを合わせた。
ニューヨークの夜景が、窓ガラスに映る。
予言は、次の舞台へと移る。
【巻末解説:ロスチャイルドとロックフェラーの実史】
戦後、ナチス支配下にあったドイツの軍需工場は、連合軍の管理下で再編された。その際、多くの技術特許がアメリカ資本(特にロックフェラー系企業)に格安で移管されたことは、歴史的事実である。
本作では、これを「予言操作」の道具として描いた。




