第15話 自己嫌悪
気がつけば季節は五月、 段々と暖かくなり始め、学校内でもちららと冬服から夏服へと衣替えを始めるやつもちらほらと出始めていた。
俺達の学年である一年は、後二週間ほどで始まる中間考査と、その後の六月上旬にある体育祭で話は持ちきりであった。
高校初の定期考査ということもあり、俺も気合を入れて勉強していた。
そんな中でも、茜の記憶を取り戻すために何度も茜と話し、故郷である雪見沢の写真を見せた。けれど、茜の記憶は一向に戻る気配を見せない。
* * *
「雨宮さん。おはようございます」
月曜の朝、秋と瑞稀は委員会の用事で先に行ったので、俺は一人で通学路を歩いていた。
とっくのとうに桜は散り、入学式のあった三週間ほど前までは真っピンクだった通学路も、青々とした葉が茂っていた。
そんな中、学校まで後数分というところで、一人の女の子に声をかけられた。
「おはよう。茜」
振り返って、優しく微笑む。茜も俺のように微笑んで、俺の半歩後ろを着いてくる。
出会って約一ヶ月、俺と茜はおよそ友達と呼べる関係になったのだろうか。
遊びに誘ったり、話しかけたりしても、茜は喜んで来てくれる。逆も然りだ。茜が誘ってくれることだってある。
けれど、俺と茜は未だかつて並んで歩いたことがない。大体、俺が半歩先を行き、茜がその後ろを着いてくる。
この関係に、違和感を覚え始めてしまっているのだろうか。こんな中途半端な関係に。
決してよそよそしいわけでもない。けれど、この半歩の差は、俺たちのまだ心の中に残っている壁なのだろうか。
天道茜に執着し、間宮茜を巻き込む。今の茜からしたら、天道茜など知らない人間だ。赤の他人と同じようなものだ。
なのに、俺の勝手でこんなに付き合わせてしまっている。
茜が、断りずらい性格だというのは分かっている。だから、俺のお願いに「いやだ」といえずしたがっているのかもしれない。
この事実が、俺と茜の埋まらない差の原因なのだろうか。
そんなことに悩み、今の間宮茜に迷惑をかけている自覚している。
けれど、俺のこの五年間の天道茜への執着心が、関係の終了を許さない。
まだ、チャンスがある。また、あの頃の茜に会える。そう考えると、切りたくなくなる、執着したくなる。
そんなの俺の、自分勝手な考えで、間宮茜に迷惑をかけているのは分かっている。
他人に迷惑を掛けてまで、自分の理想を押し付け、身勝手な行動をする。
そして、こんな自分でも分かるくらい暗い気持ちになっているのを、茜の記憶が戻らないせいだと、絶対違うのにどこか心の中で思ってしまっている。
そんな俺自身に、俺は心底腹が立つ。そして、大嫌いだ。
通学路を一緒に歩いていたその時、茜が後ろからひょいと、俺の半歩前に出てくる。
「雨宮さん……? なんか、とても疲れた顔をしてますけど……大丈夫ですか?」
少し俯き気味に歩く俺の顔を、下から覗き込みながら茜がそう問いかける。
これは疲れた顔じゃない。自分に対する嫌悪の顔だ。
「あぁ、大丈夫だよ」
上っ面だけの、作った笑顔を茜に向ける。
その笑顔に茜は騙されたのか、優しい声で「無理しないでくださいね」と言い、また俺の半歩後ろに戻る。
そしてまた絶妙な距離感で、学校までの残りの道を進んでいく。
そこからは、二人とも無言であった。
学校までの四分弱ほどの道、二週間前の喫茶店に行った時となんら変わらない空気であった。
変わらない空気感であるのに俺は、少し違和感を覚えてしまう。茜はこの前と全く変わらない。けれど、自分の異常さに気がついてしまった自分が、勝手にそんなことを思ってしまっていた。




