木剣の戦い
黒岩の谷に魔気が渦巻き、地脈が鼓のように震えていた。
勇者エレイスが剣を抜く。 怒りは炎のごとく燃え上がり、声は雷鳴のように響く。
「魔王の使徒——王国の名において、貴様に挑む!」
雪誠は静かに立っていた。 剣はまだ鞘に収められ、瞳は揺るぎなく沈んでいた。
リーヴが低く言う。 「戦う必要はない。」
だが雪誠はゆっくりと背中の武器に手を伸ばす。 それは鋼の剣ではなく——一本の古びた木剣だった。
光を持たず、縁にはひびが入り、 それでも彼はそれを、信念のようにしっかりと握った。
「俺は魔王のために戦うわけじゃない。」 「だが——逃げるつもりもない。」
—
エレイスが咆哮する。 両手で剣を握り、魔紋が剣身に浮かび上がる。
「聖焔斬!」
剣の光は烈日のように輝き、雪誠を真っ直ぐに斬りつける。
雪誠は身をかわし、足取りは山の岩のように安定していた。 反転して木剣を振るい、岩壁をかすめて火花が散る。
エレイスが次の技を放つ。
「裂空突!」
矢のような身のこなしで、雪誠の胸を狙う。
雪誠は低く滑り込み、左手で受け止め、右肘で反撃。 勇者を三歩後退させた。
彼は魔力も使わず、技も放たない。 ただ純粋な剣術と格闘術—— 清潔で、正確で、揺るぎない。
—
突如、空に龍の咆哮が響く。
第二の勇者、ケイロが降臨。 龍鱗の鎧を纏い、重槍を手に、瞳は氷のように冷たい。
「魔王の使徒。」 ケイロは低く言う。 「貴様がまだ生きているとはな。」
彼は地に降り立ち、槍の穂先を雪誠に向ける。
「俺も、挑戦に加わる。」
—
二対一。
リーヴが介入しようとした瞬間、雪誠は微かに首を振った。
「俺がやる。」
—
ケイロが先に動く。 槍は雷のように鳴り、雪誠の腰を狙って振るわれる。
雪誠は身を翻し、木剣で槍の軌道を逸らす。 その足取りは舞のように軽やかだった。
エレイスが再び斬りかかり、ケイロが突く。 雪誠は二人の間を縫うように動き、 一度も魔技を使わず、一度も殺意を見せなかった。
木剣は次第に裂け、端から破片が飛び散る。 それでも、彼は退かなかった。
—
リーヴは彼を見つめ、瞳が震えた。
彼女は初めて雪誠の戦いを目にした。 それは勝利のためでも、殺戮のためでもなかった。 ただ——立ち続けるための戦いだった。
彼の一撃一撃が語っていた。 「俺はお前たちの世界には属さない。 だが、魔王の世界にも属していない。」
—
ついに、木剣が折れた。
雪誠は半分になった柄を握り、息を切らしながらも、瞳は変わらなかった。
エレイスとケイロは動きを止め、彼を見つめる。 その表情には、複雑な感情が混ざっていた。
「反撃しないのか?」 ケイロが問う。
雪誠は低く答えた。 「殺したくない。」
「貴様はもう人間じゃない。」 エレイスが歯を食いしばる。
雪誠は彼らを見つめ、静かに言った。
「俺は、ずっとこうだった。 ただ——君たちが見ようとしなかっただけだ。」
—
遠くの魔気が蠢き始める。 戦いの終わりを感じ取ったかのように。
リーヴが雪誠に近づき、低く言った。
「彼らは、もうあなたを信じない。」
雪誠は頷いた。
「信じてもらう必要はない。」
彼は黒岩の奥を見つめ、瞳は揺るぎなかった。
「俺が進むのは、魔王に命じられたからじゃない。 俺自身が、そう選んだからだ。」
リーヴは彼を見つめ、しばらく黙っていた。 そして、静かに言った。
「なら——私も、共に行く。」




