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第一幕~手駒を作りましょう~モートン視点

(くっくっく……うまくいったな)


 モートンはラトロ家の自室で一通の手紙を受け取り、金色の髪を揺らしながら読んでいた。その顔に浮かぶのは、先日ウルスラに見せた優雅な微笑みとは程遠い、極めて歪んだ笑みだ。


 それは先日婚約を結んだウルスラからの手紙。内容は助けてもらったお礼と、モートンの美しさをたたえる言葉、そして好意が綴られていた。


 あの程度のことで簡単に自分に惚れるとは、あの女はよほど頭が単純なようだ。これだから醜い者は愚かなんだ。許しがたい。


 読み終えた手紙は、念のために机に仕舞っておく。


(本当はこんな手紙、今すぐにでも消し炭にしたいところだけど…ずっと大事に持っている証拠にすれば、よりぼくに依存して扱いやすくなるだろう)


 手紙を仕舞った後、モートンは自室を見回す。


 部屋には年代物だが質素な机と椅子、父が子どもの頃に使っていたベッドがあり、壁には誰が描いたのかも分からない絵画が掛けられている。本棚はあるけど本は数冊しかなく、古ぼけたクローゼットの中にある服は子ども用のそこそこ質のいい服が並んでいた。


 この部屋が本当に嫌で嫌でたまらない。レトロといえば聞こえはいいが、実態は新品に買い替える余裕がなく、使いまわしているだけ。こんな古臭い部屋に住まわせられるなど、侮辱でしかない。


 こんなのは部屋とはいわない。ただの物置だ。もっと美しく、豪華で、金のかかっている部屋こそが、美しいぼくにはふさわしい。


 屋敷もそうだ。王都にこそ構えているが、2階建てのこじんまりとしたものでしかない。庭園は狭く、わずかに花壇があるばかり。年老いた庭師が細々と手入れをしているだけで、色鮮やかな花よりも、芝生の緑ばかりが目立っていた。


 このみすぼらしい屋敷に帰ってくるたびに、陰鬱な気持ちにさせられる。それが心底苦痛だった。


 だからぼくはウルスラに目を付けた。ヴィンディクタ家は国内でも有数の資産家であり、その屋敷と庭園の素晴らしさは貴族の憧れの的だ。


 その娘と結婚すれば、こんな貧乏くさい屋敷とはおさらばできる。そのためには、あの醜い娘との結婚だって我慢しよう。


 一目ぼれしたなど真っ赤な嘘。その心中では心底ウルスラのことを嫌っている。


 モートンにとってウルスラとは、この世に存在してはならない、最も忌むべき相手だった。



 モートンはラトロ家の三男として生まれた。


 上二人の兄が父寄りの平凡な容姿に対し、彼は美しい母に似ており、幼少期の頃から容姿を褒められていた。何の手入れをしなくても滑らかで煌めく金髪に、ルビーのような赤い瞳。肌は一切のシミ一つ無い。顎の線は細く、熟練の彫刻職人が手掛けたといっても過言ではないほどに顔が均整がとれていた。。


 母は自分似のモートンを溺愛し、「あなたの美しさは世界の全てを手に入れてもいいくらいだわ」と、彼の美しさをそのような比喩でもって称えた。


 それが、息子の人格を歪ませるきっかけになるとは思いもせず。


「ごめんなさいね、モートン。あなたはもっと美しくなれるのに、この程度の物しか着させられない母を許してちょうだい」

「はい、母上」

「ああ、なんて素晴らしい。あなたは見た目だけでなく心まで美しいのね。あなたのこの白くて細く、なめらかな手には剣よりも指輪が似合うのに…」


 母が自分の手を撫でる。母は美しいから、触れるのを許そう。だが、それ以外の醜い者たちが触れることは許さない。


 モートンはその美しさで、夫人や令嬢たちには特に人気だった。


 彼の気を引こうと令嬢たちは彼にすり寄り、夫人たちは彼の望む物を何でも与えた。それは、母が彼に囁いた言葉に現実味を帯びさせていく。


 そうして彼はいつしか思い込むようになっていった。


「この世の全ては、美しいぼくのものだ」と。


 彼にとって、すべての基準は美しさとなった。


 美しい者はすべてを手にし、醜いものは何も持つことを許されない。


 モートンは平凡な容姿でしかない父や兄たちを、醜くて哀れな愚か者だと内心見下していた。彼らが優れた騎士としての才能をもつことをモートンは、


「醜い者にはそれしかないのだから、それくらい持たせてやるのが美しい者の義務だ」


 と訳の分からない論理を発揮している。美しい者は、存在するだけで賛美されるべきなのだと、彼は信じて疑わない。


 だが、そんな彼の中で、何としても許しがたい存在と出会ってしまった。


(何だあの醜い女は……どうしてあんな奴が、ぼくよりもいっぱい持っている!?)


 自分より高い地位の家に生まれ、広大な領地・資産・将来を約束されている。


 それが美しい者であれば、まだマシだっただろう。だが、モートンからみれば許しがたいほどに醜い髪をしていた。髪とはまっすぐでなければならない。それこそが美しい者であると自負するモートンにとって、ウェーブがかった髪は到底許せないものだった。


 その少女の名はウルスラ・ヴィンディクタ。モートンが7歳のときに、たまたま出会った少女だ。


 出会ったと言っても、直接対面したわけではない。


 モートンが7歳のころ、たまたま王宮に父や兄たちと一緒に出掛けた際、父が内務大臣であるヴィンディクタ侯爵と話しているときに遠目に見かけたのがウルスラだ。


 話を終えたヴィンディクタ侯爵は、待たせていた娘を大事そうに抱き上げた。裕福だと聞くヴィンディクタ家は、まさしくモートンにとって理想の家。だからこそ、その当主が抱き上げている娘が誰なのか、興味がわくというものである。


「父上、大臣が抱き上げている少女は誰ですか?」

「あの方は大臣の娘であるウルスラ嬢だ。一人娘だから、大層大事にされておられる。彼女は婿を取らねばならないが、裕福なヴィンディクタ家を狙う愚か者は多い。縁談を断るのにずいぶん苦労されておられるようだ」

「…そうなのですね」


 これをきっかけに、モートンはウルスラのことを知る。そして、一方的に憎しみを募らせていた。


(あんな醜い女が、どうして上質そうな服を纏って王宮にいる?ぼくは貧相でボロきれみたいな服しか着れないのに…何なんだあの女は!)


 ラトロ家は伯爵位をもつが、代々騎士を輩出する家であるため、領地経営は小規模でしか行っていない。資産のほとんどは騎士としての収入であるため豊かと言えず、父も母も質素な生活をしており、それはもちろん三人の息子も同様だ。


 モートンにはそれも不満だった。美しい自分が、どうして醜い兄たちや父と同じ生活をしなければならないのか。自分にはもっとふさわしい生活があるはずだと。


(ぼくにふさわしいのは、こんな生活じゃない。……そう、あの女の持っているものこそがぼくにふさわしい。ぼくがもつべきものを、あんな醜い女がもっているのが間違いなんだ!)


 それからモートンは、ウルスラの全てを奪う計画を立て始めた。


 これは決して犯罪ではない。持つべきものの手にふさわしいものが戻ってくるだけ。むしろ正義の行いだ。正義は自分にある。


 最初はウルスラと結婚すれば、全て奪えると思っていた。しかし、調べる中で暫定爵位という制度を知り、それだけでは全てを奪うことはできないと知る。だが、制度の穴を突く形で奪う方法をモートンは思いついた。


 そのためにはあの女の死は絶対だ。死んだところで何の問題があろうか。醜い者がこの世から消えるのは、むしろ善行である。


(待っていろ、醜い女。身の丈に合わないものをもつことになった我が身を恨め)


 母の比喩と、周囲の態度によって歪んだ価値観を持ったモートンは、恐るべき怪物となった。その怪物の牙が、5度にわたってウルスラの命を奪うこととなる。


 そして今回、6度目の惨劇が繰り返されようとしていた。


 だが、それ以上の悪魔と化したウルスラが、モートンを食い殺そうとしている。それをまだ彼は知らなない。

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